CULTURE | 2018/10/26

「アダルト産業×現代アート」で占う人間性の未来 小高久美子氏(アートキュレーター)【連載】テック×カルチャー 異能なる星々(6)

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

加速する技術革新を背景に、テクノロジー/カルチャー/ビジネスの垣根を越え、イノベーションへの道を模索する新時代の才能たち。

これまでの常識を打ち破る一発逆転アイデアから、壮大なる社会変革の提言まで。彼らは何故リスクを冒してまで、前例のないゲームチェンジに挑むのか。

進化の大爆発のごとく多様なビジョンを開花させ、時代の先端へと躍り出た“異能なる星々”にファインダーを定め、その息吹と人間像を伝える連載インタビュー。

この夏、「FANZA」として生まれ変わった「DMM.R18」が、原宿に期間限定のアートギャラリーをオープン。成人向けサイトと現代アート、その接点はどこにあるのか?

この前代未聞のプロジェクトにてキュレーションを手がけた小高久美子氏に、企画の経緯や展示に込めた思惑を直撃。エロスへの欲望/アートの創造を超えて渦巻く人間の幻想、その果てしなき煩悩宇宙に想いを馳せる。

聞き手・文:深沢慶太 写真:松島徹

小高久美子(おだか・くみこ)

undefined

1977年、千葉県生まれ。ライター、アートキュレーター、心理カウンセラー、愛猫家。白百合女子大学文学部、ロンドン芸術大学 LCF(ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション)ファッションプロモーション&マーケティング科を卒業。株式会社amanaにてフォトグラファーのレップ、アートギャラリーNANZUKA UNDERGROUNDの共同経営を経て“才能と障害の境目”に興味を持ち、心理学、人智学、統合医療を学ぶ。能、茶道を嗜み、日本伝統文化から現代アートまで幅広く探究。境界線を越えた架け橋になるべく活動し、2018年夏〜秋には「FANZA × FR2 @#FR2 GALLERY 2」の展覧会キュレーションを手がけた。

「DMM.R18」改め「FANZA」のアート企画が始動

今回の取材時は「Find Your Fantasy」展の第3弾企画、興梠優護「Stratified」(9月20日〜10月3日)が開催中だった。

―― この夏、DMM.comから分割された成人向け事業「DMM.R18」が「FANZA」へとリニューアルするにあたり、原宿で現代アートのギャラリーを期間限定で開設しました。FANZAとストリートファッションブランド「#FR2」による、その名も「FANZA × FR2 @#FR2 GALLERY 2」(参考記事)ですが、アダルト事業と現代アートという前代未聞の組み合わせに加え、そのキュレーションを女性が手がけていると知って驚いた方も多いのではないかと思います。いったいどんな経緯で実現した企画なのでしょう?

小高:実は私自身もまったく予想していなかったことなんですが……事の発端は、東京ピストルの草なぎ洋平君から電話がかかってきたことでした。「3カ月間、アートの展覧会をやることになったので、久美子ちゃん、キュレーションできる? もしくは、誰かキュレーターを紹介してくれない? 期間と場所は決まってて、絶対に穴をあけられない」って。通常であればアートの企画展は最低でも半年は準備期間が必要なのに、その時点で開催まで1カ月半を切っていましたし、アダルトコンテンツのプロモーションにあたってエロスというテーマは外してはならないという難しい内容で、誰かに依頼するにしても断られるだろうなあと思って、考えました。とはいえ、考える時間もなくて、乗りかかった船という流れで、私が引き受けることになったんです。

「DMM.R18」改め「FANZA」のロゴマーク。「FANZA × FR2 @#FR2 GALLERY 2」にて。

―― 草なぎ洋平さんといえば、紙やウェブの編集をはじめ、グラノーラ専門店や、ホストが店員をつとめる歌舞伎町ブックセンターなど、数々の仕掛け人として知られる人物です。

小高:はい。20年来の友人なのですが、時代を読む力があって人を動かすのがとても上手な人ですよね(笑)。有名になってもサブカル魂を燃やし続ける稀有な存在です。一方で私自身としては、アーティストたちと仕事をすることで、境界線や既成概念を取り払うような世界を創っていきたいと思っていましたし、そのために何か今までとは違った方法を考えたいという想いもありました。具体的には、アーティストたちが作品を発表する機会や場所を新たに探すこと、また彼らが売るという目的だけでなく自由に作品を制作できるような状況や収入源を作り出すことができないかと考えていました。

