CAREER | 2023/11/13

10代の「趣味:プログラミング」は何をどうすると「仕事」にできる? U-22プログラミング・コンテスト審査委員の江草陽太が語る、 若者のためのエンジニア論

聞き手・構成・文・写真:神保勇揮(FINDERS編集部)

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22歳以下限定のプログラミング作品コンテスト「U-22プログラミング・コンテスト」の受賞者が決まる、最終審査会が11月19日(日)の昼から行われる。当日の模様はFINDERSも取材し記事にする予定だ。

本記事では開催に先立ち、同コンテストで10年近く審査委員の一人として若者の作品に触れ続けた、さくらインターネット執行役員の江草陽太氏のインタビューをお届けする。

小学校入学前後の時期からプログラミングに触れ始めた同氏は、いかにしてエンジニアとして活躍するようになったのか。小中学校でのプログラミング教育の必修化についてどのように感じるか。そして多くの若者にとって永遠の悩みである「自分のやりたいこと」を見つけるにはどうすれば良いのかといった話をうかがった。

江草陽太

さくらインターネット株式会社 技術推進統括担当 執行役員 兼 CIO 兼 CISO

大阪府生まれ。ネットワーク、データベース、情報セキュリティのスペシャリスト。
ヴィアトール学園 洛星中学・高等学校のロボット研究部創立メンバー。ロボカップジュニアなどのロボコンに出場。
その後、大阪大学工学部電気電子情報工学科に進学。NHK大学ロボコンに出場。学生時代より個人事業としてシステム開発を行う。
2014年10月、新卒採用によりさくらインターネットに入社。
「さくらのVPS」等のバックエンド開発を担当。IoTプラットフォーム「sakura.io」の開発責任者を担当し、サービス設計と開発を行う。
2016年7月、執行役員に就任。
現在は、さくらインターネット全体の技術統括とコーポレートIT、情報セキュリティを担当。
宅急便をSlackから発送できるサービスを開始するなど、コーポレートITに関わるDXのサービス化も行っている。

幼少期からプログラミングを始め、ロボコンに打ち込んだ学生時代

ーー 江草さんは何歳ぐらいの頃からパソコンやプログラミングに触れ始めたのでしょうか?

江草:パソコンを触り始めたのが小学校へ入学したぐらい、プログラミングを始めたのが小学3年生ぐらいの時です。1991年生まれなので2000年前後ぐらいのタイミングでしょうか。

父が工業高校の教諭なので、家にいろんなガジェットがあったんですよ。最初はシャープのポケコンをポチポチ触るとか、パソコンでボタンを押すと素数が出るみたいなごく簡単なプログラミングをして遊んでいました。

途中からはプログラミングより電子工作の方に興味を持ったんですけど、まだ当時は回路設計とかをする能力はなくて、部品とプリント基板がセットになっていて、指定された場所に部品を取り付ければ完成するようなキットを組み立てたりしていました。

プログラミングと電子工作の初歩みたいなことを学んだので、小学校を卒業するぐらいのタイミングで組み込みにも挑戦し始めました。とはいえまだ当時はLEDをピカピカさせるぐらいで、コンパイルしてマイコンに書き込めるだけで、タイマーや割り込みなどマイコンの機能を活かした複雑な処理はできないという感じでした。

その後、中学校に入学してからしばらくして、同級生の中でロボカップに出たいからとロボット同好会を設立する流れがあり、そこに合流して高校3年生までの6年間、ずっとロボット作りを続けてきました。日本の全国大会にも頻繁に出場できるようになり、世界大会に出場した際はソフトウェア担当として遠隔でソフトウェアの開発をしたこともあり、その際はロボカップジュニア 世界大会レスキュー部門で準優勝でした。

江草氏が当時作っていたロボット

ーー 大学に入ってからはもうプログラマーとして仕事もされていたそうですが、どんなことをされていたのでしょうか?

