インターネットやデジタルの急激な進歩により、数年前まではなかったライフスタイルが当たり前になっている昨今。ITの恩恵の上で仕事を続けるなかで、これまでにはない疲れを感じている人も多いだろう。
そんな時代を見据え、アメリカ・サンフランシスコで10年前に始動したのが、「デジタル時代の叡智ある生き方」を提案するカンファレンス「Wisdom2.0」だ。
当初からGoogleやeBayなどのグローバルなテック企業の創始者も賛同し、全米をはじめ、世界中でカンファレンスが行われてきた。
そしてついに、2020年3月21日・22日に日本初上陸となる「Wisdom2.0 Japan」が開催される。当日は元Googleのトップエンジニアで、マインドフルネスの火付け役として知られるチャディ・メン・タン氏が登壇するほか、なんとFINDERS編集長・米田智彦もゲストスピーカーとして参加。
開催を目前に、「Wisdom2.0」創始者のソレン・ゴードハマー氏を直撃した。近年ようやく働き方が見直され始めた、ストレスフル社会・日本で、同カンファレンスが開催される意義とは?
聞き手:米田智彦 取材・文・構成:庄司真美 写真:神保勇揮
ソレン・ゴードハマー
Wisdom2.0創設者
平和と環境のために世界を歩くピースウォークで各国を巡った後、ダライラマ法王を支援するNPOのディレクターを務めるなど、社会活動家として活躍。2009年に「Wisdom2.0」を立ち上げ、世界的なムーブメントにする。
人の心とテクノロジーの結びつきを目指した「Wisdom2.0」
米田:5年前に僕は『デジタルデトックスのすすめ “つながり疲れ”を感じたら読む本』(PHP研究所)という本を書いたのですが、米シリコンバレーのGoogleなどの企業がマインドフルネスを取り入れていることを知り、やはり情報化社会の中でストレス低減の必要性を世界中の人が感じているんだなと実感したことがきっかけでした。
その時、「Wisdom2.0」ももちろん注目していました。なかなかアジアに来てくれないなと思っていましたが、ついに来年3月に日本に上陸するということで、個人的にも嬉しく思っています。2009年に「Wisdom2.0」が始まったきっかけ、問題意識、モチベーションについて教えてください。
「Wisdom2.0」創設者のソレン・ゴードハマー氏。
ソレン:きっかけは、僕自身が愛していた 2つのものにありました。ひとつは「テクノロジー」。テクノロジーは人々をつなげ、あらゆる情報にアクセスできるし、オープンコミュニケーションを広げるすばらしいツールです。そしてもうひとつは、マインドフルネスや瞑想といった「Wisdom」(叡智)。ところが、この2つはまったく別のものでした。そこで、それを統合して内なるテクノロジーに注目していきたいと思って、まずは本を書いたのが始まりです。
米田:どんな内容の本なのですか?
ソレン:それまでの人生で学んできたことですが、「マインドフルネス」と「テクノロジー」のバランスをいかにとるかがテーマでした。ただ、10年前に書いた当時は、それがすぐに世の中で生かせるかわかりませんでした。
eBayやGoogleのファウンダーたちがこぞって賛同
米田:「Wisdom2.0」のカンファレンス立ち上げの時、どんな奇跡や反響があると予想していましたか?
ソレン:最初に考えたのは、テックコミュニティの人たちに来てほしいということでした。そこで、eBayやGoogleの設立者にも声をかけました。さらにあらゆるテクノロジーのファウンダー、そして全米を代表するスピリチュアリティの先生方にも声をかけました。
しばらくは火が着くまでに時間がかかりましたが、eBayのファウンダーがカンファレンスに登壇してくれたのを機に、高尚で意義深い会議だと認識されるようになり、あらゆる人が登壇したり、投資してくれたりするようになりました。
私の立ち位置としては、テクノロジーに対し、「良い」「悪い」のジャッヂをするのではなく、かといってテクノロジーをサポートするわけでもなく、人間の意識にフォーカスしてサポートするスタンスです。その結果、テクノロジーを使って意義のある人生を見つけて行く。そしてテクノロジーの依存性に注意しながら、テクノロジーを人間の変容のために使うことを意図しました。
テクノロジーの恩恵には、たとえばiPhoneやMacがあって、それらを使って1万人の友達を作ることはできますが、かといって、世の中に蔓延しているさみしさや孤独は解決されていません。人間の思いやり、他者の幸せを願う内なるプロセスを養うことが重要です。テクノロジーだけでは足りないということを伝えていきたいと思っています。
米サンフランシスコのマリオットホテルで開催された「Wisdom2.0」の様子。
日本に逆輸入されたマインドフルネスの行方は?
