CULTURE | 2020/08/05

世界で最もリッチな18歳が「売れてるのにみじめだった」と語る理由に迫る【チャールズ・コンウェイ『BILLIE EILISH ~ビリー・アイリッシュのすべて』】


印南敦史
作家、書評家
1962年東京生まれ。 広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、 音楽雑誌の編集長を経て...

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印南敦史

作家、書評家

1962年東京生まれ。 広告代理店勤務時代に音楽ライターとなり、 音楽雑誌の編集長を経て独立。一般誌を中心に活動したのち、2012年8月より書評を書き始める。現在は「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「ニューズウィーク日本版」「マイナビニュース」「サライ.JP」「ニュースクランチ」など複数のメディアに、月間40本以上の書評を寄稿。 著書は新刊『読書に学んだライフハック』(サンガ)。他にも『書評の仕事』(ワニブックスplus新書)、『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)、『プロ書評家が教える 伝わる文章を書く技術』(KADOKAWA)、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』 (星海社新書)など著書多数。

「いまどきの女の子が日本語で語りかけている」と感じられる翻訳の妙

音楽の聴き方が、時の経過とともにどんどん偏っていくのを感じます。音楽シーンの変化によるものなのか、はたまた年齢の問題なのか、理由ははっきりわからないのですけれど。

自分の音楽への入口は、小学校高学年の頃に知ったブラック・ミュージックでした。とはいえジャンルで分けることが最初から好きではなかったので(いろいろな音楽に興味があったので)、当時から今まで、あえて無節操に聴いてきたのです。

選択基準があるとすれば、感性に響くか否か。つまりは響けば、ファンクもパンクもクラシックも自分のなかでは同一だということです。

ただ、いろいろ聴き続けてくると、だんだん新鮮味を感じる機会が減っていくのも事実なんですよね。別にマニアぶりたいわけではないのですが、なにを聴いても、「ああ、これはきっとこういう感じなんだろうな」と、大方の予想がつくようになってしまうわけです。

そうなると、ものすごくつまらないんだぞ。

ですから必然的に、「少しでも感性を刺激してくれるものを」と選んでいったのですが、その結果、最近では日常的に聴いている音楽の比率が「クラシック6:ヒップホップ2:その他2」というような、非常に偏った感じになってしまったのでした。

しかし、そんな中にあっても、純粋に「これは新しい」と感じることができたのがビリー・アイリッシュの音楽でした。

端的にいえば、誰っぽくもなく、既存のどの音楽っぽくもなく、「この人にしか表現できないんだろうな」というようなオリジナリティを感じたからです。少なくとも僕にとってそれは、他のポップ・ミュージックとは違う“なにか”を感じさせてくれるものでした。

かつて白人ラッパーのエミネムが出てきた時、彼の作品が一部のクラシック・ファンをも魅了したという話をどこかで読んだ記憶があります。クラシック好きがエミネムを聴くなんておかしな話のようにも思えますが、今偏った聴き方をしている僕には、その感覚がなんとなく理解できます。

つまり、その頃のエミネムは強烈な“個”を感じさせたということ。そして、同じことを今、僕はビリー・アイリッシュに感じるのです。

とはいえ、今回ご紹介するチャールズ・コンウェイ『BILLIE EILISH ~ビリー・アイリッシュのすべて』(大和書房)という本(の表紙)を最初に目にした時には、さほど興味を惹かれたわけではありませんでした。

ぱらぱらめくってみたら写真が中心だったし、どちらかといえばファン向けの、あまり内容の伴わないものではないかという印象が強かったからです。

そのため期待感もなかったのですが、気がつけばぐいぐい引き込まれていて、ほんの数時間で読み終えてしまったのでした。まぁ、それほど文字量が多くはないためでもあるのですけれど。

惹きつけられた理由はいくつかあるのですが、まずは「構成」です。

いつも自信がなかった。 うまく話せなかったし、 ほかの子と同じようにできなかった。(P7)
14歳のビリー・アイリッシュって聞いたら、 キラキラしてる私を想像するでしょ? でも実際には、 14歳の私はほんとうにみじめだった。(P12)
私がどんなふうに育ったか、 みんな勘違いしてる。 フツーに銃声とか しょっちゅう聞こえてきたし。(P19)

扉をめくったら、グラビアページにはビリーの写真とともに、こういったことばが添えられているわけです。すると、とりあえず興味を惹かれるじゃないですか。

そこで読んでみた結果、描かれている彼女のバイオグラフィーが予想以上にしっかりとしていたことに驚かされました。「彼女がどのように育ち、なにを考え、いかにしてアーティスト“ビリー・アイリッシュ”が生まれたのか」が、シンプルな文章の中で明確に表現されていたからです。

必然的に、“ビリー・アイリッシュとはどういう人か”がわかるようになっている。つまりは文章もしっかりしているわけで、そこが2つ目の理由。

もうひとつ。これも構成や文章と関連することではあるのですが、翻訳が非常にしっかりしているのです。翻訳ものにありがちな難解さは皆無で(上記の引用からもわかるように)、いまどきの若い女の子の言語感覚が自然な形で反映されている。

だから結果的に、まるでビリー・アイリッシュが日本語で語りかけているようなリアリティが生み出されているのです。

そのため、読み終えたころには、自分が彼女の歩んできた道のりを把握できるようになっていることに気づくことになります。すると、また彼女の音楽を聴きたくなってきて、無意識のうちにストリーミングサービスにアクセスし、『When We All Fall Asleeo, Where Do We Go?』を再生してしまう。

本書はそんな、不思議な循環をもたらしてくれたのでした。

ところで2017年8月にデビュー作のEP『Don’t Smile at Me』がリリースされた際のエピソードには、「笑顔が嫌いなんだ。写真を撮るときも絶対笑わない」という彼女の発言が大きな文字でレイアウトされており、以下に次の発言が続きます。

「みんな笑いかけられたら笑い返さなきゃいけないって思うみたいだけど、それって、自分の意思とは関係なく『笑わされてる』ってことじゃない? そんなことを考えながら、このタイトルをつけた」とビリーは語る。(P120〜122)

純粋さがにじみ出た彼女の発言は、それぞれが説得力を感じさせるのですが、なかでも特に印象に残ったもののひとつがこれでした。

たしかに、「若い子にありがちな“厨二病”っぽい感覚だよねー」と片づけられてしまいそうではあります。しかしここには、現実を直視する彼女ならではの視点がはっきり反映されていると感じるからです。

そしてこれは、人の目を意識しすぎる日本人にとっては、なおさら耳の痛いことばではないでしょうか?

新型コロナウイルスの影響で多くの人がピリピリし、“○○警察”というような一方的な立場から他人を無闇に否定する人が多いご時世でもあるからこそ、なおさらそう感じます。

こじつけっぽいとツッコミを入れられればそれまでではありますが、我々はビリーの言う「自分の意思」を、もっと大切にしなければいけないと感じるのです。