昨年11月、ユーグレナは日本初の国産バイオジェット燃料、バイオディーゼル燃料の製造実証プラントを完成させた。2019年夏にはそこで生産された次世代バイオディーゼル燃料の供給を開始、東京オリンピックが開催される2020年にはバイオジェット燃料での有償飛行を実現させ、普及を推進していく。
バイオ燃料とは、植物などのバイオマスから精製する燃料を指す。石油などの化石燃料に代替できる存在として注目を集めており、ユーグレナは自社生産した微細藻類(ミドリムシ)および廃食油を原料とするバイオ燃料の研究を進めている。
大企業との提携も進み、計画は順調に進捗しているように見えるが、ユーグレナの副社長、永田暁彦氏は「日本がバイオ燃料の後進国から抜け出すにはまだまだ時間がかかりそうだ」と、遅々として進まない現状に警鐘を鳴らす。なぜ日本はバイオ燃料に遅れをとったのか? ユーグレナは、地球温暖化、エネルギー問題にどのようにして立ち向かうとしているのか? 永田氏にCO2をめぐる厳しい現状とバイオ燃料の未来について語ってもらった。
聞き手:神保勇揮 文・構成:成田幸久 写真:立石愛香
永田暁彦(ながた・あきひこ)
株式会社ユーグレナ 副社長株式会社ユーグレナインベストメント 代表取締役社長リアルテックファンド 代表
慶応義塾大学商学部卒。独立系プライベート・エクイティファンドに入社し、プライベート・エクイティ部門とコンサルティング部門に所属。2008年にユーグレナ社の取締役に就任。
ユーグレナ社の未上場期より事業戦略、M&A、資金調達、資本提携、広報・IR、管理部門を管轄。技術を支える戦略、ファイナンス分野に精通。現在は副社長としてユーグレナ社の食品から燃料、研究開発までの全ての事業執行を務めるとともに、日本最大級の技術系VC「リアルテックファンド」の代表を務める。
日本では忘れられているCO2問題は、決して終わったわけではない
AGC株式会社の京浜工場内(横浜市鶴見区)に建設したバイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント。製造能力は日産5バレル、製造量は年産125KL(試験の実施状況および保守の発生状況などにより変動)としている。
―― 日本初のバイオ燃料の製造実証プラントが建設された経緯をお教えください。
永田:バイオジェット燃料自体の研究は2010年からユーグレナ、日立プラントテクノロジー(現・日立製作所)と新日本石油(現・JXエネルギー)の3社で行ってきました。
そして15年には横浜市・千代田化工建設・伊藤忠エネクス・いすゞ自動車・ANAホールディングス、および当社という座組で、バイオジェット・ディーゼル燃料の実用化を目指す「国産バイオ燃料計画」を発表しています。
以下の資料はユーグレナのHPで公開されている「バイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント竣工式および新宣言の発表会」からの引用。
燃料の製造実証プラント建設の計画は14年から準備を始め、翌15年に米国の石油会社シェブロンと技術提携契約を締結しています。私たちは製油の技術は持っていないので、シェブロンの技術をライセンシーで受け取って、16年から建設を始めていたものです。このプラントではバイオジェット燃料と、次世代バイオディーゼル燃料の2種類を供給します。
―― 御社は2012年のマザーズ上場時から「国産バイオジェット燃料の実用化」を目標としてたびたび公言しており、強いこだわりが感じられます。それはなぜなのでしょうか?
永田:私が訴えたいのは「地球温暖化は未だに切実な問題である」ということなんです。にもかかわらず、日本では最近ほとんど話題になっていません。
―― アル・ゴアの『不都合な真実』(ランダムハウス講談社)で地球温暖化が注目されたのは2006年ですが、近年はあまりメディアでも取り上げられません。「あまり騒がれなくなったし、技術革新が進んでうまくいっているのでは?」と思っている人も少なくなさそうです。
永田:私の印象だと、東日本大震災をきっかけに話題にならなくなりましたね。日本のエネルギーは原子力と火力がメインですが、原発事故で一気に反原発の流れができました。実際に震災以降CO2排出量は増加しており、2013年に過去最高の排出量を記録しました。でも、CO2を減らすためには火力発電を減らさなきゃいけない。原子力も火力もダメということは、日本の産業を止めるという話になってしまう。CO2の議論をしようとすると、今日本はどの電力ソースに頼っているかが非常に大きな問題になるわけです。
それが、日本ではCO2の話題がなくなっている理由だと思います。CO2の増加が与える気候変動リスクは、世界中で多くの緊急レポートが出ているぐらい、年々高まっています。
―― CO2を削減するにあたって、特に航空業界に着目しているのはなぜですか?