その背景には、日本のアーティストたちが置かれた厳しい状況があります。まず、アーティストの人数が常にコレクターの需要を上回っていることです。毎年増える作品に対して、コレクターは限られています。ギャラリーで作品を販売するといっても、新作の個展は1〜2年に1回ですし、アートフェアに出展するギャラリーはごく一部です。そこで作品が売れて初めて売上がギャラリーとの折半で入ってくるものの、売れなければ収入はゼロ。制作費はアーティストが捻出するか、ギャラリーに前借りしてなんとか作品を創っている方もいます。美術館は文化施設ですから、ビジネス面でアーティストを支えるわけではありませんし、アートオークションにしても落札者から作品の元所有者へとお金が動くだけで、直接的にアーティストの利益にはなりません。

私自身、こうしたアート業界の仕組みとは別の方法でアーティストを支援できないかと考えていたところに、今回のお話をいただいて。そこで、FANZAのプロモーションの一環として展覧会を開催するならば、販売はしない代わりに、作品借用費としてアーティストにはきちんとギャランティを支払っていただくという条件をださせていただきました。また、短期間でエロスというテーマに合う作品の在庫があるアーティストを見つけるのは大変困難で、新作を作ってくれたアーティストもいます。会場もテンポラリー(期間限定)とあって、保険にも入っていただきました。アーティストの作品と権利を保護しつつ、クライアントのイメージアップになるような、本格的な現代アート展をやろうと思ったんです。

「FANZA × FR2 @#FR2 GALLERY 2」の外観写真。10月末までの期間限定でオープン。

現代アーティスト5名が描き出す、それぞれのエロス

―― なるほど……でも、エロスというテーマ自体は現代アートでも定番ではありますが、それがアダルト事業による企画となると、まったく意味が違ってくる。そもそもローブロウなアダルトとハイブロウな現代アートという組み合わせ自体が前代未聞のことで、いろいろとチャレンジングだったのではないでしょうか……?

小高:それはもう、正直言って困ったなあと思いました(笑)。初めての会議では『TENGA』というものを見せられて「エロをこういうスタイリッシュな形で打ち出すことで、イメージアップを図ると同時に、新しい可能性を探りたい」と、みなさん真顔で語るんですね。それで考えてみて、エロスはアートにとって必然的なテーマではあるけれど、日本ではなかなか表に出しづらい要素にはなっている。一方で私のようにまったくそういう業界とは関係のない人間が関わることで、新しい可能性を切り拓くことができるのであれば、チャレンジする意味はあるのかもしれないって。ギャラリーとして最初の企画は草なぎくんディレクションによる、写真家の梅川良満さんの写真展(参考記事)でしたが、その後、私がキュレーションを手がけた5人のアーティストによる個展を連続で開催することになりました。

小高氏がキュレーションを手がけた「Find Your Fantasy」展の第1弾アーテイスト、黒川知希「frontier」(8月23日〜9月5日)展示風景。

展示された作品の一つ「Can’t concentrate cos the ass flashing through my mind (Non-fiction)」。

―― FANZAがターゲット層とする人々は、コンセプチュアルな表現とも親和性の高い現代アート好きの人々よりも遙かに幅広く、まったく違うセグメントになると思うのですが、不安などはなかったのでしょうか?

小高:ターゲットということで言えば、FANZAのメインユーザーは18歳から60代までの男性で、他の産業では例がないほど幅が広いという話を聞いて驚きました。こんなに幅広い不特定多数の人々に向けてアートを発信できる機会は、滅多にありません。これはアートにあまり興味がない方々にも知っていただけけるチャンスだと思って、非常に厳しいスケジュールの中で、個人的にお願いできるギャラリストやアーティストたちにすぐに連絡を取り、海外でも展示経験がある実力派の5名の作家をピックアップしました。

8月23日からスタートした第1弾には優れたコラージュ力で混沌とした社会をフラットに表現する黒川知希さん、続いてはジェンダーを超えた存在をありのままに写し出すことで剥き出しの現実を突きつける写真家の鷹野隆大さん。そして、卓越した技術で女性の肉体を幻想的な世界観で描き出す興梠優護(こおろぎ・ゆうご)さん。彫刻家の大平龍一さんには、春画のモチーフを彫刻した金屏風にスピーカーを内蔵したミクストメディアを制作いただいていますし、最後の展示を務める三嶋章義さんにも、アニメーション黎明期のフェナキストスコープという仕掛けを使ったインスタレーションを制作していただいています。

参考記事:FANZA発の本格派アート展『Find Your Fantasy』が8/23からスタート!その見どころを紹介!

