CULTURE | 2020/04/24

「東日本大震災時よりも低い興行収入」「ハリウッドでも大作制作の危機」新型コロナ禍に揺れる映画業界【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(21)

4月8日から緊急事態宣言明けまで休館をしているTOHOシネマズ 新宿
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2020年4月8日(水)、...

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4月8日から緊急事態宣言明けまで休館をしているTOHOシネマズ 新宿

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2020年4月8日(水)、政府の緊急事態宣言を受けて、東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県の映画館が一斉に休館となった。唯一、上映を続けようと検討していた目黒シネマも、急遽予定を変更して翌9日に休館。関東の一都三県にある全映画館が休館になったのは、これが初めてのことだ。

例えば、太平洋戦争中においても、映画は変わらず上映されていたという歴史がある。まだ少年だった手塚治虫は、空襲で焼け野原となった大阪の映画館で、国策映画として製作されたアニメーション映画『桃太郎 海の神兵』(45)を観た衝撃を当時の日記に綴っている。映画の上映どころではない空襲直後の混乱の中、ほとんど客の入っていない映画館でこの映画を観たことが、アニメーション製作を夢見る原動力になったと手塚は述懐。どんな時代でも、映画は大衆の娯楽のひとつとして常に上映され続けてきた。その歴史が止まったのだ。

緊急事態宣言以降、都市部を中心にしながら全国の映画館が徐々に休館状態となっている。休館という決定は劇場それぞれの判断に委ねられているが、4月20日の時点では、まだ数館で(何らかの条件付きで)映画の上映が継続されている。状況は日々変化しているので、当記事がアップされた時点では、また異なる状況になっている可能性もある。「ある街の映画文化の灯りが、いま消えかかろうとしている」というレベルを遥かに凌駕した、映画館にとっての危機的な状況は、映画ファンだけでなく、映画産業に関わる全ての人間にとって深刻な問題だ。連載第21回目では、「新型コロナ禍に揺れる映画界」と題して、日本とハリウッドの現状、そして今後の展望について考えてゆく。

松崎健夫

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映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『ぷらすと』(アクトビラ)、『松崎健夫の映画耳』(JFN PARK)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、『DVD&動画配信でーた』『PlusParavi』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマアワード審査員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

東日本大震災時よりも下がった日本の映画興行収入

TOHOシネマズ 新宿と同様に、4月8日から緊急事態宣言明けまで休館をしている新宿ピカデリー

日本映画製作者連盟は、主要12社の3月期における興行収入が56億円だったと発表した。この数字は、前年同月と比べて7割減。東日本大震災の影響で興行収入が激減した2011年3月期でさえ128億円だったので、そんな緊急時と比べても50%以下の売り上げだったことになる。これは興行成績を配給収入から興行収入へと算出方法を改めた2000年以降、当然のことながら一番低い数字になる。一番の原因は、人混みへの自粛を促したことにあるが、それに伴って全国の映画館が休館の決定をしたことは、2020年4月期の興行成績が史上最低になることを予期させる。

現在、日本には3858のスクリーン(複数の上映を基本とするシネコンが普及したことから、映画館の館数ではなく上映可能なスクリーンの数で表現するようになったという経緯がある)があり、先述の通り緊急事態宣言の拡大によって、日本のほとんどの映画館が4月18日(土)以降休館状態にある。映画館によっては、ここ数日で24日(金)や25日(土)、27日(月)からの休館を決めた劇場もある。ちなみに全ての映画館が休館状態にあるのは、北海道・岩手県・秋田県・宮城県・山形県・福島県・東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・栃木県・群馬県・山梨県・新潟県・石川県・富山県・福井県・長野県・静岡県・愛知県・岐阜県・三重県・滋賀県・奈良県・京都府・大阪府・兵庫県・広島県・鳥取県・島根県・香川県・徳島県・高知県・福岡県・佐賀県・長崎県・大分県・鹿児島県・沖縄県の39都道府県。

