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個人がドキュメンタリー映画で身内の人生を描ける時代【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(13)
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  • 2019.07.05
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個人がドキュメンタリー映画で身内の人生を描ける時代【連載】松崎健夫の映画ビジネス考(13)

写真左:©︎2019 Masako, mon ange.

「ドキュメンタリーは、その人の人生まで引き受けることはできない」

これは、筆者が大学院時代に受けた是枝裕和監督の講義で印象に残った言葉だ。ドキュメンタリーとは、実在の人物そのままや、現実の出来事・状況を記録する映画全般を指す。例えば、ある人物を取り上げる場合。まず、製作側が何らかの社会問題に対する対象として取材対象者にアプローチをかける。そして、取材を重ねることで、問題のメカニズムを解き明かしたり、問題点を告発するといった性格を持っている。

ここで問題となるのは「いつまで取材を続けるのか?」という点。フィクションであれば、物語のある着地点を見つけて映画を終わらせることができる。しかし、ドキュメンタリーの場合はそうはいかない。なぜならば、取材対象者が撮影中に急逝しない限り、その人の人生はその後も続いてゆくからである。取材対象者が直面している社会問題は映画の中で指摘できるが、取材対象者のその後の人生にまで責任を持つことは不可能だ。この、ドキュメンタリー作品に何らかの結末を提示しなければならないことに対するジレンマを、ドキュメンタリー番組出身である是枝裕和監督は、前述の言葉で表現していたのだった。

そんな性格を持つドキュメンタリー映画に対して、“人生を引き受けてみよう”と抗う姿勢を見せる2本の作品が同時期に公開される。連載第13回目では、「個人がドキュメンタリー映画で身内の人生を描ける時代」と題して、“ドキュメンタリー映画の今”について考えてゆく。

松崎健夫

映画評論家

東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『japanぐる〜ヴ』(BS朝日)、『シネマのミカタ』(ニコ生)などのテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』誌ではREVIEWを担当し、『ELLE』、『SFマガジン』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。キネマ旬報ベスト・テン選考委員、田辺弁慶映画祭審査員、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門審査員などを現在務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。日本映画ペンクラブ会員。

<映画>はドキュメンタリー的なものとして始まった

<ドキュメンタリー>という言葉は、フランス語で“紀行映画”の意味として用いられた「documentaire」に由来する。ドキュメンタリー映画の歴史は古く、1922年に“ドキュメンタリー映画の父”と呼ばれるロバート・フラハティ監督が、カナダ北部の極北で暮らすイヌイット族一家の姿を捉えた『極北のナヌーク』(22)を先駆的な作品だと評価されている。そもそも<映画の誕生>とされるリュミエール兄弟の作品は、列車が駅のホームに入ってくる様子や、工場の出口から労働者たちが出てくる様子を数十秒に渡って撮影したものだった。つまり<映画>というものは、ドキュメンタリー的なものとして始まったのだと言って過言ではないのだ。その後、事象を記録する“記録映画”としてドキュメンタリーは発達。やがて、<動物映画>や<ニュース映画>などにジャンルが分岐してゆく中で、社会的メッセージを重視しながら人々の生活・日常からドラマを作り出してゆく<ドキュメンタリー映画>に発展していったという経緯がある。戦前の日本でも、<文化映画>や<教育映画>といった分野の作品が製作されていたのだが、これらの作品は映画会社の“文化映画部”や下請けの製作会社が、学校や公共施設での上映を意図して制作したもの。つまり、映画館での上映は意図しないものの、主に上映フィルムの貸し出しによって製作費を回収するというビジネスモデルを構築した上で作られていたのだ。

戦後も岩波映画製作所などが<文化映画>や<教育映画>を製作。そこからドキュメンタリー映画の秀作を世に送り出すことになる、羽仁進監督土本典昭監督といった人材を輩出するという役割を担っていた。ここで重要なのは、「ドキュメンタリー映画にはお金がかかる」ということ。フィルムで映画を撮影していた時代、もちろんドキュメンタリー映画も同じようにフィルムで撮影されていた。しかも、いつ決定的な瞬間が撮影できるのかがわからないため、膨大な撮影フィルムが必要となる。ドキュメンタリー映画は、巨大なセットや絢爛豪華な衣装、スターに対する高額なギャラを必要としないものの、それなりの製作費を必要としていたのだ。それゆえ、ある程度の予算が回収できる興行的な裏付けが、作品のテーマにも求められていたのである。70年代以降になると、個人でドキュメンタリー映画を製作する映画監督、つまり<独立系>と呼ばれるインディーズでドキュメンタリー映画を製作する映画監督も登場。例えば、原一男監督は、1972年に「疾走プロダクション」を設立。アナーキスト・奥崎謙三の行動を追った『ゆきゆきて、神軍』(87)を、渋谷ユーロスペースでの単館上映ながら5400万円の興行収入を記録するヒットに導き、日本映画監督協会新人賞など国内外で数々の賞に輝いた。