永田:CO2の全体としての削減目標は2015年のパリ協定で定められていますが、今まで航空業界は規制の対象になってこなかったんです。そこでICAO(国際民間航空機関)がCO2を削減すると宣言していて、2021年以降にCO2排出量を超過した航空会社は排出枠の購入が義務付けられるところまで来ている状況です。
そのうえで、燃費の良い新機体の導入や運航方式の改善だけでは削減目標を達成できないであろうことがわかっており、大きくCO2を削減できるバイオジェット燃料の導入が必須であると考えられています。
上記資料の「バイオ燃料」の導入目標量には、バイオジェット燃料だけでなくバイオディーゼル燃料も含まれる。
でも、世界ではすでにバイオジェット燃料を混合した飛行機が当たり前に飛んでいるんです。下記の資料にもある通り、これまでに15万回以上フライトしていて、日本以外の先進国はほとんど有償フライトでお客さんを乗せて飛んでいます。でも日本はデモフライトもほとんどやっていないうえ、そもそも国産のバイオ燃料が実用化されていません。
そこで立ち上がり、ずっと旗を振ってきたのが当社だったということです。
この資料のみ、先述の「バイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント竣工式および新宣言の発表会」のP9のデータを更新したスライドの提供を受け、掲載している。
「国産バイオジェット燃料」導入までの険しい道のり
―― このプラントで製造されたバイオ燃料は、協業先であるいすゞ自動車やANAホールディングスがまずは導入するという流れになるのでしょうか?
永田:いすゞはバスに使ってくれていますし、マツダともひろ自連(ひろしま自動車産学官連携推進会議)として2018年に提携して乗用車への導入を目指していきます。でも、飛行機での利用はまだ確定していない点がいくつかあります。
―― えっ!?「国産バイオ燃料計画」にはANAホールディングスが参加していますし、ユーグレナに対して出資もしています。それでもまだ未確定なんですか?
永田:おっしゃる通り、もちろんANAが使ってくれることを前提に一緒に議論をしていますが、様々な環境要因で解決しなければならないことが残っているということです。
というのも、飛行機へのバイオ燃料の導入は自動車と比べて調整しなければならない事柄がとても多く調整に時間がかかってしまうんです。まずは国際規格のASTMの取得が必要です。航空業界は最初に導入する国内空港として羽田空港を希望しているのですが、燃料搬入のための新たなルールが必要だったり、バイオ燃料の品質をチェックする設備の導入や、共同貯油施設を管理する石油会社とも交渉をまとめなければならなかったりします。航空会社のどこか1社と提携できれば導入可能、というわけではないんです。逆に、すでにルールや設備が整備されている海外でANAに供給するという話であればもっと話は簡単です。
―― 国としては経産省管轄の「2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けたバイオジェット燃料の導入までの道筋検討委員会」が2015年から18年まで開催され、永田さんもオブザーバーとして参加しています。公表されている各種資料を読む限り、示されているのはあくまで「活動方針」でしかないとはいえ、国も関与している以上、実現可能性はかなり高いのではないかと思っていました。
永田:バイオジェット燃料の実用化に向けた取り組みを進めている日本企業は当社以外に何社もありますし、今年1月には昭和シェル石油がJAL、ANA向けにサンフランシスコ空港にてアメリカ企業から仕入れたバイオジェット燃料の供給を始めるというニュースもありました。
つまり問題は技術的にできる・できないの話ではなく、制度や環境整備の段階に来ています。なので世論の後押しというか“気運”を掴まなきゃいけない。私たちが国産のバイオ燃料を作っても、「日本での導入に時間がかかりそうなので、先に海外で海外の航空会社に供給します」っていうのも本末転倒じゃないですか。海外ではすでに有償フライトが当たり前のように行われているわけですし。
―― 解決しなければならない課題は多々あるでしょうが、そのうちもっとも大きなものは何でしょうか?
