吉田和充(ヨシダ カズミツ)
ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director
1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
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ほんの少し前まで、「食の不毛地帯」と言われてきたオランダの食が変化し始めています。
世界では、過去2年以上にわたるコロナ禍の影響もあり、なかなか海外のリアルな情報が入ってこなかったかもしれません。というより、海外の情報が変わらず入ってきたと思っている人も多いかと思いますが、現地にいると、現地の情報が外に出ていく経路がかなりシャットダウンされていたな、と感じています。ということで最近、オランダで起こっている、静かなる「食の大変化」についてお知らせします。
ミシュラングリーンスターの躍進
皆さんもよくご存知の「ミシュランガイド」。例えば、外国からの要人を日本でもてなす際には、「この寿司屋はミシュラン3つ星で、予約は半年先まで取れません」なんて話すと、その外国人は、一気に好意を持ってくれるようになるかもしれません。いや、尊敬さえしてくれるでしょう。もちろん、デートの相手も、倦怠期の奥さんも、苦手な得意先も、世界中の全ての人に通用するのが「ミシュランスター」です。
しかし、しかし!オランダではコロナ禍以降、このミシュランスターをしのぐ、格付けが密かに台頭してきています。それは「ミシュラングリーンスター」です。
ミシュラングリーンスターとは何なのか。その定義を公式サイトから引用します。
日本にもすでに、28軒のレストランがグリーンスターを獲得しています。この辺は、さすが400軒以上のミシュランスター店がある“グルメ大国”のお国柄もあるでしょう。
一方、オランダのミシュランスター店は110軒程度で、ミシュラングリーンスターは11軒。ですが「食の不毛地帯」ですから、この割合の高さはちょっと特筆するべきものかもしれません。
そして、オランダではレストランやシェフの目指す方向も、ミシュラングリーンスター獲得というところがすごく増えています。もう一点大事なのは、お客さんがグリーンスターの店をかなり高く評価していることでしょうか。やはりミシュランなのですから、当然のように行けば美味しいということでしょう。
予約1カ月待ちの人気店「De Kas」は日本人にも大好評
ミシュラングリーンスターはどんなお店が獲得しているのか。例えば、アムステルダム市内、中心地からもそれほど遠くないところにあるのが、こちらの「De Kas」。公園の中にある農家レストランという触れ込みですが、大箱の店内はグリーンハウス(農業に使う温室)を利用しています。明るくて広々とした店内は豊な光が降りそそぎます。夏なら22時過ぎまで明るいので、ディナータイムであってもずっと外にいるかのような感覚。店の周りには畑がありますが、店内にも室内農園があり、まさに収穫してきたばかりの野菜をフードマイル0でお皿に盛り付けすることができます。
その日に収穫された野菜でメニューを決めるため、基本的には「野菜を中心としたコースメニュー」という設定があるだけで、メニューがあるわけではありません。にもかかわらず、1カ月ほど先まで予約でいっぱいというのも常。
出されるメニューはどれも独創的。たとえ知っている野菜であっても、「こんなニンジン食べたことがない!」という印象を持つほど、美味しく、美しいものばかり。筆者が行った際は5品目のコースが63ユーロ(約9000円)、飲み物を入れると1人100ユーロ(約1万4000円)くらいでしょうか。オランダの平均的な飲食店と比べればもちろん高いですが、ミシュランスター獲得店で見ればそれほど高くはないと思います。
料理だけではなく、自然の中にいるような感覚に陥る、お店の雰囲気も素晴らしいので、ぜひ訪ねてみてください。お連れする日本の方たちから「お肉を食べなくても、こんなに満足できるんですね」という感想もよく聞きます。
ベジタリアン、ヴィーガンなどの環境に配慮した食事を好む人が激増
「自家製マッシュルーム栽培キット」なんてものも売られています。コーヒーカスを菌床にして、自宅で水をやると勝手にキノコが生えてくるというもの。普通に美味しいです
日本においては、ベジタリアン、ヴィーガンのライフスタイルを送っている人もいるかと思いますが、まだそこまで市民権を得ているとは言えないのではないでしょうか?
