応募1,610点の頂点に立ったのは、緩衝材に浮かぶ『ありがとう』の文字
ネット通販で荷物を受け取る機会が増えた今、梱包を開けた瞬間に小さなうれしさを感じさせる発想が、デザインの世界で最高評価を獲得した。一般社団法人未来ものづくり振興会(愛知県名古屋市)は2026年10月9日、「第19回 シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション」の表彰式を東京都内で開き、受賞作品8点を発表した。
今回のテーマは「現代のしるし」である。押す、書く、貼る、結ぶ、灯す、刻む――人がしるしを生み出し、残してきた行為のあり方を今の生活や社会から見つめ直す提案を国内外から募り、応募総数は1,610件に達した。審査は中村勇吾、原研哉、深澤直人、三澤遥の4名に加え、ゲスト審査員の辰野しずか、特別審査員としてシヤチハタ株式会社代表取締役社長でもある舟橋正剛を含む計6名によって行われた。
グランプリ(賞金300万円)に選ばれたのは、柴野杏菜氏による「感謝材」である。ハニカム状のクッションペーパーを梱包材として使い、紙を広げて角度を変えると「THANK YOU」の文字が浮かび上がる仕組みだ。荷物を送る機会が増えた現代において、普段は捨てられてしまう緩衝材そのものに気持ちを届ける役割を持たせた点が評価された。
AIが提案書を磨く時代に、評価を分けたのは模型の『説得力』だった
審査員のコメントからは、AIの進化がコンペの審査にも影響を及ぼしている様子がうかがえる。中村勇吾氏は「アプリケーションの作品などがAIコーディングでしっかり作り込めるようになってきた分だけ、モックアップの精度が弱いものは、着想が良くても印象に残りにくくなってきていると感じます」と指摘した。
インターフェースデザイナー/tha ltd. 代表
ウェブサイトや映像のアートディレクション、デザイン、プログラミングの分野で横断/縦断的に活動を続けている。主な仕事に、ユニクロの一連のウェブディレクション、KDDIスマートフォン端末「INFOBAR」の UIデザイン、 NHK Eテレ「デザインあ」のディレクションなど。
ゲスト審査員の辰野しずか氏も「プレゼンシートで高評価だった作品の印象が、モックアップの出来で変わることもあり」と述べ、プロダクトのコンペでは実際に使った時の感触が最終的な評価に結び付くと振り返った。特別審査員の舟橋正剛氏によれば、AIを使って仕上げられたプレゼンシートが一次審査を通過した後、模型の完成度が伴わないケースも一定数見られたという。
クリエイティブディレクター・デザイナー/Shizuka Tatsuno Studio 代表
ロンドンのキングストン大学プロダクト&家具科卒業。2011年に独立。物事に潜む可能性を探り、昇華して可視化することを得意としている。実用的な道具から情緒的なオブジェまで手がけ、コンセプトメイクや商品企画にも携わりながら、「ものづくりの軸」を見定めた表現を大切にしている。プロダクトデザインを中心に、表現のディレクション、アート制作まで活動を広げている。
アイデアを言葉や画像で伝える力は、AIを使えば誰でも一定水準まで引き上げられる時代になった。だからこそ、実際に手に取って確かめられる試作の精度が、プロダクトデザインの価値を見極める新たな基準として重みを増している。ビジネスの企画や提案においても、見せ方の巧拙だけでなく、実体として検証できるかどうかが問われる局面は増えていくだろう。
うなずくアイコンから食べられるハンコまで、『しるし』が広げる体験の幅
受賞作品には、画面越しのコミュニケーションを補う「しるし」も並んだ。Web会議中のユーザーの動きに合わせてアイコンがうなずく「KOKURI」(中村賞)は、顔を見せずに「聞いていますよ」という意志を伝える仕組みである。深澤賞を受けた「pac」は、アレルギー特定原材料9品目をリボンの形で示し、パッケージにさりげない気遣いを添える提案だ。
仙谷 日菜(Hina Sengoku)郭 瓊嬪(Kyoungpin Gwak)
チーム名:nekoze
一方、三澤賞・辰野賞を受賞した「手触りの鉛筆」は、芯の硬さに応じて表面の質感を変えることで、視覚や画面を介さず触覚だけで情報を伝える。特別審査員賞の「名古屋のしるし」は、失われつつある印鑑文化を食べられる飴として再編集し、名古屋の菓子文化と結び付けた土産として提案されている。
手触りの鉛筆
木下 快(Kai Kishita)
デジタル上のやり取りが増えるほど、手で触れて確かめられる体験の価値は見直されていく。今回の受賞作品は、押印や書き込みといった古くからの「しるし」の行為を、現代の暮らしに合わせて再解釈する視点を示している。全ての受賞作品は商品化の対象となっており、今後実際にどのような形で生活の中に現れてくるのか、公式サイトでの発表にも注目したい。
第19回 シヤチハタ・ニュープロダクト・デザイン・コンペティション
(19th SHACHIHATA New Product Design Competition(SNDC))
テーマ:現代のしるし
応募受付期間:2026年4月1日(水)〜5月29日(金)12:00正午
応募総数:1,610件
審査員:中村勇吾、原研哉、深澤直人、三澤遥(審査員)、辰野しずか(ゲスト審査員)、舟橋正剛(特別審査員)
賞:グランプリ1作品(賞金300万円)、準グランプリ2作品(賞金50万円)、審査員賞5作品(賞金20万円)、特別審査員賞1作品(賞金20万円)
表彰式:2026年10月9日(金)18時〜(予定)
主催:一般社団法人未来ものづくり振興会
特別協賛:シヤチハタ株式会社
公式サイト
https://sndc.design