CULTURE | 2018/09/28

「人が死なない世界」であなたはどう生きますか?【連載】DEAR HUMANITY(3)

過去の連載はこちら
人生100年時代という言葉が世の中に出てきてしばらく経ちました。高齢化が進む中でどう自分らしく生き...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

過去の連載はこちら

人生100年時代という言葉が世の中に出てきてしばらく経ちました。高齢化が進む中でどう自分らしく生きるかというテーマを一人一人が考える時代ではありますが、同時にどう終わりを迎えるかという「終活」も一つのキーワードとして盛り上がりを見せています。

今回は終活コンサルを訪れた家族のストーリーから、生と死の考え方の変化を見ていきましょう。

文:未来予報株式会社(曽我浩太郎/宮川麻衣子) イラスト:アベタケル

未来予報株式会社

未来像<HOPE>をつくる専門会社

大手メーカーやスタートアップとともに、リサーチに基づく未来のストーリーやビジュアルを作り出している。『10年後の働き方』(インプレス)を発売中。

70歳の誕生日を前に、娘のサエに連れてこられた終活プラザ。

ここはなんだ...年寄りへの嫌がらせか。俺はまだ69だぞ。

まず店の名前が「はっぴぃえんどぅ」ってふざけてる所が気に食わない。

相続や遺言はともかくとして、ここ最近のキラキラ終活ブームにはいささか疑問がある。

ただでさえ寿命が伸びる新薬が開発されただのと言われている中、こんなに元気なのになぜ死ぬ時のことなんて考えなくてはいけないのだ。

娘と店に入ると、妻の姿が見えた。

「ほら父さん、ママだよ!ママ!よくできてる。元気だった?」

「サエ、久しぶりね。寂しかったわよね…でも楽しくやってるから大丈夫よ」

うまくできてるにもほどがある。声もそっくりそのままだ。

「パパも何か話してあげてよ…」

言葉なんて出てくるわけがない。妻は6年前に死んだんだ。

しばらく黙った後に、妻はこう続けた。

「あなた、サエが事前に私の映像やマインドデータをここに送ってくれたおかげで、こうして会えた。会いたかったわ。死は今や怖れの対象じゃない。死んでもこうして皆と会うことができるんだもの」

妻は続ける。

「死ぬ前に、死んだ後の人生をどう設計するか? 生きている今、考えることが必要なのよ。シミュレーションしてみましょうよ」

軽く返事をしたが、妻の顔を直視することができない。

笑っているのか、悲しんでいるのか。知りたくないからだ。

「いらっしゃいませ。突然失礼いたしました。娘さんのサプライズはうまくいきましたか?」

複雑な気分のまま、奥から出てきた男に別部屋を案内される。

その薄暗い部屋には変わった形のイスがあり、座って映像を観ることになった。

画面が暗くなった途端、開ける視界。

サエに似ている子どもが、私の顔を覗き込んでいる。

「おはようございます!」

そうすると、横から妻の声が聞こえた。

「おはよう、今日もいい天気ね。サエおばぁちゃんは今日はお出かけしてるのかしら?私とタカシおおじいちゃんも、今日はお出かけをするから楽しみなのよ」

リビングルームに置かれたクリスタルに映る妻の顔。どうやらホログラム型の遺影らしい。

遺影を見つめているといつの間にか、場面は宇宙へ。私は妻と手をつないでいた。いつか行ってみたいと話していた夢の宇宙旅行か。

「結婚記念日に行った、西表島の星空とどっちが綺麗かしらね?」

地球を見下ろしながら妻が言った。

服装が西表島で着ていたものに変わった事に私が気付かずにいると、妻は少し不機嫌になったが、写真を見せながら私たち家族の今を話してくれた。娘サエが80歳になったこと。孫やひ孫に囲まれた生活のことを話してくれた。いや、“今”ではなく、これからのことか。

私がどんな人生を送ったか、面白おかしく紹介してくれた。一番笑えたのは、私が趣味で作っている将棋盤がネットで話題になり売れに売れて、家族の一大事になったことだ。

私はサエやひ孫ともっと話をしたいから家に戻ろうと妻に提案し、空っぽの遺影の中に入り込んだ。

「ただいま。戻ったよ!」

その瞬間、目の前が真っ暗になって静寂が続いた。私は現実に戻ったのだ。

冷静になり、椅子から起き上がることをやめてこう言った。

「まだ、終わりたくないです」

“なかなか死なない” ⇄ “死を選択する” 両極端な人間の夢

最近北米を中心に「老化」を抑える技術を開発するスタートアップが徐々に出始めています。老化を抑えると聞くと、一見シワを取るような美容整形を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、現在開発されているのは心疾患などにつながる“老化した細胞”に働きかける技術です。老化した細胞は死滅しておらず身体の中に残り続けてしまい関節の老化やアルツハイマー病などいくつかの病気の原因となっているそうです。この老化細胞をクレンジングすることで老化に起因する疾病にかかりづらくする研究をしているのがUnity Biotechnology社です。SXSW2018では、技術的また倫理的な側面、実際のルールの取り決めなど、今後議論が必要な分野であると話題となりました。