ところがオランダでは完全に市民権を得ています。特に若者(10代以下も含む)の間で多く見られます。「クライマタリアン」と言って、「気候変動に配慮し、環境に良くない育てられ方をした家畜や、時に野菜や果物であっても、CO2排出量が多くなる遠くの産地のものは食べない」と言うような人たちです。「美味しいから」と言う理由で、肉ではなく代替肉を食べているような若者もいます。
「子どもがヴィーガンになってしまったので、家で作る料理に困っている」と、オランダ人のパパママが話すのも聞きます。これについては正直「そもそもオランダ人、あんまり料理しないでしょ?」と思ったりもしてるんですが、彼らなりに、最近出てきた新種の悩みでもあるようです。
オランダはもともと多民族国家でもあったので、例えばアムステルダム市役所で市民に提供する食事は、とっくにヴィーガン食になっていました。宗教的な理由から食事に制限がある人なども多いため、アレルギーの問題や好き嫌いを抜きにすれば、基本的にはみんなが食べられる料理なんです。
「栄養のある食べ物が良い」という概念は資本主義に要請されたもの
ここで、ジャック・アタリの『食の歴史』(プレジデント社)から引用してみます。
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十九世紀末、世界人口は十六億人に達し、世界の政治経済の中心地はヨーロッパからアメリカへと移行し始めた。そのとき、アメリカの資本主義は、食に関する新たなモデルを全世界に押し付けた。
これは「栄養」という概念を、食の新たな選択基準にし、工場生産的に作られた食を世界に流通させたということを言っているのです。
そう言われてみれば、現代の我々の食の選択基準は、無意識のうちに「栄養」になっているのではないでしょうか?「栄養が偏るから野菜を食べなさい」「毎日カップラーメンじゃ、栄養がないかな」あるいは、逆に「これだけ食べれば1日に必要な栄養は十分です!」などなど、普段の会話や、街に溢れる広告、商品などでも、よく見かける言葉です。
フランスの知の巨人と言われるジャック・アタリによると、この「栄養」が食の選択基準になったのは19世紀末。今からわずか100年ちょっと前です。一方で人類は、誕生以来ずーっと「食べられるものを食べる」というのが食の選択基準でした。狩りに出かけても、獲物が獲れる保証はどこにもありません。その辺に生えている草やキノコを食べて、病気になったり、死んでしまったりすることもあったでしょう。人類有史以来「食べられるものを食べる」という時代が長く続いたのです。
その後、農業が発達し、備蓄ができてきたり、加工食品の精度が上がったりしてくれるにつれ、少しずつ「好きなもの」が食の選択基準になりました。それぞれの人にとっての「美味しいもの」と言ってもいいかもしれません。
その後に出てきた、新しい食の選択基準が先述の通り「栄養」ですが、今、この基準が変わりつつあります。「地球にやさしいもの」という基準です。つまり上述の「クライマタリアン」的な選択基準が、新しい食の選択基準になりつつあるのです。ミシュラングリーンとは、まさにこの傾向を反映した格付けではないか?と思います。
例えばワインでは何十万円もするようなものが普通に存在します。もちろん味そのものが、その価値に値すると言う世間の判断で、そのような高額がつけられているかと思います。しかし、長年蓄積されたブランドの力によるところも大きいのではないでしょうか? 一方で、最近ではオーガニック、ビオ、ナチューレなどというようなワインが大人気で価格も高騰しています。「地球に優しい」「環境に良い」という要素が価値判断の基準として大きくなってきている、ということの現れだと思います。
また、「環境に良い」食べ物は、えてして「体にも良い」ことが多いです。
こうしたことが、コロナ禍における「食の不毛地帯オランダ」でも起こっており、レストランの選択基準、食べ物の選択基準が変わってきているのです(そして、こういう情報があまり日本のメディアを通じて伝わることが少なかった)。
もし、皆さんがオランダにいらっしゃる時には、お声がけください。ミシュラングリーンをはじめ、新しい食の選択基準に基づいたレストラン巡りにお連れします。