米田:僕は、21世紀はテクノロジーの発展と同時に、「哲学」と「精神性」を両立させる時代だと思っています。もとは禅思想であるマインドフルネスをジョン・カバット・ジン博士が研究し、逆輸入するかたちで日本ではブームになっていることについて、どのように感じますか?
ソレン:日本はそもそも豊かな叡智の土壌の下に文化があります。その一方で、日本人はそうした文化があることを忘れてしまっているのではないでしょうか。「Wisdom2.0」を日本で開催することは、新たに送り込むというよりも、もともと日本人が持つ叡智を思い出してもらうイメージです。日本のビジネスパーソンをはじめ、多くの人に、Googleなどで実際にビジネスに統合された叡智の事例を示すことができると考えています。
米田:日本企業でマインドフルネスを取り入れる時、どんな科学的効果があって、売上にどれだけ貢献するのかということをまずは求めがちです。でも、そうではなく、いかに自分の内面を見つめられるかというスタンスが大事だと思っています。
ソレン:その通りですね。もともとアメリカのテック企業では、社内で燃え尽きる社員が多かったため、その対策としてマインドフルネスが取り入れられるようになった経緯があります。私が思う本来の目的は、おっしゃるとおり、まずは自分の内面を見つめること。さらに自己理解や意識を高めて研ぎ澄ませることで、よりよい人間になるというシンプルな目的があります。
米田:「Wisdom2.0」が日本で行われる意義についてはどのように考えていますか?
ソレン:日本の文化は深遠なものがあります。そこに受け入れられる「Wisdom2.0 Japan」を日本の参加者のみなさんとともに作ることによって、もしかしたら一番生活に役立つ「Wisdom」(叡智)が確立できるのではないかと期待しています。
もちろん、私たちが伝えたいこともたくさんあるのですが、双方向で学ぶことで本当に役立つサポートや導きなどが見出せるいい機会だと思っています。
米田:日本ではマインドフルネスがブームだとお伝えしましたが、一過性のブームで終わらせないことが重要だと思います。そのために必要なことはありますか?
ソレン:ひと言でいうと目覚めることですね。それは、単に趣味でお茶を飲んでほっこりするとか、マインドフルネスに楽しむといったこととは少し違って、もっと深くて重要な変容をもたらすものです。
まずは個人レベルで深い気づきを得ること。その上で、世の中に貢献するという内と外の両側から変容が起きることが重要です。個人が変わり、そこで自分自身に深い根が差し、さらにコミュニティへの貢献で深い根にしていく。すると一時的なものに止まらず、さらに発展して行くのではないでしょうか。
米田:日本社会では、多くの人々がストレスを抱えて、心を病んでいる人も少なくありません。「ウェルビーイング」という言葉が日本で叫ばれているのもそのせいだと思います。そうした中で「Wisdom2.0 Japan」がどのように人々を導くのでしょうか?
