シャワールームで全裸の男性の体を洗って好感度を上げる『Rinse and Repeat』のゲーム画面
Copyright © Robert Yang 2019
ロバート・ヤン(Robert Yang)
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ゲーム開発者
ニューヨーク大学修士課程助教授(Assistant Arts Professor at NYU Game Center)
カリフォルニア大学バークレー校及びパーソンズ美術大学卒
文・取材:6PAC
ゲイカルチャーに特化したゲーム開発者
女子サッカーワールドカップ・フランス大会で優勝したアメリカ。キャプテンとしてチームを率い、得点王とMVPをダブル受賞したのがミーガン・ラピノー選手だ。ニューヨークでの祝賀パレード後に行われたスピーチで、自らレズビアンであることを公表している彼女は、「このチームには、ピンクや紫色の髪、タトゥー、ドレッド、白人、黒人、他の人種、ストレート、ゲイ、と色んな人がいる」という言葉でチームの多様性を表現した。多様性を認め合いながら、世界をより良い場所にするため、結束と協力の必要性があると訴えた。
ラピノー選手は、これまでにもSNSなどで自分の考えをストレートに言葉にして主張してきた。彼女とはアプローチの仕方がちょっと違うが、自分の考えを表現する手段としてゲームを選択した中国系アメリカ人男性がいる。彼の名はロバート・ヤン。現在、ニューヨーク大学(以下、NYU)ゲームデザイン学科の修士課程で、助教授の肩書の下、ゲームデザインなどを教えている。そして、彼もまた前述のラピノー選手のように、ゲイであることを公言している一人だ。
ロバート・ヤン氏
Copyright © Robert Yang 2019
同氏は、中国系アメリカ人のゲイ男性や、NYUの助教授という顔よりも、“ゲイカルチャーに特化したゲーム開発者”としての顔の方が世間的には知られている存在だ。彼が開発した“ゲイカルチャーに特化したゲーム”は、これまでに何度か日本のメディアでも取り上げられている。ロバート・ヤンという彼の名前を聞いたことはなくとも、彼が開発した、公衆トイレで警察にバレないように性行為を遂行する『The Tearoom』、シャワールームで全裸の男性の体を洗って好感度を上げる『Rinse and Repeat』の名前を聞いたことがある人は多いであろう。ちなみにどちらも投げ銭制で無料でもダウンロードでき、日本語字幕にも対応している。
愛は戦争より重要
「たくさんのビデオゲームを遊んできましたが、どの作品にもゲイのキャラクターはいませんでした。だから私がプレイしたことのない、“ゲイがメインで、全面に出ているゲーム”を作りたかったのです」というのが開発の動機だと語る同氏に色々と伺った。
同氏がゲームを世に送り出すようになってから、LGBTQゲームを開発するフォロワーが世界中で出現した。それでも、まだ大手ゲーム会社が支配する業界勢力図の中では「少数派であり、弱い存在」だと同氏は語る。同時に、「業界は、ゲームを売るためにグラフィックと暴力に圧倒的に依存しています。でも、これは間違いだし怠惰の証です。愛は戦争より重要なのです。だから、別の選択肢があるということを提示するために、愛情行為、性的関心、恋愛関係などをテーマにしたゲームを作るのです」とも話す。
NYUで教鞭を執れるだけの知識とスキルがあるのならば、商業的に成功を狙えるようなゲームも開発できると思い、率直に訊ねてみた。すると、「確かに私は十分な技術的スキルと知識を持っています。ですが、商用ゲームには検証、マーケティング、コミュニティ・マネジメントといった、開発スキル以上のものが要求されます。私はビジネスをしたいわけではなく、ゲームを作りたいのです。将来的に信頼に値するビジネスパートナーが見つかるようなら、商用ゲームをもっと開発するようになるかもしれません」という答えが返ってきた。
前述した通り、『The Tearoom』や、『Rinse and Repeat』は日本語対応している。日本のゲイもしくはゲームコミュニティからのリクエストがあったからなのか訊いてみると、「初期の”ゲイカルチャーに特化したゲーム”である『Hurt Me Plenty』が、日本でも注目を集めました。ローカライゼーションと国際化はとても重要です。多くのアメリカ人ゲーム開発者は、英語が使われているのは世界でもほんの一部ということを理解できていません。私のゲームがダウンロードできるSteamのデータを見る限り、私のゲームのユーザーの多くは中国とロシアにいます」との回答。
ロバート・ヤン氏の初期作で、ひたすら男性のお尻を叩き続けるだけという内容の『Hurt Me Plenty』
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同氏のゲームはこれまでに何度か日本のウェブメディアでも取り上げられている。そうした記事の中で同氏のゲームは、「謎ゲー」、「最低のゲーム」、「意味不明」、「悪い意味ですごい」、「アウトなゲーム」といった形容がされている。悪ノリばかりのメディアに対して何か言いたいことがないか水を向けてみると、「(日本を含む)西側のメディアは基本的に似たような反応です。ウェブメディアは、ページビュー稼ぎが求められるので、インパクト重視の極端な内容にしがちです。だから一番単純な解釈の退屈な記事を提供するのです。単に怠惰なだけです」と、ウェブメディア関係者には耳の痛い話をしてくれた。
アンチはユーモアのセンスが欠けている、なにより遊び心が欠落している
一方で同氏のゲームは一見、“ゲイカルチャーをモチーフにしたバカゲー”という立ち位置にも見える。この点に関して突っ込んでみると、「手の込んだ下ネタゲームと考えることもできます。ホモフォビア(同性愛者に対して嫌悪感を抱く人のこと)たちは、下ネタに対して怒りますが。アンチの人たちはユーモアのセンスが欠けています。そして、なによりも遊び心が欠落しているのです」と語ってくれた。
ちなみに“ゲイカルチャーに特化したゲーム”以外では、1998年に発売され、最初のFPS(一人称視点)ステルスゲームと言われている「『Thief: The Dark Project』が大好き」という同氏。同作をプレイして、「3Dデジタル空間を経験することのパワーが忘れられない」と語る同氏に、日本のゲイコミュニティへのメッセージを最後にお願いした。
「ゲームを作るように、田亀源五郎さん(※)をどうか説得してください。ぜひお願いします。なんとかお願いします。どうかお願いします」。
※田亀源五郎:ゲイが登場する作品を描き続ける著名なマンガ家・小説家。ヒット作『弟の夫』は2018年にNHKがドラマ化した。