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教育×テクノロジー「EdTech(エドテック)」は 日本はもちろん、途上国、世界の救世主となるのか?
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  • 2019.01.25
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教育×テクノロジー「EdTech(エドテック)」は 日本はもちろん、途上国、世界の救世主となるのか?

Photo by Shutterstock

「5年以内に最上の教育がWebからもたらされるようになる」とはビル・ゲイツの言葉だ。これは、テクノロジーの力で教育にイノベーションを起こすムーブメント「EdTech」を指すが、これを実現するために奮闘する事例がある。

昨年11月、ソフトバンクに勤務するネパール人青年、シャラド・ライ氏は、故郷にライブ映像を用いた学校を作る準備資金として、国内最大級のクラウドファンディングサイト「Readyfor」で1,041万3,000円を獲得することに成功した。

アジアの途上国のひとつであるネパールでは、8割が公立校に進学。その多くが満足に教育を受けられず、高校にさえ進学することができない。やがて多くの若者が海外に出稼ぎし、中東などで危険な重労働の職に就く。結果、ネパールからの出稼ぎ者が日に4人も死体で帰国するという、現代の奴隷制度と言われる過酷な現実があるのだ。

そんな現状をテクノロジーの力で変えるために、昨年秋、「ネパール×教育Tech!アジアで驚きの教育革命と教育×テクノロジーの可能性を学ぶ会」というイベントが開催された。登壇したのは、その活動に奮闘する前出・ライ氏と「EdTech」の国内第一人者である佐藤昌宏氏。「EdTech」は、日本の教育にまつわる問題をはじめ、アジアの途上国、そして世界の救世主となり得るのか?

取材・文・構成:庄司真美 取材協力:Study Night Fever

佐藤昌宏

デジタルハリウッド大学大学院 教授

1992年NTT入社。1999年無料ISPライブドアの立上げに参画。2002年デジタルハリウッド株式会社経営企画執行役員に就任。日本初の株式会社立大学院の設置メンバーの1人として学校設立を経験。2004年E-ラーニングシステム開発事業を行う株式会社グローナビを立上げ、代表取締役に就任。2009年同大学院事務局長や産学官連携センター長を経て、現在はエドテック分野のフロントランナーとして学生指導を行う。また、内閣官房 教育再生実行会議技術革新WG委員、経産省 未来の教室とEdTech研究会座長代理など教育改革に関する国の委員や数多くの起業家のアドバイザーなどを務める。著書に『EdTechが変える教育の未来』(インプレス)がある。

シャラド・ライ

NPO法人 You Me Nepal代表

1987年ネパール生まれ。7歳のとき特待生に選ばれて進学し、その後日本の大学に留学。東京大学大学院卒業後はソフトバンクに入社。2016年モテワンスピーチコンテスト優勝。大学卒業後は国に恩返しをしようと、ネパールの教育改革のために立ち上がり、手作りで故郷に学校「YouMe Shool」を創設。それを皮切りに、現在、3校目となる学校を故郷ネパールに創るためにクラウドファンディングに挑戦し、支援目標金額の1000万円を達成(10月31日現在)。

テクノロジーで教育にイノベーションを起こす「EdTech」

EdTechにおける国内第一人者で、デジタルハリウッド大学大学院 教授の佐藤昌宏氏

テクノロジーの発展がめざましい現在にあって、日本の教育は100年以上前にできた仕組みから大きく変わっていない。金融分野におけるフィンテック、農業分野におけるアグリテック、医療分野におけるヘルステックなどと同様、教育分野にもテクノロジーを活用したイノベーションが必要とされている。いよいよ教育にもテクノロジーのメスが入り、変革の時期に突入していると語る佐藤氏。このテクノロジーを活用した教育イノベーション「EdTech」を推進するために、現在、次の3つのアプローチで活動中だという。

1.トップダウン
「教育は国の仕組みや制度そのものだから、政策提言をしたり、仕組みを変えたりする立場にいないと声が届きません。そこで、安倍内閣における教育改革・提言を行う私的諮問機関、教育再生実行会議、経産省の未来の教室とEdTech研究会、それから総務省の教育クラウドを推進する委員会など教育改革に関する国の委員をいくつかやらせていただいています」