フィクションである劇映画の撮影は、通常、数週間から長くても数カ月。しかし、ドキュメンタリー映画の撮影には「終わりが見えない」という違いがある。他人の人生の一部を切り取ることでしか成立しないドキュメンタリー映画は、どこかで“終わり”を模索せざるを得ない。前述の是枝裕和監督の言葉の意味は、そこにある。そして、終わりの見えない撮影は、製作費がかさみ続けるものでもある。『ゆきゆきて、神軍』のようなヒットは当時として特異な例で、製作がいつまで続くのかがわからないドキュメンタリー映画は、上映する映画館を製作前から確保するのが難しいという面もある。つまり、映画が完成しない限り、上映の見込みも立たず(もちろん上映館が見つからなければお蔵入りしてしまう)、撮影中の監督は収入源がないままの生活を延々と送らなければならないという現実がある。そういう意味で、ドキュメンタリー映画の製作はリスクが高かったのである。

テレビ局と映像のデジタル化がドキュメンタリーを変えた

近年、ミニシアターを中心に上映することでヒットを記録するドキュメンタリー映画が増えている。例えば、22万人を動員した『人生フルーツ』(17)や4万人を動員した『ヤクザと憲法』(16)。これらのドキュメンタリーを制作したのは東海テレビというテレビ局だった。地方局である東海テレビにとって、自社の番組、しかも地味な題材のドキュメンタリーを全国の地上波で放送するのは難しい。それならば、と、映画という形で作品をアウトプットした結果、<テレビドキュメンタリー>が<ドキュメンタリー映画>として映画館でヒットしたのである。ドキュメンタリーをテレビ番組として制作すれば、そこには製作費の裏付けがあり、何よりも長期間の取材が可能になるという利点もある。2014年に劇場公開された『夢は牛のお医者さん』はテレビ新潟の製作。牛の医者になる夢を抱いた小学生の姿を昭和53年から26年間にもわたって取材した作品で、当初はニュースとして撮影した映像がきっかけとなり、四半世紀の映像記録が生まれた感動のドキュメンタリーだった。このような長期間に渡るアプローチは、個人、ましてや映画会社でも叶わず、テレビ局の取材力と資金力が導いたからこその作品だと言える。

テレビ局が製作したドキュメンタリーは、“ドキュメンタリー映画を変えた”が、もうひとつ、ビデオの普及、そして映像のデジタル化も“ドキュメンタリーを変えた”要素。ビデオテープはフィルムに比べて安価なだけでなく、長時間の撮影が可能な点でドキュメンタリーに向いているメディアだ。さらに、映像の記録方式がデジタル化されたことで、より親和性を増している感がある。カメラが軽量化されたことで機動性が増し、照明がなくても屋内の撮影が可能なデジタルカメラは、<映画>そのものも変えた。安価な機材は誰もが撮影できる環境を生み出し、パソコン上で映像の編集が可能になったことで「誰でも映画が作れる」時代になったからだ。このことは、ジョナス・メカス監督の『リトアニアへの旅の追憶』(72)に始まるとされる<日記映画>の延長にあたる、<セルフ・ドキュメンタリー>というジャンルを活性化することにも繋がるのである。

1920年代に16mmフィルムのカメラが日本に輸入されて以来、個人が家庭の様子を撮影する<家庭映画>、いわゆる<ホームムービー>は存在していたが、ジョナス・メカス監督の作品は、個人の日常生活も映画になりうることを示した点でエポックメイキングだった。『萌の朱雀』(96)でカンヌ国際映画祭カメラドール賞に輝いて、世界的な名声を得ている河瀬直美監督。彼女が注目された作品も、幼少期に別れた父親を探す姿を描いた『につつまれて』(92)という<セルフ・ドキュメンタリー>だった。また、松江哲明監督が日本映画学校の卒業制作として製作した『あんにょんキムチ』(99)も、在日三世である自身の出自を辿る<セルフ・ドキュメンタリー>。自らカメラを持ち、家族の姿を映し出す。それが<映画>になる時代となったのである。とはいえ、是枝裕和監督の言葉にある「ドキュメンタリーは、その人の人生まで引き受けることはできない」という点が解決されたわけではない。

その、高く、厚い壁に抗うようなドキュメンタリー映画が同時期に2本公開される。どちらの作品も個人の資金を基に、身内を題材にしながら、小規模での上映をスタートさせるという共通点がある。それが、7月26日からUPLINK吉祥寺で上映される大岡大介監督の『モデル 雅子 を追う旅』(19)と、7月15日からテアトル新宿で、7月26日と8月1日にはシネリーブル梅田で上映される石井達也監督の『万歳!ここは愛の道』(19)だ。

ドキュメンタリーが身内の人生を救うことに挑む姿勢

『モデル 雅子 を追う旅』の“主演”であるモデルの雅子
撮影:中川真人
©︎2019 Masako, mon ange.