永田:政府、石油業界、航空業界のどこかがリスクをとって進める必要があると思います。欧州では政府、航空会社、石油会社のどこかがリスクを取ってリードしてやっているから取り組みが前進してます。航空会社は、石油と比べて少々高くても自社の社会的責任としてバイオジェット燃料を買い、それを使って実証して世の中に示していく。政府は自国のCO2排出量を減らすための助成や支援をする、あるいは炭素税を投入してそういう流れになるように力を入れている。
ただ、私はまだ完全に日本がそういうムードになっているとは感じられません。現状、国産のバイオジェット燃料の価格は石油と比べてかなり割高な状態なのですが、これが石油と同等、またはより安くなってからでないと難しいだろうと思っています。でも、ヴィジョンを持つアントレプレナーとして社会を動かしたい。だから私たちがリスクを取って進めていき、日本国内の雰囲気を創っていきたいと考えています。
―― 東日本大震災後の太陽光発電推進政策は、国が20年確実に儲かる電力買取価格を保証してくれたこともあり、猫も杓子も群がるフィーバー状態の時期がありました。
永田:そうですね。あれは政府がFIT(固定価格買取制度)という先行投資リスクをとり、太陽光発電に儲かる仕組みを作ったので参加する企業もいっぱいありましたし、国民には一部賦課金の負担などありましたが、多くの人の利害が一致していた時期だと思うんです。そして再エネの比率が上がりました。しかしバイオ燃料に関してはまだ、みんなの利害が一致していないんです。
―― そうした中では誰かが初期投資のリスクをとらなきゃいけない。
永田:それもそうですし、「本当にできるの?先行事例があるの?」っていう空気もあって最初は当社みたいなベンチャーが動かなくてはならない。加えて、飛行機のチケット代にあと1,000円上乗せしてでも環境配慮型の飛行機に乗る気運を日本で育てられるかどうか。欧州はそういう意識が高いですよね。
なかなか理解されない「製造コストへの懸念」
―― 永田さんも先ほどおっしゃっていましたが、バイオジェット燃料関連の議論を眺めていると「価格面で石油に対抗するのは難しいのではないか」という懸念がもっとも多くみられます。いずれ石油と遜色ないレベルまで下げられる見込みはあるんでしょうか?
永田:バイオ燃料の製造コストはリッターあたり100円以下にできるとわかっているんですよ。今のコストは原料が70円で、精製コストが9,930円。合計で1万円ぐらいという感じで、石油由来のジェット燃料の約100倍です。でも製油所自体はすでに世界中にあって、導入が進めば規模の経済で精製コストが20円以下まで安くなるとわかっているんです。確信があるから設備投資ができていますし、他社や自治体も協力してくれているんです。
ですがおっしゃる通り、価格面での懸念を指摘する方が多いのは事実であり、自分たちの説明がまだまだうまくいっていないのだと痛感します。…ただ正直、メディアの方でも応援されないどころか「何かミスがないか、失敗しないか」という期待を感じることがあります。これってなぜなんでしょうか?
―― うーん…。御社の問題というよりは、アベノミクス以降、「上場ゴール」と揶揄されるような、盛大に夢を語って上場したにもかかわらず新製品の開発に失敗もしくは大幅に遅れたり、利益目標未達どころか赤字続きだったりする企業が少なくないこともあり、ベンチャー全体に対する信用が落ちている風潮は感じますね。
永田:私たちがこれまで社会の期待に100%応えきれてこなかったことも事実ですので、そこは真摯に受け止めて結果で雰囲気を変えていきたいと思っています。そしてそれができると信じています。だって「できるかどうか確証が無いけど60億円投資する」ということなんてありえないです。
―― 今回の実証プラントの御社の投資額は年間総「利益」ではなく総「売上」の半分である約58億円であり、まさに社運を賭けているという覚悟は感じられます。
永田:製造コストについて言えば、たとえばペットボトルのドリンクの中身の原価が50円だとします。これを人がペットボトルに詰めると人件費がかかるので販売価格が1本1,000円になる。でもそれを機械にやらせると、初期投資はかかるにせよ1,000円から60円にコストカットできると言われれば、そんなに違和感はないと思うんです。これはあくまで極端な例えではありますが、石油と戦えるレベルのコスト削減は必ず実現できます。
バイオ燃料を使ってないことが恥ずかしい時代にしたい
―― 今後の事業展開において、他にどんな課題がありますか?
