LIFE STYLE | 2019/02/15

日本人がまだまだ知らないフレンチテックの世界。JETROの視察ツアーに参加して感じたこと【連載】オランダ発スロージャーナリズム(10)

フランスのスタートアップの旗振り役はこの人?国内では支持率が落ちているが今後どうなるのか?
過去の連載はこちら
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フランスのスタートアップの旗振り役はこの人?国内では支持率が落ちているが今後どうなるのか?

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「一般の人が見ることや創造することができない新しい世界、より良い世界を描き、それを社会の中にインストールしていくという役割は、かつてはアーティストが担っていた。しかし現代のベルリンでは、それをスタートアップが担っている。スタートアップとは世の中のエスタブリッシュメントや、体制側には到底できないことを、テックなどを使って実現し今の世の中をより良くしていく人たちのことだ」

これは筆者が2016年、初めてベルリンを訪れた際にベルリン在住のメディア美学者、武邑光裕先生から聞いた話です。実際、ベルリンのファクトリーではヨーロッパ中、いや世界中から集まった現代のアーティストたちが大企業や体制側ができないことを、いとも容易くやってやろうという、それでいてまったく気負いのない雰囲気の中、躍動していた強烈な記憶があります。

ベルリンのスタートアップは、音楽やファッション関連も多く、完全に現代のアーティストであり、ロックスターであり、シンプルにカッコ良かった、という印象でした。そして冒頭の定義こそが筆者の定義するスタートアップになったのです。

さてこんな視点を持って今回、JETRO主催のスタートアップ視察ツアーに参加させてもらいました。ちなみに実際のツアーはパリとデュッセルドルフの2都市でしたが、筆者が参加したのはパリのみでした。

吉田和充(ヨシダ カズミツ)

ニューロマジック アムステルダム Co-funder&CEO/Creative Director

1997年博報堂入社。キャンペーン/CM制作本数400本。イベント、商品開発、企業の海外進出業務や店舗デザインなど入社以来一貫してクリエイティブ担当。ACCグランプリなど受賞歴多数。2016年退社後、家族の教育環境を考えてオランダへ拠点を移す。日本企業のみならず、オランダ企業のクリエイティブディレクションや、日欧横断プロジェクト、Web制作やサービスデザイン業務など多数担当。保育士資格も有する。海外子育てを綴ったブログ「おとよん」は、子育てパパママのみならず学生にも大人気。
http://otoyon.com/

スタートアップの視察に花の都パリへ

外観からは想像もつかないパリのスタートアップ聖地STATION F

Brexitを目前に控えいまだどうなるのか誰も分からない、混沌とした状態にあってロンドンについては、今は触れないでおくというのがヨーロッパのスタンダート。となるとさまざまなデータから見えてくるのは、Brexit以降のEUのスタートアップの旗手になるのは、どうやらパリなのではないか?という見立て。確かに実際に近年の投資額、Exitの数などは大きいし、伸び率も半端ないぞ、と。つまりデータ的には、ロンドンの卒業後はパリがエースだ、と読み取れるのです。

ということで、ここらでパリのスタートアップは一回見ておきたいと思っていたところ、JETRO主催のツアーがあると紹介されたので、その場ですぐに参加申し込みをしたのが昨年末。その後、このスタートアップツアーは大人気で、あっという間に定員が埋まりキャンセル待ちも出たようで、今回も2都市合わせて80社余りが参加したようです。

ちなみに最近、JETROではイスラエルやインドにおけるスタートアップツアーも開催したらしく、これらはいずれも大人気のツアーのようです。この手のことに興味のある人は、ぜひJETROのツアーをチェックしてください。なんとなんと参加費は無料なのです(航空運賃や宿泊費は自己負担)。

と前置きはこのくらいにして、さっそく次世代のヨーロッパスタートアップ界のエースと目されるパリでの視察に話を戻しましょう。

まず初日。朝8時すぎに集合して向かった先は2017年にオープンした、あのSTATION F。すでにご存知の方も多いでしょう。鉄道の廃駅をリノベーションして、スタートアップ周りの総合インキュベーション施設として見事に生き返らせたのは、世界的な大富豪でもあるザヴィエ・ニール氏。フレンチテック界ではすでに伝説の人となっているようで、このSTATION F、そして後述するEcole 42は、すべてザヴィエ・ニール氏の私財によって設立運営されています。

