世界的に見ても、水資源に恵まれた日本。実は、安心安全な水道水が飲める国は、世界でもほんのわずかだ。
安心安全な水道水が普及する日本では、戦後、浄水器業界が成熟。微細な有害物質を数多く除去して安全な水を飲めるのはすでに当たり前の話だ。今では、なんと出汁や炊飯、お茶用、さらに美容向けに開発されたシャワーヘッドなどの用途別に開発されている。
ということで今回は、国内の浄水器のパイオニアである三菱ケミカル・クリンスイの広告宣伝部の戸越隆弘氏に、進化した水のあり方について話を聞いた。水を取り巻く環境の変化を背景に、我々のこれからの暮らしはどう変わるのか?
取材・文・構成:庄司真美 写真:松島徹
世界でも数少ない、水道水が飲める国・日本で浄水器が普及した理由
―― 日本で浄水器が普及し始めた経緯について教えてください。
戸越:戦後の日本は、伝染病発生危険防止策として、水道水に塩素消毒が行われるようになり、昭和32年に「水道法」が制定されてから今日まで、日本の水道水には塩素が使われています。「水道法」では、蛇口から水道水を出した時、1ℓあたり0.1mg以上の残留塩素が残るように義務づけられています。現在は51項目の試験があって、水道水はそれらをすべてクリアしなければなりません。
結果、蛇口をひねると塩素の匂いがする水が出てくるようになり、それを気にする人を中心に浄水器のニーズが高まりました。弊社が参入する前は、活性炭を使った浄水器しかありませんでした。
三菱ケミカル・クリンスイ 広告宣伝部の戸越隆弘氏。
―― 御社が浄水器メーカーとして始動したきっかけは?
戸越:もともと弊社は、三菱レイヨンという化学繊維の会社を前身とし、浄水器業界に参入したのは35年前の1984年のことです。「中空糸」をフィルターとして浄水器に転用する発想で新しい浄水器を世に送り出したのが始まりです。
「中空糸膜」は化学繊維を使ったフィルターですが、素材自体はそれまで人工心肺などの医療装置にも濾過装置として使われていたものです。今では微細な菌まで取り除けるよう技術が進化し、水道水をより安心安全に使用いただけるフィルターになっています。
水道水にミネラル成分が多いと、どんなに石けんを泡立てても石けんカスに
―― 浄水器のトップシェアを誇る「クリンスイ」シリーズですが、どんな特徴がありますか?
戸越:家庭用浄水器は大きく分けて2タイプあって、まずはキッチンの浄水器に使われる、残留塩素や濁りを除去するタイプ。それから、出汁とりや炊飯、お茶用にと目的別のお水を作るタイプの2つの製品があります。
クリンスイの美容ブランドのシャワーヘッド「WATERCOUTURE(ウォータークチュール)」の軟水カートリッジはスペシャルケア用として販売していますが、残留塩素の影響から肌や髪を守り、さらに軟水によってシャンプーの泡立ちが変わってくる効果もあります。
軟水をシャワーに使う利点としては2つあって、ひとつはカルシウムイオンやマグネシウムイオンを減らせること。よくお風呂の鏡がうろこ状に白くくもったり、電気ケトルに白い汚れがついたりすることがありますよね。あれはミネラルの結晶「スケール」といわれるものです。スケールは鏡や電気ケトルだけでなく、実は体や髪にも残りますが、これを抑制することができます。
もうひとつの利点は、石けんカスが減るということです。バスルームの床や壁、イスなどに、粉を吹いたような汚れがつくことってありますよね? 水で流しても取れないので、こすって掃除する必要があります。この石けんカスですが、石けんの泡立ち成分と水道水に含まれるミネラルが引っ付いてできるゴミです。その特性上、出会った瞬間に石けんが泡立つよりも先にできてしまいます。
―― 嫌な話ですね(笑)。
戸越:そうですよね(笑)。あのくもり汚れは水の硬度の違いで関西は比較的少なく、沖縄の方では多く見られるようです。より硬度の高いヨーロッパや中国などに行くと、シャンプーが泡立たなくなりますが、それは水の硬度が高いせいで、泡立つ前に石けんカスになってしまうからです。いくらシャンプーを足しても泡立たないのは、そのゴミを一生懸命作ってしまっているのと一緒なんですよ(笑)。
硬度成分であるミネラルが泡立ちを邪魔するので、その阻害成分であるミネラルを物理的に減らせばシャンプーや石けん本来の能力を引き出せるわけです。もちろん、キメ細かい泡立ちによって、汚れ落ちもよくなります。
―― 浄水することで、バスルームをきれいに保ったり、洗浄力を高めたりする利点があるということですね。「クリンスイ」の独自の強みについて教えてください。
戸越:フィルターに使用している独自素材の中空糸膜は、薬品を使わずに作っているため、安全性が高いことがあげられます。それから、中空糸膜を使ったポット型浄水器を展開しているのは弊社ならではです。また、浄水器メーカーの中では唯一、ポット型や蛇口取付タイプのほか、水栓ごと設置するビルトインタイプ、レストラン用などの業務用まで、あらゆるサイズ、バリエーションが揃っているため、各シーンで水の問題を解決できるのが強みです。
「出汁用」「お茶用」「お米用」「洗髪用」と、用途に合わせて水を使い分け
―― クリンスイでは、「出汁」「炊飯」「お茶」「洗髪」といった用途に合わせた一歩先行く浄水器を開発していますが、今、ユーザーに求められる水のあり方をどのように捉えていますか?
