EVENT | 2019/12/02

ハリウッドの“続編”製作事情と39年ぶりの“続編”『ドクター・スリープ』【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(17)

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『アナと雪の女王2』...

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『アナと雪の女王2』(19)、『ゾンビランド:ダブルタップ』(19)、『エンド・オブ・ステイツ』(19)、『ターミネーター:ニュー・フェイト』(19)、『IT/イット THE END“それ”が見えたら終わり。』(19)、『マレフィセント2』(19)、『ジョン・ウィック:パラベラム』(19)、『大脱出3』(19)、これらはすべて、現在日本の映画館で上映されている(11月末現在)アメリカ映画のタイトルだ。そして、これらの作品には“続編”という共通点がある。列挙してみると改めてその多さに驚くばかりだ。“続編”であるということは、過去作、少なくとも第1作目が人気作であったということを示している。つまり、興行的にも好評だったことから「“続編”を製作したとてもビジネスになるであろう」という製作側の判断によって、これだけの作品が生み出されているのだ。

だが同時に、アメリカ映画、特にハリウッドのメジャー映画会社で製作されている作品に対しては「続編やリメイクがあまりにも多い」という指摘もある。“続編”のように、過去作のビジネス的な実績を欠くオリジナル脚本を映画化することは収益の予想がしづらく、製作へのGOサインに対して消極的なことから、その姿勢を揶揄する声も少なくないのだ。連載第17回目では、「ハリウッドの“続編”製作事情と39年ぶりの“続編”『ドクター・スリープ』」と題して、スティーヴン・キングの小説を映画化した『シャイニング』(80)の続編『ドクター・スリープ』(19)を例に、“続編”や“再映画化”作品の在り方ついて解説する。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

ハリウッドではオリジナル脚本による映画が減少傾向にある

映画のジャンルとして人気を博しているのは“続編”だけではない。例えば、現在世界的にも大ヒットを記録している『ジョーカー』(19)は、『バットマン』シリーズに登場するキャラクターを主人公にした作品だ。決して“続編”ではないが、『バットマン』シリーズから派生した作品なのだと言える。例えば、日本で上映中の作品だと、ギレルモ・デル・トロ監督による『ヘルボーイ』(04)を、ドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」の演出でも知られるニール・マーシャル監督が“再映画化”した『ヘルボーイ』(19)、或いは、これまで7作が製作されてきたシリーズをリブート(再起動≠再映画化)させた『チャイルド・プレイ』(19)、はたまた、ディズニーの長編アニメーション『ライオン・キング』(94)をフルCG“超実写版”として再映画化した『ライオン・キング』(19)といった変化球的な例の作品もある。

そしてこれらの作品は、すべてが興行的に当たっているというわけではない。それでも過去作品の“続編”や“再映画化”が製作され続ける背景には、ハリウッドで製作される映画の平均的な製作費が高騰し続けている点が理由のひとつに挙げられる。ハリウッドのメジャー映画会社で製作される映画に限って言えば、製作費の平均は約5000万ドルと言われている。『ジョーカー』の製作費は5500万ドルとアナウンスされているので、この映画が「ハリウッドでは低予算の部類に入る」と言われているのはそのためなのだ。今年大ヒットを記録した『アベンジャーズ/エンドゲーム』(19)のような大作になると、その製作費は3億5600万ドルにものぼる。つまり、製作費の高騰によって、興行的な失敗をした場合のビジネスリスクがより高まっているのだ。例えば、実写版の『美女と野獣』(17)のように1億6000万ドルの総製作費がかかった場合、全世界の事業収入が約4億ドルを超えなければリクープしないという現実がある。映画会社内の想定では、アメリカ国内で61.5%、海外で38.5%の収入を得るという内訳になっている。

