ITEM | 2019/03/25

アリババ創業者と思考回路と使命感とは?ジャック・マーの「逆立ち」哲学【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

誠実に「型破り」をするイノベーター、ジャック・マー(馬雲)

2014年に発行されロングセラーとなっている、張燕『ジャック・マー アリババの経営哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)が携書版となって今年1月に発売となった。

企業間電子商取引のオンライン・マーケットを運営するアリババ社を創業したジャック・マーこと馬雲は、ネットショッピング、そしてキャッシュレス決済の第一人者として本書の発刊以来さらに世界的知名度を上げた。電子決済サービス・ALIPAYは日本でも広く普及しており、デパート・飲食店などで「支」の文字をベースにしたALIPAYの青いロゴを見たことがある方は多いはずだ。

本書を読むと、馬雲が読者からかけ離れた、雲の上の存在ではないという親近感を感じさせてくれる。約450ページとややボリュームがあるものの、名言集のような編集となっているため、すっと頭に入ってくる。

「感謝の心を持てば運はやってくる」、「成功するには信念を持つことが必要」、「この世に行き止まりの道はない」、「最初の日の理想を絶対に忘れるな」といった小見出しや太字箇所に導かれる様々な具体例の中から、「起業家よ、軽々しく頭を下げるな。」と題された孫正義との出会いのエピソードをご紹介しよう。

1999年、ゴールドマン・サックスから既に500万ドルの投資を獲得していた馬雲は、投資アナリストから孫正義に会うことをすすめられた。馬雲に会った孫正義はアリババに投資したいと馬雲に伝えたが、馬雲は「お金には困っていないから必要ない」と断った。この行動に驚かされた孫正義は逆に馬雲に惹かれて、後日東京で改めて会い3,000万ドルの投資と株式30%の保有を持ちかけ、結果的に馬雲はこれを承諾した。

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投資家を探すのは金のためだけではなく、アリババがよりよい発展を遂げるためだ。投資家への条件は厳しい。金を必要としてはいても、誰の金でもよいわけではない。自分に選ぶ権利があるのだ。(P94-95)

馬雲が「金の亡者」ではなく、誠実な信念を持った人物であることを感じさせられるエピソードだ。

社員は逆立ちスキル必須。「分かること」は必ずしも重要ではない

多くの起業家がそうであるように、馬雲も小さなオフィスで、少人数の仲間と事業を立ち上げた。上海に程近い浙江省・杭州で1999年に馬雲と17人の仲間と起業したアリババは、インターネット冬の時代(2002-2003年)、社員のSARS感染によるオフィス閉鎖、eBayとの競争などといった危機を乗り越えていった。馬雲は、幼い頃からホテルに泊まっている西洋人相手に英語の練習をするなどしていた経験から、こつこつとした努力を積み重ねる大切さを知っていた。

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目標は目には見えないし、手で触れることもできない。手を伸ばせば届きそうなときもあれば、前途遼遠でいつまでもゴールが見えないときもある。多くの人は、困難に負けるのではなく、希望の見えない努力に負けるのだ。(P147)

本書では、個人の努力の大切さとあわせて、チームビルディングの大切さが繰り返し説かれている。アリババ社員は入社三カ月以内に逆立ちをマスターしなければいけないという驚きのルールがあるそうだが、専門性よりも「逆立ちできる社員」のチームによる化学反応・イノベーションを馬雲は重要視している。

企業間電子商取引にはもちろんIT技術が必要だが、馬雲が最優先してきたのはユーザーに対するサービスだ。サービスの質で技術が担うのは15%程度で、のこりの約85%は問題処理能力と人間関係が左右するという。そのため、馬雲はあることが「分かる人」と「分からない人」が一緒に仕事することに価値を置く。「分かる人」だけの専門集団は必ずしもプラスに作用しないということだ。

近年急増しており筆者も利用しているシェアオフィスのオフィス空間で理想とされている「コワーキング」と、馬雲の思考回路は方向性が同一であることが、こうした本書の描写から知ることができる。

「足るを知る欲」が使命感を進化させる

良いリーダーの条件は「羊の群れをライオンにすることができる」ことだと宣言する馬雲は、下記の3点をチームビルディングにおいて重要視している。

・明確な共通の目標があること
・前向きな雰囲気
・適切なルールを作ること

馬雲が求めるのは「完璧さ」より、上記のような「明確さ」「前向きさ」「適切さ」なのである。

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多くの人が、詳しくて深い専門的な知識がなければ、起業できないと思っている。実は、世界のイノベーションの歴史においては、何か事業で成功した人はみんな知識が十分でないときに目標を定めていて、事業を起こす過程で必要に応じて知識を補充しているのだ。(P267)

増えること、たくさんあること。これは資本主義経済で多くの場合プラスと捉えられる。しかし、馬雲は安易にそう決めつけない。「既に十分持っているのではないだろうか」と常に疑い、また同時に謙虚すぎることにも気を払う姿勢が、「本当に必要なもの」を必要な分だけ調達する結果につながっているのだろう。

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多ければ多いほどよいと目先の利益に飛びついてしまう人は数多い。深すぎる欲は人を惑わせる。何事も適度にとどめておかなければ失敗してしまう。馬雲は「騙す人がずるいのではない。自分の欲が深すぎるだけだ」と考えている。(P399)

「足るを知る者は富む」という老子に通じるところがあるが、本書では馬雲が西遊記、三国志、武侠小説からも影響を受けていることや、ビル・ゲイツなど世界のトップ経営者との交流から得たインスピレーションも描かれており、自分はまだまだだという「距離感」や、外に出て社会の変化を肌で感じることこそに「欲」を出すべきだと語られている。

本書には馬雲の「生の声」を収録したスピーチもいくつか収録されている。2013年、馬雲がCEO退任講演をした際に、「何がアリババをここまで発展させたのか」ということに関して、感慨深くこう聴衆に語りかけている。

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信用が保証された今日の中国では、タオバオ上で毎日2400万件の売買が成立しています。これは、中国で毎日2400万回もの信用がやりとりされている、ということなのです。(P409)

数多くの偉業を成し遂げた馬雲のコアとなっているのは「電子商取引を普及させて、たくさんの信用を生み出したい」という使命感だった。本書は、馬雲にまつわる様々な具体的なエピソードによって、読者自身の心に宿る使命感を結晶化してくれる一冊だ。