ソレン:今こそ、方向性やストーリーを変える時なのではないかと思います。日本社会には、もっと働いてもっと努力したら結果が出るという風潮があると思います。そうではなく、的確な仕事、的確な努力をするストーリーや方向性に変えるべきなのです。
たとえば、ストレスがたまったまま、怒りを感じたままメールを送ってしまうことで、より混乱を生んで人を嫌な気持ちにさせて、結果的に仕事量が増えることもあります。そこで、たった1分間でもいいから、少し立ち止まってメディテーションしてからコミュニケーションをとれば、結果はだいぶ変わってきて、よりよいコミュニケーションがとれるはずです。「もっとがんばらなければ」というところから、一旦立ち止まることへのシフトが、適正で正しい努力をする視点に変わっていくのではないかと思います。
カリフォルニアのテック企業のリーダーの過半数以上は瞑想実践者
米田:僕自身、編集者という仕事柄、仕事に追われて大変な時期も多々ありましたが、40歳を越えてから生活の質が本当に重要だということを実感するようになりましたね。
ソレン:創造的なアイデアは、私たちが立ち止まって深く熟考したときに生まれるのです。Googleのサーチエンジンのアルゴリズムは、共同創業者のラリー・ペイジが寝ている時に夢として思い浮かんだといいます。人はそのような余白を作ることで、創造的になれるんだと思います。
米田:忙しさに押し潰されてはいけないということですね。
ソレン:働くことと立ち止まることとのバランスは常に考えないと、イノベーションやクリエイティビティは生まれないと思います。
米田:僕もマインドフルネスには、「ストレス低減」や「クリエイティビティ促進」の2面があると思います。特にイノベーションが生まれにくいと言われている日本では、マインドフルネスは有効なツールになると感じています。
ソレン:努力すること、リラックスすることをどちらも否定するのではなく、欧米思想と東洋思想のバランスが必要なように、双方のバランスが重要です。両方あってこそ、違う部分のインテリジェンスが芽生えるのではないかと思います。
実はアメリカでも日本と同じ状況があります。カリフォルニアの成功者たちは、「ゴーゴーゴー!(やらなきゃ!やらなきゃ!)」と駆り立ててがむしゃらにがんばる風潮がありますが、結果が出せているわけではありません。一方で、睡眠障害やストレスの問題が起きているのは日本と同じで、カリフォルニアのテック企業のリーダーは、すでに過半数の人が瞑想実践者として知られています。
米田:日本では若いうちにスタートアップで起業して、M&AやIPOで大金を得て成功するために、寝る間も惜しんで死ぬほど働いて心身のバランスを崩すことも珍しくありません。
ソレン:自分をきちんとケアできていると、周囲のコミュニティもケアできるし、引いては社会に対してもケアできることにつながります。決して自分の体をボロボロにしなくてもそれが達成できるということを伝えたいですね。そういうビジョンや可能性があるということを「Wisdom2.0 Japan」で示し、日本でも広めていきたいと思っています。
身近な日本文化には、デジタルと付き合う叡智のヒントがある
米田:「Wisdom2.0 Japan」で一番伝えたいメッセージは何ですか?
ソレン:難しい質問ですね(笑)。ここは、「wisdom2.0 Japan」の荻野さんからぜひ。
荻野:わかりました(笑)。「Wisdom2.0」のカンファレンスが始動して、サンフランシスコではまだ10年、日本では今回初めてですが、マインドフルネスは日本でブームになって、すでに飽きられつつあり、「そんなのただの自己啓発でしょ?」などと思っている人もいるでしょう。実践してはみたけれど、「自分はもうノーサンキュー」という雰囲気すらあると思います。
でも、マインドフルネスの本質は、自分自身への気づきやクリエイティビティにつながるだけでなく、我々人類のOS、引いては社会全体のOSに関わることだと考えています。今後、人間性や社会性をより豊かにするためにも、一時的なブームで終わらせたくありません。
気づけば日本には、日本庭園や武術など、マインドフルネスのリソースはすでに身近にあります。私たち日本人はそこに目を向けるだけで、気づきを得やすいので、そうしたことを的確に伝えられたらと思います。
合同会社wisdom2.0 Japan 共同創設者 荻野淳也氏。
ソレン:まずはマインドフルネスを内や外に限定せずに、みなさんの中に浸透すればいいなと思っています。仕事だけでなく、子育てやクリエイティブな活動、プロフェッショナルのためのマインドフルネスなど、いろんなかたちで活用するイメージです。
ビジネスパーソンも、親も子も、特定の人に偏らないマインドフルネスが理想です。それが実は日本社会にはすでにあるものなので、それを思い起こすかたちで機能できるといいなと考えています。
米田:ありがとうございます。最後の質問ですが、ソレンさん自身、マインドフルネスに触れて、ハッピーですか?(笑)
ソレン:モアハッピーです(笑)。私たちの心はツールとしてはすばらしいのですが、支配者になるにはまだまだふさわしくない存在です。というのも、今の心だけで人生をコントロールされて心が乱れていると、目の前にある花の香りや食べ物、人とのつながりといったことが感じられなくなってしまうからです。
だからこそ、一旦心を鎮めてパートナーや子どもとしっかり向き合ったり、おいしく食事を楽しんだりすることが大切なのです。
マインドを整えた関わり方をすれば、より満ち足りた人生になるでしょう。そういう意味では私自身、マインドフルネスのおかげで混乱せず、整った心のあり方で過ごせているのではないかと思います。
Wisdom2.0 Japan
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日時:2020年3月21日(土)・22日(日)