CULTURE | 2019/10/04

築100年、有名建築家の実家をリノベした島根の古民家宿『日貫一日』。開業後の反響を訊いてみた

宿泊スペースとなる「安田亭」の外観。夜には満天の星空も楽しめる© HINUI HITOHI All right...

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宿泊スペースとなる「安田亭」の外観。夜には満天の星空も楽しめる
© HINUI HITOHI All rights reserved.

取材・文:6PAC

德田秀嗣

一般社団法人弥禮(みらい)代表理事

当地区で生まれ育ち、日貫小学校・石見中学校・矢上高校で学業を学ぶ。20~23歳の間広島で就職。子供が産まれたのを機に地元日貫に帰る。帰ってからは地元建設業者に就職し、現在は取締役に就任。在籍期間が今年24年となる。Uターンしてから、小学生に15年間剣道を教える。また伝統芸能の神楽笛を指導する。2000年には地元の有志で友遊倶楽部を結成し、田んぼの中に高さ10mのクリスマスツリーを立てたり、谷山浩子コンサートを日貫公民館にて開催する。 

加工・演出なし、ナマの「日本の原風景」が楽しめる宿

写真中央が遠くから撮った安田邸。周囲のロケーションもまさしく「ニッポンの里山」であり、ここでのんびり過ごすとリラクゼーション効果が大きそうだ
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日本全体が、人口減少や少子高齢化という問題に直面しているが、そのしわ寄せが一番来ているのが地方ではないだろうか。東京一極集中が叫ばれ続ける中、地方では人口流出による過疎化や空き家などの問題が深刻化する一方である。

この地方が直面している問題を解決するため、空き家となった古民家をカフェやホテルとして再生し、観光客や移住希望者など外部からの人の流入を促進すことで、地域の活性化に挑む試みは増加傾向にある。その背景には、地方創生を政策の目玉の一つとして掲げる日本政府の後押しも関係しているのだろう。令和元年度の地方創生関連予算は、3兆円近いものとなっている。

今年の6月、島根県邑智郡(おおちぐん)、邑南町日貫(おおなんちょうひぬい)という地区に、古民家を再生した一棟貸しの宿泊施設『日貫一日(ひぬいひとひ)』がオープンした。政府からの補助金と、地方が保有する資源でもある里山・農村・古民家といった、日本の原風景とも言えそうな懐かしい景観を武器に、『日貫一日』は誕生した。運営を担うのは、日貫地区に暮らす地域住民が発足させた一般社団法人弥禮(みらい)。同法人の代表理事である德田秀嗣氏に話を伺った。

フロントや朝食会場、イベントなどに用いる「一揖(いちゆう)」をバックに記念撮影。古い工場跡地で、閉校した小学校の廃材を活用してつくられた
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剣道を通じて地元の小学生とつながりを持っていた徳田氏は、小学生の数が年々減少していく状況を目の当たりにし、日貫地区の存続の危機を感じていたそうだ。そんな折、日貫地区のある邑南町が、交流人口の増加を目指し、定住につなげることを目的とした地区別戦略という、住民主体の事業の取り組みを開始した。

同氏は開業のきっかけについて「日貫地区には、国の重要無形民俗文化財である大元神楽が伝承されており、神楽を観て泊まる観光事業や空き家の活用をテーマに取り組みました。“泊まるところが欲しい”から、“日貫の良さを知ってほしい”が肉付けされ、日貫地区で一日過ごしてもらうことに発展しました。懐かしい風景の中で豊かな食材と共に、旅する大切な人と大切な時間を過ごしてもらう事をコンセプトに『日貫一日』は開業に至りました」と話す。

安田亭の居間。寝室は2部屋あり、6名まで宿泊可能
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『日貫一日』は、邑南町出身の建築家、故・安田臣氏の実家を改修した古民家宿だ。当初は旧造り酒屋を改修しようと計画していたというが、「建物が500平米を越える建物で、色々な使い方が出来ると考えていましたが、消防設備だけでも莫大な金額がかかります。また、旧造り酒屋の所有者は建物を譲りたい意向でしたが、引き受ける法人もその時には無かったため、断念しました。そこで目を付けたのが、島根県庁や大分県庁を設計した安田臣氏の実家(100平米)でした。今も見学者がいる建物だったので、ここなら宿としても売りがあると考え古民家宿にしました」という。

デザインにこだわりぬいた内装や什器

ガスコンロや電子レンジなどの家電を備えた土間キッチンで自炊も可能
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『日貫一日』は建築家、設計士、デザイナーたちの手によって、総額4200万円のコストを掛けてリノベーションされた物件。内訳は、安田邸の改修に2000万円、朝食会場である「一揖(いちゆう)」の改修に500万円、デザイナーなどの委託費が1700万円となっている。農林水産省の農山漁村振興交付金制度で2600万円を調達し、残りは金融機関からの借り入れで資金を集めた。

アクセスのあまり良くない場所や、何もない非日常的な場所にある“一棟貸しの古民家宿”は、日本全国で増殖中だ。『日貫一日』が他の“一棟貸しの古民家宿”と差別化している点は、「建築家だけでなくデザイナーにも関わってもらったため、デザイン性に優れ“こんな家に住んでみたい”と言ってもらえる空間に仕上がっています。特にゆったりと家族で入れる大きな檜風呂と、厳選された調理器具のある大きなキッチンが目玉となっています。また、さまざまなアーティストや職人とコラボした什器は、ここだけでしか味わえないものとなっています。大切な人とワイワイ楽しく調理をしながら、大切な人と大事な時間を過ごしていただける空間に仕上がってます」と語る。