STAION F 正面入り口を入ったところ。廃駅をリノベーションしただけあって、広々として奥まで見渡せる開放感がすごい。

ということで、フレンチスタートアップ界にも、やはりいました。現代のアーティスト。いや、アーティストを支援する、いわばタニマチ。しかも極太のタニマチじゃないですか。そうです。繰り返しますが、ベルリンで受けた薫陶から「スタートアップは現代のアーティストである」というのが個人的な見立てですから、それに従えばタニマチがいて成り立つというスタートアップ界は、健全なのです。まさに健全なスタートアップエコシステムです。

という初っ端から、興奮するフレンチテック視察。そしてSTATION FでのオープニングはJETROパリ事務所、片岡進所長のフレンチテックの概要というスピーチから。

この片岡所長のスピーチが、素晴らしく的を得ており、短く簡潔にして知りたいポイントは十分。まさに痒い所に手が届きまくるスピーチ。もうこの段階でフレンチテックをかなり理解できたかのような気分になりました。

フレンチテックとはAIのことである

片岡所長のスピーカーによると、フランスのスタートアップの特徴は以下のようなものがあるようです。

まず、スタートアップ界の資金調達額が、ここ最近かなり伸びているということ。2018年は30億ユーロ(約3,700億円)もの資金がスタートアップ界に投資されているようで、これには国外からの資金も多く入っているとのこと。そもそもエコシステム自体が若く、勢いが非常にあるとのこと。そして、マクロン大統領の旗振りを始め、政府の支援が厚いこと。研究開発体制が充実しており特にAIには、ものすごい力を入れているとのこと。フレンチテックとはAIのことであると言っても過言ではないとのこと。グローバル企業のAI開発拠点も多く置かれているとのこと。また人材育成にも非常に力を入れているようで、並みいる超有名グローバル企業のAI部門のトップには、数多くのフランス人が就いていると言うのです。

フランスのAIスタートアップや研究者を支援する機関「France is AI」のMattieu SOMEKH氏(写真左)とJETROパリ事務所所長の片岡進氏(写真右)

アメリカ、中国という2大AIトップ大国に対抗するべく、欧州のAIリーダーとしての役割が求められているのがフレンチテックの立ち位置ということで、もう兎にも角にもフランスはAIなんだな、と。

さらにこのスピーチの後には、フランス政府の方や国のアクセラレーターなどの要職の方のスピーチが続くのですが、個人的にはあまりピンと来ず。というのは、国主導、大企業主導となると、個人的なスタートアップの定義「現代のアーティスト」からどんどん離れてくるからです。「現代のアーティストであるスタートアップ」には、国や政府、大企業などのエスタブリッシュメントなどには決して迎合しない、迎合したふりして騙くらかす、というような図太さやぬけぬけとした感じ、体制を破壊するかのごとくのロックなディスラプションマインドに満ち溢れていて欲しいからです。

ところが、話を聞くにつれフレンチテック、フランスのスタートアップは、非常にエレガントで優雅な、お金のたくさんある貴族の香りがしてきそうだな、という印象になっていきます。

簡単に言うと、「スタートアップ」とか「フレンチテック」とか言ってるけど、要は国家主導で新しい産業としてAIに力を入れているってことだよね、と思ったのです。もちろん、これはこれで良いと思うんですが、スタートアップではないよね?と。

さらには、フランス語が飛び交うフランスのスタートアップは、その場に1人でも外国人がいると自動的に英語に切り替えるアムステルダムとはまったく違うノリ。「フランスのスタートアップは、フランス語を話すと思っている方も多いと思いますが、最近はみんな英語を話しますよ」というスピーチをフランス語で聞いた時には、「フランス語でスピーチしてるやんけ!」ってフランス語で突っ込むにはどう言えば良いのか?と思案しきり。もっとも、これは今回のツアーでは日仏の通訳さんを手配した関係で、あえてスピーカーの人にはフランス語を話してもらったようです。でもでも、会場に書かれている表示やポスターなども全部フランス語だったなあ、とか。

