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ハードルが激低ながらも、とんでもない引き寄せ力を持つ「レンタルなんもしない人」の生き様【ブックレビュー】
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  • 2019.05.27
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ハードルが激低ながらも、とんでもない引き寄せ力を持つ「レンタルなんもしない人」の生き様【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

「なんもしない人」は、結局色々させられる

交通費と(必要な場合)食費だけで、「なんもしない人」をレンタルできるサービスがある。聞いたことがある方もない方も、レンタルなんもしない人『レンタルなんもしない人のなんもしなかった話』(晶文社)を読めば、自分が「何をしたいのか」を省みることができる。

1983年生まれ、妻・一男ありの「なんもしない人」は、執筆・編集の仕事をしつつコピーライターを目指していたが、働くことに向いていないと気付き、いずれからも撤退した後に「なんもしない」ことを思いついたという。ツイッターを中心にサービスを展開しており、本書を出版するにあたっても自身のツイートを転載しているためほぼ何もしていないし、いくらか追加されている文章に関しても「なんもしてない」範囲内である。

どうすれば「なんもしてない」ことになるのかは後述するとして、著者の記念すべき最初の仕事を見てみよう。

風船を持たされ、写真を撮らされたうえ、インスタの宣伝を頼まれました。小国分寺から西国分寺まで風船もちながら歩くの楽しかったです。(P15)

依頼内容は「風船を持つ」。上記のツイートだけでなく、著者の文体で特徴的なのは、多くの依頼内容が「〜させられた」という形で表現されることだ。普通は「強いられた」「嫌々やらされた」という意味で使われる言葉を、サービスとして引き受けているという用法で使っている。たとえば、芝居のチケットを譲り受け、一人で「見に行かされた」感想はこのようになる。

「空席にするのは申し訳ない」って優しすぎるなと思ったら、芝居が好きな人たちの間ではわりと一般的っぽくて、“文化”を感じた。(P21)

他者の人生のレールを、一時的に自分の中に通り過ぎさせる。嫌なもの(なんかする案件)は断り、引き受ける場合も過度な期待をしないのでWin-Winとなる。それが、「なんもしない」サービスの基本構造なのだ。

ハードルを低くすることによって生まれる、引き寄せの力

著者がサービスを始めてあれこれなんもしないでいると、直接関わりがない人の身にも面白い現象が起き始めたという。

自分の名前で検索してたら「〜行きたいけど一人で行くのもな。レンタルなんもしない人に頼もうかな」みたいなツイートがあり、リプライで「俺を呼べよ」って来てて、一緒に行く流れになっているのを見かけた。サービスそのものは利用せず、サービスの利用を匂わせるだけで効果を出すという利用方法もある。(P53)

このように「なんもしない人」は、言いにくいことにワンクッション置いたり、重い腰を起こしたりする効果があるということが判明しはじめた。筆者はこのエピソードから、ホテル予約サイトで予約をする時の心の動きを連想した。行き先のことをまだ詳しく知らない状態でキャンセル無料のホテルをひとまず予約し、その予約期限までに色々と調べて旅程を立てたり、ホテルを予約し直したりすると(宿泊施設には迷惑な話かもしれないが、ほとんどの場合最初に直感で予約したホテルはキャンセルしない)、「旅行すること」が先に決まり、そこから気持ちが盛り上がっていく。きっかけへの辿り着きやすさ(著者が自認している言葉を借りれば「ハードルの低さ」)が、より多様な顧客へのリーチにつながるのだ。

また、著者のスタンスは、日本人ならではの謙遜表現を思い起こさせる。まず、「とんでもない」という言葉。たとえば、礼を言われた時に「とんでもないです、何もできませんで…」と、自分のしたことを「何もしていない」と示すことがある。

続いて、「どういたしまして」という言葉。相手から何か礼を言われた時に「いえいえ、大したことは何もしていません」と打ち消す表現だが、そのように「実際に行ったこと」が自分の中の「なんかしたこと」の基準を上回らないことを著者は「なんもしてない」と表現している。

こうした謙虚さを持ちつつも、どこか得体の知れない「レンタルなんもしない人」というキャッチコピー兼アカウント名で、時に「そんなことを私が(私も)していいんですか?」というようなことを、著者は無理なく自然に引き寄せてきたのだ。

「なんもしない」の定義は変化し続ける

ツイッターには、機械がツイートするbotと呼ばれるアカウントがある。たとえば筆者は「映画監督の名言bot」をフォローしているが、定期的に放たれる名言によって時々襟を正す思いにさせられ、不思議な存在感を享受している。名言botはオンライン上にのみ存在するが、著者の場合、「実際に存在している」というのが大きな持ち味になっている。

今日大阪で依頼くれた人が「本当にいたんだ」「画面の中から出てきた感じ」と言ってた。この感覚は僕も依頼者に対してあって、僕のほうからは顔も知らないので「実在した」という感動はより強いかもしれない。ほぼ毎回のことながら、ほかに趣味をもつ必要を感じないくらい自分の中でエンタメ化している。 (P196)

依頼者が依頼文を書いているうちに自己解決してしまって、著者は本当に何もせずに依頼者が満足することもあるそうで、存在というのは、今まで行ってきたこと、これから行おうとしていることにも宿るようだ。

著者がある映画のエキストラをエンジョイしている様子が本書には描かれているが、「レンタルなんもしない人」は役者のようだと筆者は思った。役者は演技を「やる」とも言えるし、何かしらの役を「やらされる」とも言える。それが本人っぽい役の場合(ハーフの役柄を本当のハーフが演じるなど)もあれば、全く違う役の場合(若い役者さんが特殊メイクをして年寄りを演じるなど)もある。著者は「レンタルなんもしない人」という役を演じ、多様な世界を経験することでサーチライトのようにあちこちを見回し、依頼者や著者の存在を知った人たちが「何をしたいのか」という暗所を照らしていくのだ。

マラソンのゴールで出迎える、新幹線での旅立ちの見送り…その他にもクスッと(いい意味で)笑ってしまうようなエピソードが本書には散りばめられているが、豊富な事例は書中でご確認いただくとして、最後に著者自身が「なんもしない」とはどういうことなのか語っている部分をご紹介したい。

生きているだけで勝手に入ってくる情報やふと湧いてきた感情をただ外に吐き出すだけという感覚で、呼吸運動に近いと言ってもいい。呼吸するのと同じようなテンションでできることなら、たぶん一生できる。(P245)

なんもしないことで変化し続けている著者。その生き方に学ぶもよし、実際にレンタルしてみるもよしで、活用方法は読者次第。よくよく考えると奥深く哲学的ながらも、ツイッターのタイムラインよろしく気楽にスクロールするように読める一冊だ。


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