永田:石油価格の動向です。石油価格が今の価格から1/5に下がると、バイオ燃料が「石油と比べて少々高い」では済まないですからね。石油価格がいくらになるかは本当にわからない。この10年間で30ドルから120ドルぐらいまで変化していて、たとえば中央値の75ドルならバイオ燃料でも十二分に戦えます。でも30ドルなら負けるという感じです。
ただ、国内の原料で製造し、国内で販売すれば「●年間固定価格で石油価格と為替リスクをヘッジ」みたいなことが約束できたりもするんです。そういうところも価値だと思ってくれている航空会社も実際にあります。
―― ユーグレナのバイオ燃料はミドリムシと廃食油を使っていますが、今後、生産しやすくコストがより安い原料が出てきた場合、この割合は変わってきますか?
永田:そうですね。今、世界のバイオ燃料の主力は廃食油と農業廃棄物です。米国は牛脂なども使っています。シェアでいうと90%ぐらいは廃食油や農業廃棄物で、藻類(ミドリムシ)を積極的に使っているところはないですね。ただ、廃食油は供給量の限界があり、このまま需要が増えれば価格が上がっていくことはわかっているので、各社ともに新しいものを求めていますね。そういう意味で独自の藻類研究を続けていることが必ず意味を持つと信じています。
―― 永田さんはユーグレナも出資する「リアルテックファンド」の代表として、ベンチャー企業の支援も行っていますが、特にテックベンチャーゆえの難しさはありますか?
永田:テクノロジーにどれだけ大きな夢があって、技術が素晴らしくても実現できないことがよくあるんです。たとえばチャレナジーという風力発電の会社があります。もう10kW発電に成功して発電中なんですが、どれだけ発電してもその電気をお客さんに渡せないんです。「あんな形状の風力発電は見たことがない」からって。同じ電気だけど規格認定されないので電線につなげられない。そういう問題が多いんですよね。
研究自体が進むかどうかと、社会が変わってそれを受け入れるかどうかということは別軸に存在しているんです。だから社会の空気を変える必要がある。特に新しいことをやっている人たちを扱うメディアにはすごく意味があると思っています。たとえば、大手メディアが一斉に「CO2が増えすぎてヤバい!」と書いて世論が動けば、法律が変わる可能性もあるじゃないですか。
―― 最後に、今後の展望をお聞かせください。
永田:ファクトを見せるしかないと思っています。いすゞ、マツダ、ANAに続いて、参加企業を増やそうと思っています。バイオ燃料を使ってないことが恥ずかしいというところまでもっていきたいですね。
19年夏にバス、トラック、船にバイオディーゼル燃料の供給がスタートして、バイオジェット燃料は2020年に供給します。当社に黒字が出るのは2024年を見込んでいますが、実証ではなく商業ベースのプラントもやるとしたら2020年末までに投資プランは決めたいと考えています。
―― 2020年というのは、東京オリンピック・パラリンピックも視野に入れた計画ですか。
永田:もちろんそうです。他の会社にも参加してもらわないと扉は開かないですね。
国産のバイオ燃料を製造することは、エネルギーセキュリティの観点からもすごく意味があると思っています。今のところ2025年には商業プラントを稼働、黒字化できそうだというところも見えていますし、そのために必要な設備資金も300億円ほどだとわかっています。あとはやるだけです。今は「どうしたらもっと世の中からの応援を得られるか」を考えているところですね。