ということで、一気に視察の結論めいたことになってしまうのですが、個人的にはフレンチテックとかフランスのスタートアップは、やっぱりハードル高いなあ、という結論に。もちろんAI関係の人にはオススメですが、一般的な日本人に向いているヨーロッパのスタートアップは、やっぱりベルリンか、アムステルダムじゃないか、と思ったりもしました。なんであれ、データだけを見ていても実態とは印象が違ったりすることはありますよね。まあ、そんな印象を受けました。実際、フランス在住の複数の人からは「フランスでの起業って面倒ですよ」という話を聞いたりもしたので…。

ただ全体的に言えるのは、今回はJETRO主催のツアーということで、スピーカーの皆さんが、政府関係者や、フランスを代表するアクセラレーター、AIの国家戦略の概要を決める組織など、かなりハイポジションな方々が多かったという点があるかと思います。このことが個人的なスタートアップの定義から外れていたため、フランスのスタートアップの印象が、ちょっとお高く現場感のない、アーティストっぽさやロックを感じない印象になったことはあると思います。逆に言うと、こうした方々はJETROのツアーだからこそ話が聞けた人たちだと思いますので、何れにせよ、海外スタートアップに興味のある人はJETROのツアーは要チェックです。今後必ずチェックしてください。

リアルなフレンチテックはやっぱりすごかった?

校内では音楽がガンガン鳴り響く42。これが全て無料というのが驚きだ

と、こんな印象を持ちながら3日目の視察の最後に行ったのが、Ecole42。単に42とも言われる、若者向け(30歳まで)の完全無料のデジタル系の学校。先生なし、カリキュラムなし、生徒同士で教えあいながら、さまざまなカリキュラムをこなしていくそうです。が、音楽が鳴り響くこの学校に入って感じたのが、ベルリンのファクトリーやアムステルダムのスタートアップから感じる「現代のアーティスト感」。ああ、やっぱりスタートアップってこれだよね。やっぱりパリにもあったんだ、という安心感と喜びを感じましたが、これまた視察ツアー初っ端に行ったSTATION Fの創業者ザヴィエ・ニール氏が作ったとか。うう…。この極太のタニマチ感。やっぱりスタートアップは政府主導とかじゃないんですよ。

グラフィティに溢れる校内

学校のレセプションにはコンドームの自販機

通学に使うスケボーと、バイト?のUber eatsの宅配バッグ

ここ、普通の学校に行きたくない若者は、みんな行ったら良いと思います。いや〜、ザヴィエ・ニール氏、ヤバイですね。聞けば、42ではすでにGoogleが無料の講座を開いていたりするようで…。これやられちゃうと、世界中のギーク人材はフランスに集まりますよ。そいで、AI人材とかになってフレンチテックがますます興隆するんだろうな。日本だと、孫正義さんにでもがんばってもらうしかないでしょうねえ。まさに現代の若きアーティストたちの集まりでした。

で、これもまたアメリカにも校舎があって同じことやっていたりするらしいのですが、こういう中に日本が存在感を持って参加しているという話は一度も聞けませんでした。となると、こういうところでもドンドン差が開いていってしまいそうです。そういえば、STATION Fでも中国だけに特化したプログラムがある、とか言ってたな…。

今回の視察で驚いたことの一つは、一般的な日本人がこういう情報を知らなさすぎる、ということでした。もちろん、これは自分も含めてなんですが海外の情報に疎すぎるのではないか? あまりにも孤立していないか? 内向きではないか? と思いました。以前は、日本企業のプレゼンスが世界的でもあったので、黙っていても情報は日本に集まったかもしれませんが、今は日本企業のプレゼンスが地盤沈下しまくっています。なので、積極的に自分から情報を取りに行かないと、情報は日本に集まってきません。日本のスタートアップの実力が劣っているとも思いませんが、それでも、世界との差が開いているように見えるのは、単純に情報力の差だけのようにも思いました。

とにかく皆さんぜひ、積極的に海外の情報を取りに行ってください。海外に出ましょう。ヨーロッパから見ると日本だけが、完全にガラパゴス化して孤立しているかのように見えるからです。世界のスタートアップ都市同士はネットワーク形成も非常に盛んです。

ということで、フランスのスタートアップ界には、若きアーティストが溢れかえっていました。日本の若者もぜひここへ!

繰り返しますがJETROのツアーは要チェックです。無料ですから。


次回の公開は3月15日頃です。