2017年にアメリカで製作され劇場公開された映画777本のうち、ハリウッドのメジャー映画会社で製作され劇場公開された映画は86本。アメリカで公開される映画の本数は年々増加傾向にあるが、メジャー映画会社で製作された作品に限っていえば、その本数は年間100本前後と横ばいで推移している。逆算すると、このことはインディペンデントの映画会社で製作・劇場公開される作品が増えていることを示している(この傾向は、日本の映画業界にも同様のことを指摘できる)。また、日本の映画界においても、小説や漫画を原作とした映画化作品、或いは、人気テレビドラマを映画化した作品が大半を占めていることは今に始まったことではなく、2000年代に入ってからずっと指摘され続けてきたことだ。

ハリウッド映画の原作・原案の由来(1995年〜2017年)

(Nash Informationのデータより)

これは、アメリカ国内で1995年から2017年までに公開された映画が、どのような題材を元に映画化したのかを示したデータ。これだけを見れば、映画のために書かれた“オリジナル脚本”のパーセンテージが45.82%と一番大きいことが判る。ところが、1994年から2015年までのデータでは“オリジナル脚本”のパーセンテージが53.1%もあったのだ。つまり、急速に“オリジナル脚本”の企画が減少していることも示している。“オリジナル脚本”には製作費に対する裏付けが乏しいという側面がある。原作となる小説や漫画があれば、発行部数からある程度の観客数を予測できるし、テレビドラマであれば視聴率からその数を導くことも可能だ。それゆえ、ビジネス的な観点から、“続編”や“再映画化”作品が好まれるという理由もあるのだ。

『ドクター・スリープ』は誰もが納得する“続編”のお手本

写真左は前作『シャイニング』での惨劇を生き延びたダニー(ユアン・マクレガー)。ダニー同様に「特別な力(シャイニング)」を持つ、写真右の少女アブラ(カイリー・カラン)と出会い、彼のまわりで起こる児童連続失踪事件の謎を追う
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今年の冬休み興行でも、『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(19)、『ジュマンジ/ネクスト・レベル』(19)、『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』(19)など、“続編”である映画が待機している。一方で、異例な“続編”がハリウッドで製作されていることも近年の特徴として挙げられる。それは、30年以上の年月を経て製作された“続編”映画のことである。

例えば、1979年に公開されたオーストラリア映画『マッドマックス』(79)は、第3作『マッドマックス/サンダードーム』(85)から30年経過した2015年になって『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15)が製作費1億5000万ドルの大作として公開された。映画ファンの間では「まさかの続編!」と話題を呼び、日本でも18億1000万円の興行収入を記録。アカデミー賞でも10部門にノミネートされ、技術部門を中心に6部門で受賞を果たす快挙となったことは記憶に新しい。

この『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を筆頭に、『ブレードランナー』(82)の続編『ブレードランナー2049』(17)が35年ぶりに製作されたり、『トップガン』(86)の34年ぶりとなる続編『トップガン マーヴェリック』(20)が2020年に公開予定となっていたり、これまでにないような長い期間を経た“続編”が登場している。この背景には、前述のような理由も挙げられるが、公開当時に観客だった世代が映画を製作する側の世代に移行したという、時代の変化も挙げられる。『ブレードランナー2049』のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督や『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキー監督が、1作目のファンであることを公言しているから尚更だ。

同様に、オリジナル版を敬愛する人物によって39年ぶりの“続編”が映画化されたのが、現在公開中の『ドクター・スリープ』(19)だ。この映画は、モダンホラーの帝王と称される小説家スティーヴン・キングによる「シャイニング」の同名続編小説を映画化した作品。「シャイニング」はスタンリー・キューブリック監督の手によってジャック・ニコルソン主演で映画化され、今なお高い人気を誇る作品である。『ドクター・スリープ』のマイク・フラナガン監督は1978年生まれ。スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(80)は1980年5月に北米公開されているので、若い頃に『シャイニング』を観て衝撃を受けた世代なのだと推測できる。

