LIFE STYLE | 2018/07/12

アーグラにそびえるタージ・マハル【連載】世界の都市をパチリ (14)

過去の連載はこちら

宮崎大輔
1988年長野県生まれ。信州大学大学院農学研究科で修士号を取得後、2013年からJ...

SHARE

  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • line

過去の連載はこちら

宮崎大輔

undefined

1988年長野県生まれ。信州大学大学院農学研究科で修士号を取得後、2013年からJICAの青年海外協力隊に参加。中米パナマ共和国で農業指導を2年間行う。2015年からフリーランスになり日本、東南アジア、南米、アフリカの案件に農業コンサルタントとして従事。またノマド生活をしながら、世界中でスナップ写真やポートレート写真を撮影中。ブログ  

デリーから電車でアーグラへ

インドのニューデリーに到着した翌日に、インド旅行に誘ってくれた友人と合流しました。私は日本と海外を行ったり来たりするノマド生活を送っているので、「あいつなら誘ったら来てくれそうだ」と思われるようになり、海外旅行へ誘ってもらえることも多くなりました。

今回の旅の目的は、インドの奇祭「ホーリー(春の訪れを祝い、誰彼かまわず色粉を塗りあったり色水を掛け合ったりするお祭り)」の様子を、ヒンドゥー教のシヴァ神が生まれた寺院で撮影すること。とはいってもせっかくインドまで来たので、アーグラにあるタージ・マハルへ寄り道することにしました。ニューデリーからアーグラまでは電車で移動します。

インドの変化を実感

7年前にインドを旅行したときには、ニューデリー駅にある外国人専用の予約窓口でないと切符が買えませんでした。しかし、今ではインターネットで予約もできますし、クレジットカードで支払いもできてしまいます。

アーグラ駅に到着するとタクシー運転手やホテルの客引きに取り囲まれて大騒ぎに......と7年前ならなるはずが、誰も近寄ってきません。タクシー運転手と値段の交渉をしようとしても、相手からあまりやる気が感じられません。前はもっと客引きがしつこかったはずなのに、快適な反面どうしてしまったんだろうと少しさびしくなりました。たった7年ですが、インドの変化を実感した出来事でした。

朝日を浴びるタージ・マハル

アーグラの街に着くと、すでにお祭りムード。年に一度のヒンドゥー教のお祭り「ホーリー」の期間が始まっていて、夜には大規模なイベントが開催されました。せっかくなので、屋台でインド料理を食べたり、移動遊園地を見て回りました。

タージ・マハルは日の出と同時に開門するので、人混みを避けるために翌日は日の出前から行動し始めました。しかし門まで行ってみると、すでにそこには長い行列が。どうやら観光客はみんな考えることが同じなようで、逆に早朝は混んでいました。

時間はかかりましたが、なんとか中に入ることができたので、ついにタージ・マハルとご対面です。朝日のやさしい光が朝もやを通過し、タージ・マハルを照らします。

意外とインド人の観光客が多い

タージ・マハルの中では、いろんな国の人を見ました。しかし、予想以上に多かったのは、地元インドの方々です。外国人と比べてインド人の入場料が非常に安いことも影響しているかもしれませんが、たくさんの人が来ていました。家族連れで来ている人もいましたし、団体客もいました。

よく考えてみたら、日本の有名な寺院も外国人旅行者だけでなく、日本人観光客も多いので普通なことかもしれません。ただ、海外の観光地に行くと地元民は全然いなくて外国人旅行者だけの場合も多いので、タージ・マハルにインド人が多いのは意外でした。

夕陽を浴びるタージ・マハル

夕方にはタージ・マハルの裏側へ行ってみることにしました。裏側には川が流れていて、その対岸に見晴らしが良い場所があります。夕陽が沈む時間帯にそこまでオートリキシャーで行ってみると、ここもたくさんの観光客でにぎわっていましたが、こちら側にはインド人の姿は少なく欧米人が多かったです。この日は夕焼けがあまり赤く見られなかったのですが、それでも裏側から見るタージ・マハルもなかなか綺麗でした。

印象に残っているのは、この河原で女性たちがヤギの放牧をしていたことです。おそらく近所に住んでいる人たちで、日が沈む前にヤギを家まで追い立てているところでした。幼い子どもや、老人の姿もありました。彼女たちはヤギを追い立てながら、タージ・マハルを眺める外国人旅行者を見つめています。どのような気持ちなのか知りたくなりました。


過去の連載はこちら