「Find Your Fantasy」展の第2弾企画、鷹野隆大「写真」(9月6日〜19日)展示風景。
©️Ryudai Takano
Courtesy of Yumiko Chiba Associates, Zeit-Foto Salon

エロ/アート、AI/人間――現実と幻想の底知れぬ入り口へ

―― 面白いなと思ったのは、世の中的にますますヴァーチャルな機会が高まっていく中で、小高さんはアート作品とフィジカル(物理的・身体的)に接することのできる場を作ろうとしている。一方でアダルト業界はネットによる動画配信が主流になっていく一方、今回のギャラリーでも毎週末にセクシー女優による撮影会が開催されるなど、フィジカルな場として機能している。アートとエロ、どちらもバーチャルだけでは満たされないところに共通点があると思いました。

小高:そうなんです。アートにせよ人にせよ、すべての物質はエネルギーの塊だと私は思っていて、対峙してそのエネルギーを浴びることで交流が始まるわけです。人間が肉体を持った存在である以上、デジタルで本物同然の体験ができるような技術が確立されたとしても、画面上だけでなく嗅覚や触覚など五感すべてで生身の人や実物に会いたい、感じたいと思うのは必然的なことだと思います。

でも本当は、アートもエロスの対象になる肉体も、それがフィジカルで揺るぎないものだと思っていること自体が、実はファンタジーだというのが私の考えです。アートには社会の非日常的なものや幻想性をイメージとして視覚化する働きがありますし、エロスもまた、生命として生殖に関わる本来の役割からかけ離れた幻想として存在していますよね。その意味を込めて、今回の展覧会シリーズを「Find Your Fantasy」と名付けました。

「Find Your Fantasy」展の第3弾アーティスト、興梠優護「Stratified」(9月20日〜10月3日)展示風景。

―― 企業やブランドがイメージアップのためにアート展を企画するのはよくある話ですが、今回はそれ以上に、現代アートの展示とセクシー女優の撮影会が共存している時点で、社会常識という名の幻想を斜め上方向に突き破るような、非常にハードコアな意志を感じました。

小高:その企画趣旨を草なぎくんから聞いて、面白いなと思ったんです。同じ業界だけにいては、きっかけは広がらない。たとえ入口がアダルトコンテンツだったとしても、仮にセクシー女優さんが目的で来場したお客さまだとしても、アートが近くにあるという体験をしていただくことが重要なんじゃないか? って。気づいたら境界線を越えていて、異なる世界が共存していたという状態が素敵だと思うんです。それから、会場にはバリアラインを引かず、作品によってはケースに入っていない“生”の状態で展示しているので「あれ? アートってこんなに近づいて観ていいんだ!? アートって面白いな!」というところから、敷居が高いものという先入観を取り払ってもらえたら、嬉しいです。

それに私は、作品を創る側にせよ見る側にせよ、創造性を失わないで生きることにこそ意味があると思っています。人間と他の動物との大きな違いは、自ら想像したものを新たな創造につなげる力を持っていることにあると思います。今後AIが発達して、その人の好みに応じたあらゆる状況を提供するようになったとして、ただそれを受け入れるだけになってしまったら、人間として生きることの意味自体がなくなってしまうとも思いますから。

「Find Your Fantasy」展の第4弾企画、大平龍一「48」(10月4日〜17日)で展示された新作『BIOMBO 48』。春画をモチーフに描かれた48人の女体の秘部にスピーカーが埋め込まれ、環ROYによるオリジナル楽曲『48分48秒』が鳴り響く。

欲求の処理 vs. 欲求からの創造――人間らしい未来のために

ーー 人間の愛や性の営みは元より幻想に支えられている時点で、ある意味クリエイティブな行為だと思うのですが、それが現代アートと交わることで、新たな展望が開けるかもしれませんね。