写真中央のヘッドホンを首にかけた人物が、監督のマイク・フラナガン
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一方で『シャイニング』は、「エンジンの搭載されていない高級車」と原作者であるスティーヴン・キングが自ら批判した作品でもあった。原作と映画版では、主人公が常軌を逸して狂気に走ってしまう理由が明確に異なる。その点でキングの怒りを買ったのだ。彼の怒りはよほどだったようで、1997年にはスティーヴン・キングが自ら脚本を手がけたテレビドラマ版「シャイニング」が製作されている。このような経緯がある中で、映画『ドクター・スリープ』は、キューブリック版、キングの小説、キングのドラマ版、どの作品の“続編”として製作されているのか? 実は、キューブリック版の映像を踏襲しつつ、キングの小説やドラマ版の設定を踏襲し、さらに前作を観ていなかったり、小説を読んでいない観客にも楽しめるような作りになっている。なんとも難易度の高い着地点に到達した作品なのだ。

『ドクター・スリープ』では、『シャイニング』の主人公ジャック・トランスの息子で、作中でも重要な役割を果たしたダニーが主人公となっている。この大人になったダニーをユアン・マクレガーというスターが演じていることで、まずユアン・マクレガー主演の映画として楽しめる構成になっている点がポイント。さらにこのことは『ドクター・スリープ』を、ある衝撃的な事件によってトラウマを抱えた人間の“その後”を描いた作品にも変えている。つまり、たとえ前作を知らなくても、ユアン・マクレガー演じるダニーという人物の葛藤を描く作品として鑑賞できる構成にもなっているのだ。

ダニーは『シャイニング』の舞台でもある、“呪われたホテル”ことオーバールック・ホテルへ再び足を踏み入れる
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さらに『ドクター・スリープ』では、当然のごとくダニーが過去の惨劇を思い出す場面がある。前作の重要な場面を思い出す“回想”が挿入されるのだ。この“回想”場面をマイク・フラナガン監督は、『シャイニング』の映像を再利用するのではなく、『シャイニング』の映像をそっくりそのまま再現してみせているのである。驚異的なのは、数秒にも満たない短なカットであっても、構図や色彩(別の役者による演技まで)詳細に再現して見せている点。その敬愛ぶりに、前作の映画ファンは思わず唸ってしまうのである。その上で、物語や設定を原作者スティーヴン・キングが小説で描いていたことに寄せているのだ。

『シャイニング』でも印象的なシーンの一つだった「MURDER」の文字も再び登場
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誰もが観たかった『シャイニング』の続編を、映画ファン、スタンリー・キューブリックのファン、スティーヴン・キングのファン、そして前作未見のファン、全ての観客が納得する形で映画化している点に、『ドクター・スリープ』は“続編”映画の正しいあり方を今一度考えさせてくれるのである。そして何よりも、スティーヴン・キング本人が『ドクター・スリープ』のメイキング映像の中で作品に対する想いを語っている姿、その彼がご満悦である様子を見て、39年ぶりの“続編”にファンを泣かせているのだ。


過去の連載はこちら

【参考文献】
日本貿易振興機構「米国コンテンツ市場調査 映画編」
川上一郎「Digital Cinema Now! Vol.134 米国映画市場の動向」(月刊FDI)
MPAA「Theatrical Market Statistics 2016」
Avengers: Endgame(Box Office Mojo)
日本映画製作者連盟「2015年(平成27年)興行収入10億円以上番組」

『ドクター・スリープ』
11月29日(金)全国ロードショー
配給:ワーナー・ブラザース
上映時間:153分
原作:スティーヴン・キング「ドクター・スリープ」(文春文庫刊)
監督&脚本:マイク・フラナガン(『ジェラルドのゲーム』スティーヴン・キング原作、『ザ・ホーンティング・オブ・ヒルハウス』)
キャスト:ユアン・マクレガー(『スター・ウォーズ』シリーズ)、レベッカ・ファーガソン(『ミッション:インポッシブル』シリーズ、『グレイテスト・ショーマン』)、カイリー・カラン