戸越:我々はこれまで、不要な物質を何種類除去できるか? ということを追究してきて、安心安全な水を提供する技術は十分に確立しました。そこからもう一歩進んで、水に新たな価値を見出したいと考えました。
出汁やお茶、お米向けに商品を開発したのは、「和食」がユネスコ無形文化遺産となって世界中から注目が集まっていたことがきっかけです。いろんな料理家の方々との対話の中で、「昆布出汁ひとつとるにも、日本の西と東では水の硬度が違うので、実は出汁の出具合も違う」という話があり、それならば、出汁をとるのに最適な水が必要では? という発想から始まりました。
同時期に、酒の原料としての水を提供するチャレンジをすることになりました。あるテレビ番組がきっかけで酒蔵さんとのご縁ができて実際に日本酒を造ったのですが、そうした新しい試みを通じて、専門的でエッヂの効いた商品展開に拍車がかかりました。
――「出汁」「お米」「お茶」のフィルターはそれぞれどのような特徴がありますか?
戸越:カートリッジの形は同じですが、構造としては活性炭が入っていて、その下にそれぞれ中空糸膜フィルターが入っています。たとえば、出汁用のものは硬度成分を減らす濾材を入れることで、水を軟水にします。すると、昆布の出汁が出やすくなります。
お茶の場合は、活性炭のブレンドを変えています。活性炭とひと口にいっても、数百種類もあるんですよ。お茶の甘みやうまみを引き出すことで、お茶本来の良さを楽しむために活性炭を研究して、日本茶インストラクターに試していただき、最終的な味を決定しています。
―― たとえば高級茶葉を買ったとして、せっかくならそのポテンシャルを引き出せる水だとベストですよね。炊飯に関してはいかがですか?
戸越:これは、五ツ星お米マイスターに協力を依頼し、試行錯誤の結果、米を炊いた時の甘みや香りを引き出せるよう調整しています。
今週、実はお米用浄水器のテストを実施し、同じ米を水道水と弊社の浄水器の水を使って炊いたものを食べ比べしました。ひとつは、弊社の社員が水道水で米を研いで炊いたもの。もうひとつは、お米用の浄水を使って、五ツ星お米マイスターが炊いたものです。
食べ比べてみると、後者の方が明らかに香りもツヤもあっておいしかったです。一方、弊社の社員が水道水で炊いたごはんは、みんなに「これはもう食べたくない」と避けられて、大量に余ってしまいました(笑)。
―― プロの料理人からの反応はありましたか?
戸越:東京會館の和食総調理長の鈴木さんにはとても気に入っていただき、出汁が違ってくるということで、厨房の中でも業務用の浄水器を使用いただていています。鈴木さんは、現代の名工を受賞された、日本料理界の重鎮です。それだけに、違いが敏感に分かるのだと思います。
和食は、汁物や煮物など出汁ごと味わう料理が多いので、水は大切な要素です。服部栄養専門学校でも弊社の浄水器が導入され、未来の料理人となる学生さんにも繊細な料理の味に関わる水の大切さを学んでいただいています。
―― シャワーヘッド「WATERCOUTURE」の開発経緯について教えてください。
戸越: クリンスイとは別ブランドでリリースした「WATERCOUTURE」は、もっと美容をサポートする水が作れるのでは?というところからスタートしました。すでに首都圏を中心に、キッチンの浄水器の全国世帯普及率は40%前後といわれていますが、飲食用には浄水器を使っていただいている一方で、体用には浄水器がほとんど使われていない状況を変えたいという思いがありました。
―― 普通の水道水のシャワーを直接浴びた時、皮膚が弱い人にはどんな影響があるのですか?