天井が高く、広い空間を楽しめる檜風呂
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宿泊客は、島根県内では西部地区から、島根県外となると関西や九州からが多い。加えて少数だが、東京からの宿泊客や、邑南町に在住する知人や友人と一緒に過ごそうという近隣の県からの宿泊客もいるような状況だ。宿泊客の滞在目的としては、「旅の途中の宿泊や、邑南町で仕事のある方の宿泊という目的が多いかと思います。また、日貫地区内の利用として、仏事などで親類縁者の家に泊まりきれない親族の方に泊まっていただいたこともありました」と話す。

日本国内・海外問わず、筆者が旅に出る目的は、友人に会いにいくか、何もしないためにどこかへ行くことがほとんだ。仮に筆者が『日貫一日』に宿泊するとしたら、ボーっと星空を眺めながら、島根の地酒を楽しみつつ、檜風呂に入ってリラックスするといった過ごし方をするだろう。宿泊客の過ごし方について訊いてみると、「おっしゃられたような過ごされ方が田舎宿の過ごし方として最適だと思いますし、毎日本業と宿の運営に携わっている私もそうしたいと感じます。そういった過ごし方をされる方もいれば、大きなキッチンや厳選した調理器具を使って、こちらで用意したレシピで地元野菜を使った料理、またご自分で素材を買い求めての料理を楽しまれる方もいます。家の中でキャンプをする感じですね。朝は田舎道や近くにある神社やお寺を散策して、朝食会場の“一揖”で地元のお母さんたちが作る朝食を楽しむこともできます」とのこと。

「日貫のお母さん」たちが作ってくれる地元料理が味わえる。ちなみに有料かつ事前予約制だが国の無形民俗文化財に指定されている大元神楽の鑑賞体験や神楽面の絵付け体験、陶芸体験なども楽しめる
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月に12組の宿泊が目標。しかし現状は芳しくない

総額4200万円のコストを掛けた『日貫一日』の料金体系は、1泊1名1万5000円で、上限が6万円となっている。コストの半分以上は農林水産省の補助金で補っているが、金融機関からの借り入れもある。具体的にどういった事業計画を立てているのだろうか?

この点について率直に訊ねてみると、「金融機関からの融資については、返済期間を10年間とし、返済計画を立てています。最初は一棟貸のみとし、予約数で返済可否がつかめる単価設定にしようかとも考えていました。しかし、少数での旅行者の負担軽減のために少し複雑にはなりましたが、一名当たりの客単価が1万5000円になるようにし(1名での宿泊の場合は2万円)、上限は6名様が泊まっても6万円という単価設定を採用しました。雇用しているスタッフが1人いますので、賃金を確保するためにも、月に12組を目標に集客をしていこうと考えています」と説明してくれた。

しかしながら、現状は芳しくない。「宿泊事業を手がけるのが初めてでノウハウを溜めたかったことや、地元の方にも泊まってほしいという想いから、本オープンの半年前である昨年11月に試泊を開始しました。昨年11月~今年6月までの試泊宿泊者数は119名です。順調に宿泊数を伸ばしましたが、6月28日の本オープンからの宿泊数は、広く宣伝出来ていなかったこともあり、8組・14名と低迷しています。現在、宿泊サイトのAirbnb、Booking.com、Relux、西日本の素敵な宿・高枕などに登録し、宿泊者数を上げるよう頑張っています」という。集客に関して頭が痛いのは、交通の便だが、そこは「割り切って考えなければ」と思っているそうだ。同時に、宿泊事業未経験ということで、「広告の仕方などには苦慮しています」ともいう。

アクセスの問題で宿泊客が来ないからといって黙って指をくわえて見ているだけではない。交通の便に関しては「最寄りの駅またはバス停留所までは送迎は可能と理解しています」と、対応策を検討している。送迎中の事故などを考慮すると、「公には言えないと思っています」と前置きしながらも、「宿泊予約を受けた後であればメールによるご相談は受けられるかと思います」とのこと。また、「日貫地区にタクシー営業をされている方がいるので、ご要望があれば提携して観光地などへの送迎の仕組みを構築することは可能かもしれません」とも話す。

地域住民の手で開業した『日貫一日』の公式Instagramをみると、文字通り地域住民の手による手作り感が伝わってくる。

10月には4人以上宿泊する場合、宿泊料金が1万円引きの5万円、夕食が半額の1500円になるキャンペーンも行う。限られた経営資源の中、『日貫一日』は今後どうなっていくのかを最後に訊いてみた。

「泊まられた方への情報発信などをやる方向で検討しているので、ファン的なお客様が増えてくると思われます。隠れ家宿みたいな存在になっていくのかもしれません。また外国のお客様にも来てほしいと考えていますが、準備が少し必要と思っています。10月にガイド付きのお客様が宿泊されるので、そこから検討したいと思っています」。


『日貫一日』公式サイト

『日貫一日』公式インスタグラム