2.ボトムアップ
「デジハリ大学院の先生として授業を担当しています。学生と一緒に教育変革に繋がるアプリやソフトウエアを考えたり作ったりしています。また、東京都千代田区麹町中学校の学校運営協議会委員長として、公立学校の運営にも携わっており、現場から教育イノベーションを推進しています。」

3. イノベーター支援
「2012年あたりを皮切りに、国内でもEdTech系のスタートアップが数多く出てきましたが、彼らの思いを伝える場を創出するほか、教育イノベーターであるスタートアップと共に海外に出て、日本の教育イノベーションを発信したり、先進的な事例を持ち帰る活動をしています。これまでのべ2,000人以上の教育イノベーターのメンタリングをしてきました」

「EdTech」が教育にもたらすものは?

「EdTech」とひと口に言っても、対象によって教育のアプローチが異なるので、年齢、子どもの発達特性、目的、能力など幅広く、“個別最適化”することが重要だと語る佐藤氏。

「授業形式で学ぶ方が向いている人、ヘッドフォンを装着して1人で勉強する方が学びやすい人などそれぞれです。日本の教育現場では、これまで1人1人の特性に合った学び方がなかなかできませんでしたが、「EdTech」がそれを可能にします。先進国と新興国では導入に大きな開きはありますが、今後の発展は先進国に限らないでしょう。金融システムが整っていなかった中国がテクノロジーによって、キャッシュレス化が進み、これに関しては日本を一気に超えた事例もあるからです」

また、エドテックがもっとも効力を発揮するのは、「モチベーションがセットアップされた学習者」だと佐藤氏は語る。その理由は、日本のような一斉授業では多種多様な特性や知識習得レベルの違いに対応できず、どうしても「中間層」に向けて授業をやらざるを得ない。もっと先に進みたい、もっと幅広く学びたいなどの知的好奇心や欲求に応えるにはインターネットなどのテクノロジーが欠かせないからだと説明する。また、それ以前に教育における課題を見つけ、行動を起こすシャラド氏のような“教育イノベーター”が日本には必要だと指摘する佐藤氏。

「現代の奴隷制度」と揶揄されるネパール人出稼ぎ者のリアル

ソフトバンクに勤務するNPO法人 You Me Nepal代表のシャラド・ライ氏

一方、祖国ネパールの教育改革に取り組む教育イノベーターのライ氏は、これまでの経緯と現在ネパールが抱える問題について説明する。

ライ氏が生まれたのは、ネパールの首都カトマンズから車で8時間ほどのエベレスト付近にある山村。ご本人曰く、「虎に襲われることもあるほどの田舎」だという。満足に教育を受けられない子どもが圧倒的な社会で、ライ氏は幸運にも小学生の頃、国費で特待生に選ばれ、やがて日本の大学に留学を果たした。

ネパールの首都カトマンズから車で8時間ほどのエベレスト付近の山村が、ライ氏の故郷

「ネパールでは、1日約1.500人が中東やマレーシアなどの国外に出稼ぎに行きます。しかも、その多くは平均月収1.5万円程度で死と隣り合わせの危険な仕事に就き、1日12時間、365日労働。そのうち毎日4人が死体で帰国するという、“現代の奴隷制度”と言われる現実があります。その根本的な原因は、教育を受けるチャンスがなくて、選択肢がないから。僕は幸運にも10歳の時に奨学制度で学校に入学できたことで、日本の大学にも留学することができ、人生が変わりました。今度は、そんな祖国に恩返しする番です」(ライ氏)

その堅い意思を実行したのは、2012年のこと。1校目の学校をたった30万円の費用でネパールに設立。それは手作りの学校で、1人の教師と8人の生徒から始まった。現在は新校舎が完成し、教師14人、生徒180人に拡大した。さらに2017年に2校目が完成。生徒は全校あわせて300人に拡大したが、ネパール全体への普及に必要な数を考えると、5万校は必要だという現実に愕然としたというライ氏。