江草:大学でも引き続き、NHK大学ロボコン(現NHK学生ロボコン)に出場するサークルに入りました。活動を行う工学部内のプレハブのガレージには、鳥人間コンテストや学生フォーミュラに出場するチームもいて、鳥人間コンテストに出るサークルの先輩から、大学生協のアルバイトを紹介してもらったんです。

その内容がかなり変わっていて、生協内でシステム開発の受託をする部署だったんですよ。FeliCaを使った講義の出席管理、講義の映像配信システム、汎用アンケートシステム、研究室での実験で使うシステムなどの開発に関わり、次から次に入ってくる仕様が明確でない依頼に対して、仕様の検討、設計からコーディング、デプロイと運用まで行う、まさにSIerみたいなことをやっていました。

またキャンパス間のVPN構築、プライベートクラウドの構築をさせてもらったりもしたので、インフラ系の知識もこのアルバイトで結構身につけることができました。加えてこの時期、フリーのエンジニアとして、従兄弟からの紹介で名古屋にある設計会社がISO27001(情報セキュリティに関する国際認証)取得するということで、コンサルティングと、社内システム整備などにも携わったりしています。

ーー その後、江草さんは大学院に進学し、ITインフラを手掛けるさくらインターネットに入社するわけですが、ロボットを仕事にしようとは思わなかったのですか?

江草:ロボットはソフトウェアだけでなくハードウェアも大きく関連するわけですが、ハードウェア側の問題から「書いたプログラム通りに動作しない」ということが結構あるんです。それがしんどかったんですよね。ロボコンに出場していた時も大会前は徹夜の連続でしたし。

それと同時に、自分の興味関心がインフラに向いていたというのも大きいです。大学入学当初から就職先として「社会基盤を扱える業界・業種であること」「ソフトウェアを用いて課題解決ができること」「上から下までプロジェクトに一気通貫で関われること」を重視していました。大企業に就職した先輩の話を聞くと、どうしても自分が仕事で関われる範囲が狭いのだろうなと感じ、そういった意味でも当時の社員が200人ほどだったさくらインターネットは自分にとってぴったりな就職先でした。

ーー 江草さんは入社から約1年半でCIO(最高情報責任者)に就任するわけですが、どんな経緯で就任したのでしょうか?

江草:当時の弊社は、VPSはVPSをやっている人、クラウドはクラウドをやっている人という風に分かれていて、どこでどの技術を採用するのが合理的かを全社的に判断する人間がいなかったんです。それを問題だと思って社長の田中さんに相談したところ、「じゃあ江草さんならやりますか?」と言われ、言い出しっぺでしたし私で良ければやりますと答えたのが経緯です。

さくらインターネットの場合、自社でデータセンターも運営しているので、電気系の技術なんかも多少理解している必要があるんです。私は大学の学部も工学部の電気系でしたしロボットもずっとやっていたしということで、インフラ分野やコンピュータサイエンスに加えて電気系の知識も多少あり、どの分野についても一通り会話できるということで、当時の知識・経験が活きた格好になりました。

「2020年代からのプログラミング教育」は簡単な道程ではない?

ーー 話題を変えますが、小学校では2020年度から、中学校では2021年度からプログラミング教育が必修化されました。今回のコンテストが若者向けだということもあり、いまの若い子を取り巻く環境の変化についてどう感じていらっしゃるかをうかがいたいです。

江草:私がパソコンを触り始めた2000年前後と今とでは、パソコンを触ったことのある人、プログラミングという行為があると知っている人の数は桁違いに増えていますよね。そういう意味において、興味を持つ可能性がある人が、より若い頃に知ることができるという意味では良い変化が生じていると思います。残念ながら自分は大人になるまでU-22プログラミングコンテストの存在を知りませんでしたが、知っていたら文化祭用に作っていた食券印刷のソフトなんかを提出していたかもしれません。

ただ一方で、プログラミング教育を必修化したらプログラミング人口が自動的に増えるかというと、そう簡単な話ではない気もしています。数学、物理、国語、歴史など他の科目と同様、得意不得意は誰にでもあるので、自分の好きなこと、得意なことに早く気づけるようにしていくようにできれば十分なんじゃないかと。

ーー 1990年代、2000年代のインターネット商用利用が始まって間もない頃は「まだ技術力がそこまで高くなくとも若者が食っていけるような仕事もたくさんあった」という話がされることもありますが、今でもその余地はまだ残っていると思いますか?

江草:難しくなっていると思います。他の業界であれば「昔はこんな技術もあったけど、今は新しい方だけ知っていればOK」という知識も多い場合がありますが、プログラミングの世界はそうでもなさそうだなと感じることが多いです。例えば1978年に発売された「Intel 8086」の時代のx86命令セットは今も残っています。

その時代からパソコンの構造、ハードディスクの構造、電気回路の物理的な仕組みは変わらない一方、上流のソフトウェアの領域でできることはどんどん増えている。でもソフトウェアの開発であっても「パソコンの構造、ハードディスクの構造、電気回路の物理的な仕組み」を知っておかなければならないタイミングがどうしても出てきて、最終的には全部ある程度必要になる。

後から参入する人は、当時リアルタイムで接していた人より短期間で多くのことを習得しなければならないという、どんどん辛くなっているところがあると感じています。

ーー 関連して、今の情報系の大学や専門学校で教えられている内容について思うところはありますか?