小高:それはそうかもしれませんが、そもそも表現者と呼ばれる方の中には、世の中の常識からすれば不思議な言動や行動を取る方もいらっしゃいますよね。でも、そういった方々は非常に生き生きして才能を発揮している場合が多いです。一方で、至って常識的だった方が、ある時に問題を起こしてしまい、「〇〇障害ですね」と言われることがある。それで私は「障害と才能の境目はどこにあるのだろう?」と思い、いったんアートの世界から離れて心理学や人智学を学ぶことにしました。そして私が出した結論は、「すべての人間には必ず何らかの才能がある。才能に気づき、それを活かすことは喜びであり、その人生の使命を果たす力となる。さらには、それが他者をも幸せに、社会をより良くすることにもつながる。その反対に、その才能を社会の中でうまく発揮できず、偽った選択を繰り返した時に、精神的な障害や病気が現れてしまう」ということでした。つまり、社会での役割や着地点を、その人の持つ才能やありままの個性で見いだせないことが、才能を障害へと変えてしまうきっかけになるわけです。

私は、みんなが自分の才能を見つけて、もっと自分らしく、創造性豊かに生きる社会になったらいいなと思っています。自らの才能を信じ、好奇心を頼りに、道なき道を切り拓こうとするアーティストや研究者のような人々を、私は勇敢な人類のヴィジョネアだと思っています。だからこそ、彼らのようなヴィジョネアがいることの大切さにもっと気づいてほしい。境界線の内側で安住し、自らの可能性に目を向けないまま、命というエネルギーを消耗しないためにも、私自身、挑む人生を選んでいきたいと思います。

「Find Your Fantasy」展の第5弾企画、三嶋章義「特定の気質の人間に左右されないとき」(10月18日〜31日)展示風景。

会場で展示されていたアニメーション最初期の仕掛けである「フェナキストスコープ」の円盤部分。

ーー それは固定概念をはじめ、価値観の違いに対する戦いだと思うのですが、今回の企画についていえば、FANZAは世の男性たちの欲求を満たす手段を提供している企業で、その点ではいろいろな性癖の人のニッチなニーズに応える方法が広がってきたと思います。でも一方では、それをビジネスとして展開している以上、どうしても資本主義的な利益やメリットが優先されるはず。その点で、今後FANZAがアート事業をどのように展開していくのか、非常に気になります。

小高:私が関わっているのは今回の展覧会企画だけで、FANZAのアートプロジェクトが今後どうなっていくのか、実はまったく知りません。もちろん、引き続きお声がけをいただけるのであれば、チャレンジさせていただきたいとは思っています。

アートに関わっていくことは、私の才能を活かすことでもありますし、多くの気づきを与え人生を豊かにしてくれることでもあると信じています。鷹野隆大さんの展示(参考記事)初日のエピソードですが、ジェンダーの曖昧さを問う等身大の写真で、男性の局部も写っている作品を、現地で実際に目にした関係者から、問題になっては困るから撤去するべきでは、という声も挙がったんです。でも、そのアートが投げかけていることは局部が見えているという表層的な問題ではありません。そもそも18禁の会場で、アダルトコンテンツのプロモーション企画のはずなのに、何が問題なのか? と。話し合いの結果、草なぎくん、クライアントのご理解を得て作品はそのまま展示させていただき、ことなきを得ました。

この出来事は、アートには単なるエロスや性的な嗜好では終わらない、私たちにとって直視しにくいものと向き合い、突き付けてくる力があることをより一層、際立たせてくれたと思います。そういった意味でも、もしFANZAがアートのプロジェクトを今後も続けていくとしたら、それは一企業として、とても意味のある挑戦になると思います。 


過去の連載はこちら

「Find Your Fantasy」展
期間:
8月23日(木)~9月5日(水)黒川知希「frontier」
9月6日(木)~9月19日(水)鷹野隆大「写真」
9月20日(木)~10月3日(水)興梠優護「Stratified」
10月4日(木)~10月17日(水)大平龍一「48」
10月18日(木)~10月31日(水)三嶋章義「特定の気質の人間に左右されないとき」
時間:12:00~20:00
開催場所:FANZA × #FR2 @#FR2 GALLERY 2
入場料:無料
住所:東京都渋谷区神宮前4丁目26-26 new classics bldg. 1F
※18歳未満入場禁止。身分証のご提示を頂く必要がございますので予めご用意ください。
※設営の都合により、一部変更の可能性があります。
https://special.dmm.co.jp/fanza/feed/news/artgallery-introduction