ITEM | 2018/11/05

人気音楽レーベル・カクバリズム 創始から約15年経って振り返る「茨の道」【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

「好きなことで生きていく」のはかっこいいか?

YOUR SONG IS GOOD、cero、SAKEROCK、キセル、二階堂和美、在日ファンクなど名だたるミュージシャンが所属するインディペンデント音楽レーベル・カクバリズム。『衣・食・住・音 音楽仕事を続けて生きるには』(リトルモア)には、インタビュアー・木村俊介によって引き出された社長・角張渉の心の声が、約400ページに渡っておさめられている。

「好きなことで生きていく」というYouTubeの標語をはじめ、「仕事は嫌々やるものではない」「好きなことを仕事にすべきだ」という考え方は以前と比べると一般的になったように思える。世間からそうした働き方を実現できている人物と見られている角張は、元銀杏BOYZの安孫子真哉と共同で運営していたSTIFFEEN RECORDSと平行して、新たにカクバリズムを創始した2002年頃のことを「当時のバランス感覚」と表してこう振り返っている。

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もちろん、人間は食って生きていなかければなりません。それに、レーベルは続いたらいいなとも思っていました。もし本気で続けるつもりなら、どこかの段階で仕事にしなければいけないだろうともわかっていた。それでも、すぐに稼ぐことばかりを意識するのは、「違う」と思っていたんです。(P51)

稼ぐ、言い換えるならば、仕事に対する対価をもらうこと。フリーランス(自営業)のギャラ交渉方法や起きがちなトラブルについて解説した記事を筆者は何度か目にしたことがあるが、レーベル運営においても商品の対価や労働に対する報酬が原則として発生するのは同じはずだ。

しかし、角張がここで話題にしているのは投資についてである。「すぐに稼ぐことばかりを意識する」のを性急だと直感で考えていた角張は、ライブハウスに足を運んだりミュージシャンたちと直接交流したりして、「仕事の形」を延々と模索していた。外に向かっての投資だけではなく、サラリーマンが良いスーツ、ネクタイ、靴、スキンケアなどで身だしなみを整えるように、自己に対する投資に時間をかけていたのだ。立ち上げ初期の生活費はディスクユニオン下北沢店でアルバイトすることで食いつなぎ(その経験もレーベル運営で大いに役立ったそうだ)、当時唯一の所属バンドであり、角張の憧れの存在としてレーベル立ち上げのきっかけでもあったYOUR SONG IS GOODのマネジメントに全精力を傾けていった。

角張は、仕事の過程にある「ダサいことをしたくない」と本書の最初から最後まで連呼しているが、いまだに避けきれていないとも述べている。100%の力を出しきらず、なあなあで終わらせてしまった仕事、ブランドイメージの低下につながりかねないものの、付き合いや金銭的な事情で受けてしまった仕事など、多くのビジネスパーソンが具体的な経験を頭に思い浮かべるであろう「ダサいこと」は、他人からすれば些細ですぐに忘れるようなことであるかもしれないが、一方で周囲から「あそこはカッコいいことしかやっていない」と想起される(ブランディングができている)会社や人がいる。

現在のカクバリズムはおそらく多くのリスナーから「カッコいい」「クールだ」と思われているレーベルであるが、それを実現しているのは小手先のノウハウ・方法論ではなく、彼のそうしたある種の頑固さであることがよくわかる。

順調であること、安定していることの怖さ

敷かれたレールではなく、自分で道を切り開いていくこと。聞こえはいいが、進むも進まないも全ては自分の責任ということでもある。角張はレーベル創始後、ミュージシャンたちのマネージャーとして所属バンドメンバー以上に日々奔走したという。それは決して誰かの真似事ではいけなかったが、メインストリームに対するアンチの精神から角張は自ずと独自の道をつくりだしていった。

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小さいシーンで勉強になったことや、小さいシーンでやっていく上で参考になることならいくらでもありました。いまから思えば、当時は大きいシーンのことを一切参考にしていなかったから良かったのかなとも思います。(P115)

これから新たにレコードレーベル、フリーランス、ベンチャー企業などを始める上で「何をすればいいか」という具体的なノウハウを模索する人にとって、本書は(いい意味で)あまり参考にならない。というのも、真に「やりたいこと」を追求してどんどん回路をつなぐように道が切り開かれた場合、その有機的な道筋は再現不可能だからだ。参考になるとすれば「どんな道が選ばれたのか」ではなく、むしろ「何を避けていたのか」だろう。

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「よい音楽、よいライブ」を生み出していれば順調に音楽で食べられているわけでもない。そもそも音楽で食べられることをみんながみんな望んでいる時代でもないだろうし、食べられないからどうこうってわけでもないんですよね。(P192)

良い結果というのは、必ず良いネクストステップにつながるとは限らない。成功者の軌跡をたどる時、その人物が何を成し遂げたかに目が行きがちだ。しかし、本書で角張がレーベル運営において重要だと読者に伝えているのは「リリース前後以外のタイミングで何をやっているか」だ。

メジャーレーベルに所属すると毎月給料が支払われるため、その期間は心理的に安定しやすい。だが角張は「順調であること」を疑う。「何をすればいいか」という不安に晒されるが、その模索が比類なき強さに変わる時がやってくる。それが角張や所属ミュージシャンたちをしっかりと結びつけており、つまり彼らが避けてきたのは「順調さ」「安定性」に甘んずるということになるだろう。

「っぽさ」を大切にするカクバリズムの音楽

メジャーと契約して「作らなければいけない」ことがフラストレーションにならないか。インディーズの先行きが見えないスタイルがストレスにならないか。ともかくそこは感じ方だというが、これを角張は、YOUR SONG IS GOODのメジャー在籍期とその後を例に挙げて「音楽で飯を食うことの後半戦」と表現する。ある程度作品が評価されて、そこからどうするのかという身の振り方である。

難しさ、面倒くささは忌避されがちだ。それゆえに、それを追求した作品は自ずと価値が出てくるのではないか。そう直感した角張は、簡単さ・手軽さを避けてきた。言葉にするのは簡単だが、実行するとなると数々の不安・苦しみを通り抜けねばならなかっただろう。

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仕事って、スタッフがやりやすいことをやるとしたら、知恵って出てこないような気がします。でも、面倒臭いことをやると、価値って出てくるような。無駄じゃない? ってくらいの徒労感が想定外の反応を呼ぶなって。(P267)

SNSが普及した後、「シェアする」ということが社会の様々な領域で一般的になった。「いいね!」を押す、シェアやリツイートをすることは手軽だ。人気があるものの写真を投稿することで、その流れに便乗できる。そして、いつしか「自分の選択したものに人気がない」ということが避けられるようになってしまった。角張はそこを問題点として指摘している。

話しても他の人にわかってもらえない。そんなもどかしさを抜けて急に風穴があいたように思いが通じる瞬間がやってくる。孤独に音楽や映画などに没頭したことがある人ならば、一度はそんな経験があるだろう。

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共有するってことに自然と重きを置きすぎている気もするし、なんだか音楽の機能をはき違えている気もしなくはありません。数字がどうであれ、胸を張って楽しんでもらいたいし、そうさせる努力もしないとなと常々思いますね。(P375)

「衣・食・住・音」というタイトルが示すように、「カクバリズムっぽさ」というリズムをバイオリズムの中に作り出してくれる音楽のこと、そしてそれを何より愛してやまないからこその葛藤が本書には綴られている。