江草:もちろん学校によると思うのですが、学校で教える一番ベーシックな「CPUの仕組み」なども、先ほどお話しした通り知っておかなければいけない知識ではあるのですが、今のパソコンなどの作りの複雑さとの乖離が激しすぎて、実感を伴った学びに結びつきにくいんじゃないか?と感じるところがあります。

プログラミングについても同様で、例えば簡単な数値計算をするソフトを作ってみましょうといった実習についても、「普段自分たちが使っているソフトはこういう技術で作られているんだ」という実感と結びつけるのが難しくなってしまっているのではないかと。

数学と物理の関係でもそうですが、微分積分を単体で習ってもよくわからないけど、「これは物理現象の計算の時に使うんだな」と理解できると数学も物理もより詳しくわかるようになるというか。関連性がわからないまま触れることになると、結果どっちもわからないままになってしまうことが結構増えてしまっているのではないでしょうか。

ーー 2010年代は若いITスタートアップ経営者や、社会起業家に注目が集まる中で、単に深いプログラミング知識があるだけではない、別分野と掛け合わせるようなプラスアルファの要素が求められるようになった風潮もあったかと思います。

江草:確かにそういう経緯もあって、私はプログラムを書く職業の人のことをプログラマーと呼ばないようにしているんです。

昔のプログラム開発は、誰かが日本語で「何をこうしたい」という仕様を決めて、COBOLやFortranといったプログラミング言語に落とし込む、場合によっては機械語に落とし込むところまでやるというのを分担して行う仕事でしたが、今ではあくまでプログラミングは目的ではなくツールでしかなくて、言語を打ち込む=コーディングの時間は減っています。

なので今はプログラマーではなく「ソフトウェアエンジニア」と呼ばれることが多くなっているのですが、何をしているかと言えば「現在の課題を解決するためにどんな設計をするか」「複数ある選択肢からどれを選ぶか」がメインです。複雑性が高まっているので、コーディングより設計の方が重要になっているんですね。

設計の方が重要となる現代において、もはや「プログラミングできるだけでは、プログラミング能力が一定以上伸びなくなってしまう」ぐらいのことが言えてしまう状況になっています。「指示されたコードを打ち込めば良い」だけだと、設計者がどんな課題をどう解決したいと思っているのかわからないままとなってしまい、設計者側になることができません。結果として、現代のソフトウェアエンジニアには、課題解決力も求められているのだと思います。

AIに色々作ってもらえる時代だからこそ「モノが動く仕組み」の知識に価値が生まれる

ーー そういった時代の変化が、U-22プログラミングコンテストに応募する子たちの傾向としても現れていると感じますか?

江草:U-22プログラミングコンテストの特徴は「課題が与えられていない」ということだと思うんです。競技プログラミングなどとはそこがちょっと違う。つまり「何かを作りたい!」というモチベーションがある子しか参加していないわけで、提出できた時点で結構なハードルが超えられているのではないでしょうか。

ーー 江草さんはもう8年ほど審査員をされているということですが、これまでの間に何か世代的な変化などを感じますか?

江草:特にコロナ禍以降は、全体的に作品における「面白み」みたいなものが減ってしまっているように感じて少し残念ですね。賞を獲得するような上位作品のクオリティは変わらないんですが、全体平均的なところです。

コロナ禍の間に何があったかと言えば、やはり人と人とのコミュニケーション量が減ってしまったということだと思います。一人で作っている作品でも、誰かに途中経過を見せてフィードバックをもらう、全く違う分野の雑談をしていてアイデアをひらめくといったことが足りていないんじゃないかと。

作品のフィードバックと言ってもそこまで仰々しいものではなくて、「この部分の見た目はもうちょっとこうしたら?」「この機能は実装してもユーザーの使い物にならないんじゃないか」といったちょっとした指摘だけで成果物が結構変わったりするんです。

ーー IT系はリアル/オンライン問わず勉強会が常に結構開催されている印象もあるのですが、それも変わってきてしまったのでしょうか?