Unity Biotechnology共同創業者のネッド氏によるTEDxトーク。SFやファンタジーで描かれ続けた寿命を延ばす薬を実現させようという熱意が伝わる。

一方で自ら死を選択する「安楽死・尊厳死」関連の動きからも目が離せません。スイスやオランダ、カナダなどで安楽死・尊厳死が合法化されており、日本からの申し込みもあるというニュースを最近目にすることもあります。

このように、両極端な人々の夢が並行して進んでいるのが「死」を取り巻く新しいビジネスです。どんな人であれ向き合わなければならない「死」は、どのように多様化の道を歩んでいるのでしょうか。

“死”にまつわる新産業の兆し

老化防止のように「不死」に近づくところまでいかなくても、死にまつわるサービスは年々増えてきています。日本でも「終活」というキーワードが一般的になってきたように、生前に家族に遺言状だけでなくビデオレターを残したり、自分史を作成したりする人もチラホラ耳にするようになってきました。またシンプルで低コストのお葬式や、散骨葬も葬儀業者のメニューに追加されるなど、葬儀の方法も多様化しています。

そんな中、新たな葬儀を提案するスタートアップも出てきています。2017年に設立されたテキサス州オースティンを拠点にしているEternevaは、火葬した遺骨から抽出した炭素をダイヤモンドにして届けるサービスを提供しています。大切な人をジュエリーにして身につけるという選択肢を新たに作り上げました。特にアメリカでは土葬の文化が一般的でしたが、最近は火葬も増えてきていたり、ペット葬も増えてきているため、CEOのアデル・アーチャー氏は27歳にしてビジネスチャンスと考え事業を展開。ビジネス誌 Inc Magazineに「30歳未満の影響力のある起業家」にも選ばれました。

Eternevaの解説映像。2018年の売上予測は180万ドル(2億円弱)を超えるとされている。

また、物語にも出てくる宇宙葬を請け負うスタートアップも存在します。Elysium Spaceは、ロマンチックな記念宇宙葬を提供するスタートアップで、同社の設立は2013年で日本でも事業を展開しています。イーロン・マスクのスペースXと連携し、遺灰の一部(約1グラム)を専用カプセルに収め、月着陸船に搭載して月面に送って月面供養をするサービスです。

テレビ朝日でも取り上げられた。その金額は驚きの約20万円である。

“死なない”世界で永遠の愛をつくろうとする女性起業家

2015年のSXSWのベストスピーカーに選ばれたマーティン・ロスブラッド氏が進めるプロジェクトも非常に示唆的です。マーティン氏はトランスジェンダーで、1990年代初頭に男性から女性になりました。衛星ラジオやバイオテクノロジーなどさまざまな事業を立ち上げた後、現在取り組んでいるのは脳の情報を永久に保存するためのプロジェクトです。その人の特徴、個性、記憶、感情、信条、態度、価値観などの集積やグーグル・アマゾン・フェイスブックが保有する全ての情報を元にマインドファイルを作成し、それらの情報から意識を蘇らせる「マインドクローン」を作ることを目指しています。妻であるビナ氏のヒューマノイドを作りマインドクローンをインストールするプロジェクトBina48を進めています。

マーティン氏のTED講演では妻のビナ氏も登場し、マインドクローンと再生された身体(人体を冷蔵し、一緒に目を覚ます)によって二人の恋愛関係を永遠に続けたいとビジョンを語った。

Bina48ではロボットを通じてコミュニケーションを取りますが、映像合成技術が進んでいけば、インスタグラムやカメラロールに溜まった映像や画像によって、低コストで実現できる日は案外近いかもしれません。このような技術が発展すると、上の物語に出てくるような「生き続ける遺影」というものもサービス化されるかもしれませんね。

ネット上の膨大なオバマ前大統領の映像を人工知能に学習させて口元にマッピングする技術を使って作られた、ワシントン大学のフェイク動画。フェイクニュース関連のトピックとしてSXSW2018でも話題になった

今必要なのは、新たな“老い”のビジョン

日本では孤独死や老老介護など、老いることに対して暗い話題が多いと感じます。その一方で、人生100年時代とも呼ばれて元気に活動し続ける “アクティブシニア”の市場は伸びると期待されてビジネスに参入する企業もこれからより増えてくるでしょう。これからは“老い”が明るく見えるようなニュースをもっと見るようになりたいものですね。

そのためにも今必要なのは、今まで散々にイメージづくられてきた“余生”とは違う、老いの新しい未来像なのかもしれません。