CULTURE | 2023/06/07

人体に有害なタバコ企業の環境配慮は「サステイナブル」か?フィリップ・モリスの補助金返還騒動から考える、ヨーロッパのグリーンウォッシュ問題

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【連載】オランダ発スロージャーナリズム(51)
みなさんは今年3月にEUで成立し...

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【連載】オランダ発スロージャーナリズム(51)

みなさんは今年3月にEUで成立した「グリーンクレーム規制」をご存知でしょうか?最近増えている、いわゆる「グリーンウォッシュ」から消費者を守るために制定されたものです。

企業の環境に関する主張やラベルを立証・検証することを義務づけるための新たなルールで、これにより何の根拠にも基づかない無責任な「サステイナブル」の主張や、商品・サービスの販売ができなくなります。

今回は、日本とはちょっと違うヨーロッパのサステイナビリティに関しての現状をお知らせします。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

市民からの突き上げで大企業の経営戦略が覆る、グリーンディール以降のヨーロッパ

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2019年末にEU委員会で成立した欧州グリーンディールでは、EUは環境立国(大陸)として、2050年には完全なクライメートニュートラル(気候中立:二酸化炭素排出量ゼロ)を目指すと宣言していました。さらに、グリーンディールをヨーロッパの成長戦略だと明確に位置付けました。多少の語弊があるかもしれませんが、「ヨーロッパは今後、環境をビジネスやマーケットにしていきますよ」ということだと理解できます。

2008年のリーマンショックを経て、資本が環境マーケットに流れたのを後追いする形で、2015年のパリ協定、そして2019年のグリーンディールと制度や法律が成立して以降は、実際に「環境」がビジネスやマーケットのキーワードになってきています。

昨今、気候変動対策として温室効果ガスの排出量と吸収量の均衡を目指す「カーボンニュートラル」の話題を耳にすることが増えましたが、実はこの「二酸化炭素排出量」という考え方、もともとは石油会社であるBPが半ば自分たちの責任を、民間(他者)に転嫁するために作ったものでした。それが今では皮肉なことに、サステイナブルを推進するための指標になっています。

一方の日本では「SDGs」がヨーロッパにおけるサステイナブルと同義で語られることが多いと思いますが、貧困撲滅、教育格差の是正なども含まれています。もちろん目指すべきベクトルは同じだとしても、ヨーロッパが気候変動対策を最大の目的と置いていることと比べると、その目指す世界はかなり広義です。この点は大きく違っています。

「環境をビジネスやマーケットにする」とは、新たなビジネスが始まるだけでなく、既存の企業や事業にも大きな影響を与えます。思い起こすところでは、2021年5月に、ヨーロッパ中に衝撃の走る裁判結果が出ました。それは、市民(環境団体など)1万7000人の署名が原告となって、オランダの石油会社ダッチ・シェルを訴えた裁判です。一言でいうと、市民たちが「シェルの環境対策が甘い!」と訴えた裁判。驚くべきことに、この裁判に市民側が勝ってしまったのです。これは世紀の大判決だとヨーロッパでは大騒ぎになりました。日本では、あまり報道されることはありませんでしたが。

つまり、今後も「企業の環境対策が甘い!」と市民が訴えることで経営戦略を覆したり、修正させることができるという前例ができたのです。そしてもちろん、これは日本を含むヨーロッパに進出している企業も例外なく、その対象になり得るということなのです。

EUの一員であるオランダ政府も当然、環境対策には力を入れています。例えば今年4月末には日本円にして4兆円強の気候対策予算案を発表しました。使途のトップ3は「貧困地域住宅に対する省エネ設備設置」「中古電気自動車市場の拡張」「レンタルソーラーパネル普及」です。ちなみに日本の環境省の予算で、これに当たるであろう「地球温暖化対策推進費」という項目がありますが、去年=令和4年度は140億円弱。環境省全体の予算であってもおよそ2.8兆円(令和4年度)。世界3位の経済大国である日本と比べると、オランダの本気度がわかるかもしれません。