江草:勉強会を通じて得られる知識も大事ですが、それと同等以上に大事なのが、勉強会の前後で登壇者や友人知人との間で行われる「雑談」なんですよね。

ITやプログラミングの知識それ自体は、極論を言えば大抵がネット検索すると出てくるので「勉強会に行かなければ得られない知識」自体はそんなに多くないと思います。ちょっとスキルがあるなら、参考にしているサービスのソースコードを見れば大体のことがわかったりもしますし。ではネットにない情報とは何かというと、例えば「自分の作りかけのソフトに対するフィードバック」だったりするわけです。

ーー ちなみに江草さんは2020年代の今、ティーンエイジャーだった場合、またソフトウェアエンジニアになっていると思いますか?

江草:2000年代と今とで「ITでできること」の大枠自体はそこまで大きく変わっておらず、基本的にはハード性能やソフトが進化しているだけとも言えるかと思いますので、なりたいと思うんじゃないかなと感じています。そう考えると、最終的には今も昔も「興味を持てるかどうか」に尽きてしまうということなのではないかと。

ーー 同時に、今も昔も「熱中できる題材がなかなか見つからない」ことが大きな悩みとしてあると思います。少しでもその確率を上げるために大事だと思うことは何だと思いますか?

江草:そうですね、能動的に自分の興味を探しに行くというのがなかなかしんどいという場合は、自分の知らない世界に連れて行ってくれる友達と一緒にいるようにする、友達の興味があることを一緒にインプットしてみるというのはひとつアリかもしれません。

あとはIT分野に関連づけて言うと、ゲームでも何でもいま自分が好きでやっていることについて「動かして満足」だけではなく「何故これは動いているのか」という原理まで知るようにしておくと、後々得をするというのは確実に言えます。

ーー ノーコード開発や、ChatGPTなど生成AIのように「仕組みが多少わかっていなくても作ってもらえる」というサービスが今後進化するにつれて、逆に「仕組みがわかっていること」の価値が高まりそうですね。

江草:はい。仕組みを理解しなくても使えるようになったとしても「そのシステムの提供者」にならなければビジネスになりませんからね。逆にソフトウェアエンジニアじゃない領域でITを使って活躍したいということであれば、全然問題ないとも思います。

なので、10代に対するアドバイス的な話をすると「課題解決の方法」に興味を持つか、「モノが動く仕組み」に興味を持つか、自分はどっち寄りの人間だろうと考えるのは大事だと言えるのかもしれません。


U-22プログラミング・コンテスト2023最終審査会
日時:2023年11月19日(日)11:50~19:00
会場:昭和大学上條記念館

11:50~12:00 オープニング・開会挨拶
12:00~16:50 制作者本人によるプレゼンテーション(16作品)
16:50~18:00 特別講演1:さくらインターネット株式会社
       特別講演2:U-22プログラミング・コンテスト経済産業大臣賞受賞者 他
18:00~19:00 U-22プログラミング・コンテスト2023結果発表・表彰式

ニコニコ生放送配信URL
https://live.nicovideo.jp/watch/lv342635793

▼一次審査通過作品(全16作品:ID順)
ID ジャンル/制作者名・チーム名/作品名/学校名
017 AI/小田 悠真/cl-waffe2/市立札幌大通高等学校
117 ゲーム/Glow United/Glow Seeker/新潟コンピュータ専門学校
148 ゲーム/BB Reflection/BounceBullet/日本工学院八王子専門学校
156 ゲーム/ノアーズアーク造船所/NOAH'S ARK/日本工学院八王子専門学校
170 ユーティリティ/ぷろんこ株式会社/Walking Helper/小山工業高等専門学校
183 言語/小林 悠太/関数型のコンパイラ言語Yet/つくば市立手代木南小学校
185 アート/上林 嶺/Ascia/早稲田大学
193 その他/錦織 大介/Cracker/宇部フロンティア大学付属香川高等学校
201 ゲーム/ウィリアム財団/Trail Ray Road/日本工学院八王子専門学校
243 学習&教育/小林 幸ノ心/数学好きのラクガキパズル/小平市立小平第二小学校
245 AI/真家 彩人/AIシンセサイザー「OneSynth」/東京大学
248 ユーティリティ/川島 遼/英文を編み図に変換するソフトウェア/都立多摩科学技術高等学校
250 ゲーム/TKMK/SWORD ARENA/河原電子ビジネス専門学校
269 アート/田中 魁/AI 4コマメーカー/鈴鹿工業高等専門学校
272 ゲーム/軽量化させてください/Deferred Raytracing/日本工学院専門学校
296 ユーティリティ/梶原 渉磨/Sekigae.app/大阪府立富田林高等学校