一方、4月24日の時点で営業されているのは8都道府県10の劇場。4月18日(土)の時点では、まだ23都道府県の58劇場が営業されていたことを考えると、いずれ日本全国全ての映画館が休館となる事態が予想される。また、現在営業中の劇場であっても、例えば、レイトショーなど夜間の上映を中止、営業時間の短縮、あるいは一席間隔を空けてのチケット販売といった対策をとりながら上映を続けている。ある劇場では、マスク着用のお願い(布マスクを館内で販売)に加えて、氏名住所の記入、各上映回を9名までの入場制限と厳しい対応をしているところもある。そこまでしてでも営業を続けたいという想いが、劇場主にはあるのだ。とはいえ、外出の自粛要請がある以上、筆者のような立場にあっても映画館で映画を観ることを推奨するのは難しい。映画館で映画を観ることで映画の楽しさを育まれてきた世代のひとりとして「映画館の経営を助けたい!」という想いが強いだけに、そのジレンマに悩むばかりなのだ。

また、シネコンの類ではなく、こと「ミニシアターの存続」という点においては、「休館がいずれ閉館という事態になるのではないか?」という危機的な状況にある。ミニシアター文化は、日本の映画文化を支えている。ミニシアターで映画を上映することは、若手映画監督の登竜門であり、知られざる国々の多様な映画を目にする機会にもなってきたという功績があるからだ。世界でも類を見ないほど、日本が多様な国々の映画を観られる状態にあるのは、ミニシアターが存在するおかげなのだ。しかし、飲食店などが休業要請によって臨時休業に追いやられ経営者が困窮しているのと同じように、映画館もまた休館になると売上がゼロになる。そして、多くのミニシアターはテナントとして家賃が発生するため、その資金も得ることができない。もちろん入金がなければ、結果的に運営が難しくなる。

そもそも経営母体が個人であることも多いミニシアターの場合、一カ月(あるいはそれ以上)もの休館は「劇場の死」に対する余命宣告のようなものでしかない。ある意味でミニシアターの経営は、ミニシアターに携わる人々の「映画愛」に支えられていると言っても過言ではない状態にあるのだ。

そんな状況からミニシアターを守るため、映画監督の深田晃司監督と濱口竜介監督が発起人となってクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」を設立(詳細はリンク先を参照ください)。開始から10日ほどで、約1億8000万円の支援を集めている(4月24日現在)。

また、ミニシアターを救うことを目的とした、井浦新さん、入江悠監督、白石和彌監督などの映画人たちによる「SAVE the CINEMA」の署名運動では10万筆の目標を掲げて活動を続けている。4月15日(水)までに6万6828人分の署名が集まり、各省庁への要望書提出も行われた。

このほかにも、危機的な経営状況にある京阪神のミニシアター13館が「劇場支援Tシャツ」の販売を企画(4月12日で終了)するなど、俳優や監督など映画人たちも参加することで、地域の文化を救うための支援を政府に対してだけでなく、映画ファンに対しても積極的に求めている。支援する映画人の多くは、無名時代に参加した作品がミニシアターで上映されたことで、現在のキャリアに繋がっているという実感を持っているからだ。

また、映画館や映画の配給会社の側から、休館によって上映が中止、あるいは延期になった作品をインターネット上で先行配信するという取り組みも行われている。例えば、4月24日公開予定だった『ホドロフスキーのサイコマジック』(19) は、UPLINKクラウドにて公開予定日から72時間レンタル、1900円という料金でオンライン配信されることになった。この売上は、全国の上映予定館に配分され、寄付込みの2500円という料金プランもある。

さらに、全国各地の映画館を指定してオンライン上で映画を有料鑑賞できる「仮設の映画館」が4月25日からスタート。本物の映画館と同様に、鑑賞料金が指定した映画館と配給会社、映画の製作者に分配される仕組みになっている。このような映画人や劇場側による様々な対策もあり、「映画なんて配信で観れば十分じゃないか」という意見も散見されるのだが「実はそうとも言い切れないのではないか?」という厳しい展望も指摘しなければならない。

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