根拠のない「グリーンウォッシュ」にメスが入る

このように、国全体で気候変動や環境対策に力を入れている一方で、増えているのがグリーンウォッシュの問題。「地球に優しい」「グリーン」などという表記がある商品であれば、環境意識が高い消費者が選択するだろうという、誤解を与えるような訴求を行っている商品やサービスのことです。

例えばメーカーが、今までの製造方法と何も変えていないのに「環境配慮しています」と表記したり、「こだわりのプレミアム製品なので今までより高い価格になります」といったことが行われたり。1980年代後半から90年代にかけては、森林や海洋の写真を使った広告キャンペーンを用いた安易な印象付けを行おうとする事例が相次ぎました。

しかし現在のグリーンウォッシュはより巧妙に、悪質になっています。 相変わらずイメージ先行のものも多くありますが、CSR報告書において実態が伴わないにも関わらず実績をアピールするなどのケースも多くあります。悪意がなくとも、こうした報告書を少し盛ったり、より良い解釈に仕向けるようにするといったことは、実は多く行われていることではないでしょうか?

確かに消費者からすれば、具体的な製造・流通過程を把握することは困難ですし見えにくいですよね。ですが各種調査や消費者からのクレームがあったりすることで、徐々に増えてきていることが分かってきました。こうした問題に対応するためにEUが新たな規制に乗り出す、ということになったのがこの「グリーンクレーム規制」です。

EUの公式サイトでグリーンクレーム規制について解説しているページによると、「環境に配慮している」と謳っている製品・サービスの53%が実際に環境対策になっているかどうか曖昧または誤解を招く表現で、主張の40%が全く根拠のないものであったとのこと。こうしたことから、消費者を守るために制定されました。ちなみに、この規則では企業がグリーンクレームを立証するための最小限の要件を提案しており、自主的な環境主張の信頼性確保、そしてその主張は科学的証拠によって証明される必要があるとしています。つまり「自称」はダメよ、ということでしょうか。

典型的なグリーンウォッシュとは違うのですが、大手タバコメーカーのフィリップ・モリスで最近、起こった騒動を紹介します。オランダのメディアにより、同社がオランダ経済・気候政策省からCO2削減を図るためのサステイナビリティ・トランスフォメーション(SX)のために約26万8000ユーロ(約4000万円)の補助金を受け、その後2021年にプロジェクトの中止を表向きの理由に返却していたことが判明したのです。

タバコが人間の健康を損なう商品である以上、「存在自体がサステイナブルではない産業のSXに税金を注ぐこと自体がバカげている」と言わざるを得ない、珍しく政界がほぼ満場一致した声に推された形となりました。サステイナブルを考える際に私たちがいかに本質を見誤りがちかという示唆に富んだ一例ではないでしょうか。そもそも、大手メーカーにとって4000万円の助成金を受けること自体、必要がなかったのではとも思います。

もちろんタバコ産業にも気候変動対策に協力してもらわなければなりませんし、調べれば同社なりの各種対策を行っているとするIR資料や記事なども見つかりますが「サステイナブル経営」という観点では今回の行為は非常に愚かだったのでは?と思います。

ちなみに、今オランダ政府がタバコの巻き紙の色を規制することを検討中で、近い将来、現在のきれいな白色&薄茶のフィルターは禁止にするとしています。より不健康で格好悪い印象を与えるために「汚い茶色」「汚いグレー」とかの紙を検討しているそうです。

日本では「多少盛っているとはいえ、まあ良いことをしているんだし」となあなあにされたとしても、ヨーロッパではこうしたことに対してもかなり厳しい消費者の目が向けられるようになってきました。日本も対岸の火事では済まされません。後の祭りにならないためにも、早急にサステイナブルトランスフォーメーション(SX)を実行してください。弊社ニューロマジックアムステルダムでも、ヨーロッパの知見、ネットワークをフル活用してお手伝いします。


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