戸越:肌や髪への影響がある物質は、残留塩素です。殺菌のために水道水に入っている塩素は、タンパク質を壊す性質もあるんです。肌や髪は、主にタンパク質からできています。そこにダメージを与える可能性があるため、除去した方がいいといわれています。肌トラブルの原因はさまざまなものがあるので一概には言えませんが、残留塩素もその原因のひとつといわれています。
――「WATERCOUTURE」の反響はいかがですか?
戸越:近年は特に、オーガニックやノンシリコンのシャンプーの需要が高まり、素材も注目されています。その中であらためて浴びる水の質も大事だということに気づく人が増えてきて、発売当初に比べるとお客様の関心の度合いが格段に高まってきました。
オーガニック系のシャンプーは泡立ちにくいものも多いですが、このシャワーヘッドで浄水されたお湯を使うと泡立ちも違ってきます。そういう意味でも、ようやく時代にはまってきたのかなという感じはありますね。
これまで、シャワーヘッドの市場は、節水やマッサージなど外的にプラスの効果があるものがメインでした。同商品の場合、水道水から不要成分を除去しただけで、何もプラスしていない引き算の商品です。現在、子どもたちにもアトピーやアレルギーのある子が増えていることもあって、親御さんや女性を中心に需要が高まり、市場も拡大しています。
飲める水道水が普及する国は世界でわずか。そのひとつである日本は、浄水器もハイレベル
―― 日本の浄水器技術は国際的に見てどんな立ち位置にありますか?
戸越:日本の浄水器には「家庭用品品質表示法」で決められた除去物質が、現在13物質あります。それから、「浄水器協会」で決められている除去物質もあります。日本の浄水器は、基本的にはこれらの物質が除去できるものがほとんどなので、世界的に見てもトップクラスと言っていいでしょう。
ただ、海外と違う点は、そもそも水道水の質がよく、飲める水だということです。現在、蛇口からそのまま水道水を飲める国は世界で15カ国程度(※)と言われていますが、数少ないその中に日本も含まれます。日本の水は元がいいため項目は少ないですが、海外だと数百項目の規格がある国もあります。
――「クリンスイ」はグローバル展開されていますか?
戸越:中国や東南アジア、北米、ヨーロッパ、南アフリカの約30カ国で販売しています。特にアジア圏では、まだまだ同類の商品の選択肢が少ないこともあって、高級プロダクトにカテゴライズされています。
また、ある程度水道のインフラが整っていないと性能が発揮できないため、たとえば中国の場合、都市部では提供しやすいですが、それ以外のエリアでは、通常のフィルターにプラスして、粗いゴミを取るためのプレフィルターが付いていたりします。
―― 近年は、海洋プラスチックやマイクロプラスチックの混入問題で、水に対しての関心度がますます高まっています。あらためて水の安全性が問われる時代に、ほかに商品の強みだと自負する点はありますか?
戸越:現在、海洋プラスチックやマイクロプラスチックについてはさまざまなところで調査されていますが、ペットボトルを調べると、大部分に入っているともいわれています。また、アメリカでは、水道水にも混入しているという調査結果が出ています。
その点、弊社の浄水器で使用しているフィルターは、0.1マイクロメートル(1万分の1mm)より大きい物質を取り除くことができます。マイクロプラスチックは5mm以下のプラスチック片を指します。マイクロプラスチックに関しては、体内に入ってからの影響はまだ解明されていませんが、大部分は弊社の浄水器で除去できるという意味でも、安心してお使いいただける点は大きいと思います。
料理や飲みものがよりおいしくなることはもちろん、近年は、SDGsの盛り上がりもあって、ペットボトル排除の動きもあります。アメリカではすでに州によっては自治体の施設でのペットボトル入りの水の使用が禁止されていたり、サンフランシスコ国際空港ではペットボトル入りの水の販売自体が禁止されています。こうした動きがこれからますます加速することを見越し、社会問題の解決を目指した上で、環境に貢献できればと考えています。
※国交省 平成16年度版「日本の水資源」より