「ネパールは一部のお金持ちを除き、8割が公立校に進学します。そのほとんどが高校へは進まず、出稼ぎに出ます。だから公立校をなんとかしなければならないのですが、現在のスピードでネパール全体の学校をカバーするとなると、なんと12万年かかる計算なのです(笑)。首都に優秀な教師が集中し、田舎で働く人員を確保するのが難しい実情もあります。そこで、持続可能な仕組みを考えたときに、遠隔ライブ映像のあるオンラインスクールが必要だと考えました」

その実証実験のために、ライ氏が生まれた山村の隣町にあるリムチュンブン市やネパールでもっとも優秀と言われるIT系の大学と提携。すでに市長の尽力により、現地には4Gタワーが建設済みだという。これを学校に実装し、オンラインスクールを構築する資金が、冒頭のクラウドファンディングで調達されたものだ。

山村と首都をオンラインスクールでつなぐ

イベント後半では、佐藤氏とシャラド氏により、クラウドファンディングで得た資金で今後、ネパールでどのようなオンラインスクールの構想を描いていくのか、話し合われた。

ライ:中央の先生の授業をWi-Fiで64インチのテレビで配信し、先生からは3校の映像が見えるライブ配信をしたいと思っています。子どもたちがその時々で質問があればできるようにして、勉強するモチベーションを上げたいし、いかに楽しく勉強できるかという部分にもこだわりたいですね。それがプランAで、プランBとしては、優秀な先生に半年間タームで現地入りしてもらい、リアルで教える取り組みも考えています。

ライ氏が創設したネパールのYoumeスクールの子どもたち

実は、ネパールでは、中学校卒業試験でいくつかの科目に合格しないと高校に行けません。リムチュンブン市では300人中たった4人しか合格できませんでした。それを40人に増やすのが目下の目標です。

佐藤:現状の設備状況だと、おそらく3校同時、数百人規模でのインタラクティブなコミュニケーションは難しいでしょうね。個々にデバイスが必要になるし、教育の目的に対して効果的かどうか見極めなければならないと思います。基本的に、オンラインスクールによって国のどんな課題を解決できると考えていますか?

ライ:ネパールはインドや中国という大国に挟まれていることもあり、今後まだまだ発展する伸びしろがあります。ゴールは、国民3,000万人全員が自分の意思で自分の道を作れるようにすることです。その窓口となるのが、学校。教育を受けることでそれぞれが自立して、ひいては病院や橋、水力発電といった国の骨格を作れるような人材を輩出できると思っています。

佐藤:日本では、確かに職業選択の自由はありますが、果たして自立できているかと言うと、疑問が残ります。ライさんが作った学校では日本の学校教育のいろんな要素を取り入れているということですが、日本の教育のなれの果てが今の状況ですから、あまりマネをしない方がいいと思うよ(笑)。

ライ:ネパールではそもそも学校教育の基礎ができていないから、まずは日本などから倣ってそれを作るのが最優先なんです。

佐藤:事例はまだまだ少ないですが、基礎学力の習得に関してはテクノロジーの方が効率的と言われていますね。

ライ:僕が作った学校は英語が基準なので、教師の3分の1は大都市から派遣するしかありません。ただ、通常の3倍の給料を払わないと地方に来てくれないんですよ。学校が描くビジョンに共感してくれる先生が来てくれるかどうかは、大きな課題のひとつです。2校目はITを中心とした教育を目指していて、まだ仮校舎で、予算の課題があります。校舎を作り、ちゃんと先生を呼べるレベルになるのはまだまだですね。

Youmeスクールで働く現地の先生たちと日本人ボランティア

佐藤:オンラインスクールであれば、コストは劇的に下げられると思います。たとえば、日本のオンライン英会話の例では、時間あたりの単価が対面の20分の1程度になりますし、発話の量は劇的に増えます。教育効果は確実にあると思うし、カトマンズにいる優秀な先生をテクノロジーで配信できますよね。

ライ:オンラインスクールのおもしろい事例は何かありますか?

