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性転換手術の第一人者は「利他の鏡」 結論を出したがる世の中と、徒然なるままを求めた医師【ブックレビュー】
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  • 2019.05.06
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性転換手術の第一人者は「利他の鏡」 結論を出したがる世の中と、徒然なるままを求めた医師【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

「法律を無視してでも性転換手術を」今は亡き医師・和田耕治の献身

性同一性障害という言葉をはじめて聞いたのはいつだろうか。上戸彩が出演した時期のドラマ『3年B組金八先生』(2001年〜2002年放送)だという方は多いのではないだろうか。ちょうどその頃に、性転換(性別適合)手術の第一人者・和田耕治は、ある死亡事故の容疑者としてメディアで全国的に報じられた。その後、2007年に彼は自身の病院内で急死した。和田耕治・深町公美子『ペニスカッター 性同一性障害を救った医師の物語』(方丈社)は、氏のパートナーだった深町公美子が、彼の知られざる功績をまとめあげた一冊だ。

本書の冒頭で「一番無名な有名人」と和田のことを称する著者は、「彼を無名のままにさせてはいけない」という使命感から、十年以上の時間をかけて膨大な資料を整理し、故人の言葉、自身の言葉、そして2人の息子の言葉も合わせて、それぞれの間を行き来する書簡のように本書を形作っている。

和田は、医師でありながらも「病気」というものにあまり興味がなく、病気を「治される側」の視点を特に強く持ち合わせていたという。また、文学を好み「本当は、医学部は文化系である」と口にしていたそうだ。

和田が医師として働き始めた1980年代当時の社会的背景を理解する上で、1960年代後半に起きた「ブルーボーイ事件」の存在は重要だ。十分な診察を行わずに性転換手術を行った産婦人科医が1965年に優生保護法・麻薬取締法違反で逮捕され、1969年に有罪判決を受けた。この事件の影響で、1990年代に入っても性転換手術はタブーだったという。そんな中、和田はリスクを承知で施術にあたっていた。

「法律や社会が許さないといっても、そんなものは無視してよい・たとえ罰せられても医師として覚悟の上だ・国や法律ができる前から医療は存在してるんだ」というのが私の信念です。(P17)

パンクロッカーが如くこのように言ってみるのは簡単だが、実際に言動を一致させるのは相当な勇気がないと不可能だっただろう。しかも患者の命がかかった手術である。その信念はどのように形成されたのだろうか。

結論付けできない「あるがままの性」

東京での勤務を経て、大阪の美容外科で院長をしていた和田の生きる道を決定づけたのは、ニューハーフショーパブだった。

冗談酒場(パブ)と書いてるだけで、何の店だかわかりません。何だかわからないが面白い所なのだろうと中に入ったら、そこは私が初めて見たニューハーフショーパブでした。この店との出会いが、のちに私の運命を大きく変えることになったのです。(P51)

「性」という漢字の偏が示す通り「心」を司る部位を手術することは、紛れもなく「治される側」の心を取り扱う仕事で、和田にとって真の適職だった。当時は性転換手術を手がけるなど思いもよらなかった和田は、一気にその世界に身を捧げていった。あえてここに名前は書かないが、ある芸能人も和田と大阪で出会えたことに対する感謝をインターネット上に綴っている。

天職と出会い、名を上げ、知る人ぞ知る存在となった和田だったが、2002年、手術後に患者の男性が急死するという事故が起きてしまう。それまで営業・宣伝などをせず、口コミで評判を広げていった和田だったが、皮肉にも「業過致死容疑」「形成外科院長を書類送検へ」などといった言葉とともに、メディアで急に彼の名が世の中に報じられることとなった。

事故の翌日すぐに解剖が行われ、また当初から耕治のクリニックは積極的に調査に協力し、隠された情報など何もないのに、警察側の死因鑑定書が出来上がったのは事故から三年も経った二〇〇五年一月だった。警察は何とかして彼を業務上過失致死に問う結論を得るために動いただけのようである。(P157)

「結論を得るために動いただけ」という著者の言葉が、三年という不安定だった時間の重苦しさをよく表している。警察は事件を片付けるために、結論を急いだ。一方で、性同一性障害当事者の気持ち、そして当事者を見守る和田の心は結論付けではなく、ただあるがままに在り続けることを望んでいた。警察との相克やメディアの報じられ方によって生じるこうした不和の描写は、「STAP細胞事件」の一連の騒動やシリアで拘束された安田純平への批判など、過剰に報じられる対象となる当事者側の心持ちを想起させるものとなっている。

何のためか考えると、自ずと誰かのためになる

警察への不信だけでなく、和田は日本の法制度そのものにも不満を持っていた。ある法律が存在しても、それが効果的に施行されなければ意味がない。和田は、書類送検時に記者からのメール取材に対してこのように返信したという。

すでに戸籍特例法が施行され、性別変更の要件としてSRSを済ませなくてはならないのに国内ではその手術を受ける手続きがたいへん煩雑で実質受けられないのと同じという現状は特例法の成立した意味をも台無しにしている。まったく患者不在の医療でしかないと思います。 (P173)

「患者不在の医療」が存在しているという矛盾を突く視点は、和田が持つ「利他の心」から生まれており、読者はその考え方を他分野に応用することが可能だ。たとえば、2019年10月から幼児教育・保育が無償化となることについて考えてみた時、「無償化」という自由で寛大そうな言葉の響きから、特に子育て世帯にとっては良い制度のように映る可能性が高い。しかし、完全な無償化ではなかったり、他の側面にデメリットが生じたりして、一番重要な「保育の質」にとってはむしろ逆効果なのではないかと疑問が呈されている。誰のため、何のための無償化なのか、「利他」の観点から広く議論されなければならないだろう。

本書の序章でもまた、「医療は誰のものか」という疑問が投げかけられており、性転換手術や医療に限らず、読者を自分が従事する仕事の意義・目的を問い直す気持ちにさせてくれるだろう。晩年、荒波に揉まれ続けた和田と時間を共にしていた著者は、「性転換手術」という言葉についてこのように語っている。

「性転換手術」という言葉から、人はどのようなイメージを持つのでしょうか。
わたしは今はこう思います。
「性同一性障害の患者さんが本来の自分になれる願いを叶えてあげる手術」(P195)

故人についてその親族が執筆する上で、その業績や思い出がいくらか美化されることを避けるのは難しいはずだ。しかし、本書は単なる美談や懐古に成り下がるのではなく、今、2019年のこのタイミングでこの世に出版される意義が、和田への敬意と織り交ぜられて体現されている。


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