『モデル 雅子 を追う旅』は、2015年にがんで急逝したモデル・雅子の半生を追いかけた作品。監督が彼女の夫である大岡大介という点が大きな特徴だ。

『リング』(88)で貞子役を演じ、竹中直人が監督した『サヨナラCOLOR』(05)に出演、モデルとして数々のCMや雑誌に登場したモデル・雅子。筆者は第25回東京国際映画祭で審査員を務めていた雅子さんに、現場でお世話になったという縁がある。ある日、夫である大岡監督は亡き妻の“モデル”という側面をほとんど知らなかったことに気づく。そして大岡監督は、彼女の“ある言葉”を果たすため、雅子を知る人物に会いにゆくというのがこの映画の内容。本来であれば取材対象者となるべき妻は、もうこの世にいない。ドキュメンタリーのスタートが、あくまでも妻の死後であることが本作の重要なポイントなのだ。夫は闘病の妻に何もできなかったという自責の念にかられていて、それが映画製作の原動力にもなっている。

著名人の死後、敬意や敬愛を表す類のドキュメンタリーは数多存在するが、その身内が監督する作品は稀だ。『モデル 雅子 を追う旅』は、夫が亡き妻の足跡を追いかけるという非常にプライベートな内容ながら、残された者として雅子の人生を引き受けようという姿勢が映し出されている。「ドキュメンタリーは、その人の人生まで引き受けることはできない」ことを前提としながら、引き受けられなかった部分を、「改めて引き受けてみる」というこの映画は、個人がドキュメンタリー映画を製作できる環境と時代が生み出した映画なのだと言える。

そしてもう一本、『万歳!ここは愛の道』は、突然2年間の記憶を失った映画監督・福田芽衣の記憶を辿るべく、彼女の恋人がカメラを向けてゆくという<セルフ・ドキュメンタリー>。

『万歳!ここは愛の道』のポスター

特異なのは、記憶を失った映画監督の恋人・石井達也もまた映画監督だという点にある。映画は時間を記録する媒体。そして、時間の記録は、記憶にもなり得るものだ。つまり、記憶を失った映画監督が、記憶を取り戻すために恋人である映画監督の被写体となる奇妙な関係性が生まれるわけである。筆者は数多の映画を観てきたが、このような設定の作品をこれまで観たことがない。そういう意味で『万歳!ここは愛の道』は特異な作品なのだが、それだけではない。いっけんすると、この映画は、記憶を失った恋人をダシにした作品にも見えかねない危険性を孕んでいる。しかし『万歳!ここは愛の道』は、<映画>というふたりにとって共通のツールを使って、記憶を呼び戻そうとするだけでなく、たとえ記憶が戻らなくとも、彼女の人生を救ってみようと試みているのだ。ここに、<映画>でしか成立させることができないカタルシスがある。衝撃の終幕は、まるで「ドキュメンタリーは、その人の人生まで引き受けることはできない」という言葉に抗うかのようなのだ。

原一男監督は『極私的エロス・恋歌1974』(74)で、かつて愛した同棲相手の姿を追いかけ、平野勝之監督は『監督失格』(11)で女優・林由美香を失った喪失から再生するまでを綴り、マイケル・アプテッド監督は14人の子供の成長を1964年の『Seven up!』(64)から『56 up!』(12)に至る現在まで、ライフワークとして追い続けることで「ドキュメンタリーは、その人の人生まで引き受けることはできない」ということに抗おうとしてきた。その抗いの新たなアプローチをみせる『モデル 雅子 を追う旅』と『万歳!ここは愛の道』の2本は、個人の資本による個人の想いを<映画>という形に昇華させ、ドキュメンタリー映画の製作・演出・興行のあり方を、今一度考えさせるものなのだ。


過去の連載はこちら

【参考資料】
『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)
『ちくま』(筑摩書房)2014年12月号「インディペンデントの栄光・ユーロスペース」 
ORICON NEWS「東海テレビ、ゼロから立ち上げた10年の軌跡 シーンを賑わす地方局発ドキュメンタリー映画
夢は牛のお医者さん
モデル 雅子 を追う旅
万歳!ここは愛の道

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