佐藤:オンラインだとどうしても授業の臨場感が足りないので、生徒の興味を引きつけ、モチベーションを高めるのは、やっぱり先生の力です。ある学校では、吉本の高学歴の芸人が講師を務めるオンライン授業が人気です。オンラインで全国に授業を配信した後は、現地の先生にバトンタッチします。そこでテーマに対して10分くらいリアルに教室内で議論を交わしてから、再びセンターの先生に戻すスタイルです。よく考えられていますよ。また、海外ではこういった新しい事例などを共有し合うカンファレンスが開催されています。アメリカではラップを使ったボトム層向けの教育コンテンツを開発するなど、日本の常識では考えられないぶっ飛んだものが多いんですよ(笑)。

ライ:それは興味深いですね(笑)。

日本の教育の優れた点、改善すべき点

ライ:日本の教育のいいところ、悪いところはどのあたりだと考えていますか?

佐藤:「EdTech」を導入するには日本の教育は障壁だらけで、第一に必要なのはインフラです。日本の学校のWi-Fi普及率はたった30%程度で、何をやるにも、まずは環境を整えるところからですね。それから、法整備の問題。セキュリティポリシーや条例では個人情報のあるものはオンラインにつないではいけないという決まりがあるんです。次のフェイズとしては、民間を取り込んで社会と連動すること。そうすることで、学校のオープン化ができます。学校で学ぶことは社会と密接であるべきだと思いますよ。そこで学んだことをクラウド上でシームレスにつながるし、学校、塾、家のどこででも学べるようになります。指導要領が整っている日本では、教材はほぼ同じだから、そういうこともできるんです。スタディログを残せば、子どもの学力などが可視化されるから、先生からも正しい指導が受けられるわけです。

ネパールの課題も、同じようにインフラですね。ネパールの学校にも日本のような図書室を作ったということですが、このインフラが整えば、どこででもどんなコンテンツでも手に入る仕組みができるので、図書館は必要なくなるかもしれません。

ライ:おっしゃるとおり、課題はインフラです。ただ、ゼロベースからのスタートなので、それが整えば解決できるかというと、また別の新たな問題が浮上するのです。今回は市が先生を管理しているので、どれだけの先生が協力してくれるかがカギとなっています。試行錯誤して仕組みを作る中で、図書館などの新しいことを取り入れると、子どもの夢が膨らむと考えています。今後は、保護者会を作って親たちを巻き込むことも大きな課題のひとつですね。

僕が日本の学校に教育実習で行った時にいいなと思ったのは、先生が子どもに一方的に教えるだけでなく、ちゃんと子どもたちを育成していること。ネパールでは先生が子どもに一方的に教えるスタンスなので、これには驚きました。日本の学校では登下校中の安全指導についても、学校が責任を持つところも。それと掃除当番があって子どもたちがみんなで自分たちの学校の掃除をしている姿にも驚きました。それから、日本の学校では「約束を守ること」が当たり前のように指導されていることに感動しました。

佐藤:実は、日本の情操教育は世界に誇れるほどすばらしいノウハウがあります。ただ、教科教育を通して情操教育を教える必要はあるでしょうか?教科教育は徹底的に個別最適化し、情操教育はクラスルームでと。つまり、すべて一緒くたなのです。100年以上前にできた教育システムで、果たして現在の学びにそのスタイルがベストだと思います?(笑)。

そういう意味ではネパールは羨ましいですよ。日本で教育が始まった当時は、学校に行って先生に教えを請わないと学ぶことができなかった時代です。やがて日本は高度成長期を迎え、成長できちゃったので、その教育が正しいとされてきました。教育はこうあるべきだという既成概念ができ上がってしまったのです。ここから抜けられないままもがいているのが現状です。

ネパールはそうした背景もしがらみもないので、デジタルテクノロジーをベースにゼロから自由に作れるというところはありますよね。だから、日本の教育をそのまま真似をするのはやっぱりやめた方がいいと思うのです(笑)。

ライ:貴重なアドバイスをありがとうございます。佐藤先生にもネパールの教育プロジェクトにぜひ関わっていただきたいくらいです(笑)。


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