CULTURE | 2019/07/09

「メディア型ホテル」とは何か。滋賀でアーケード商店街の町家7軒をリノベした「商店街HOTEL 講 大津百町」

「商店街HOTEL 講 大津百町」の全7軒の町家のうち、呉服屋だった建物をリノベーションした「近江屋」。1階はレセプショ...

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「商店街HOTEL 講 大津百町」の全7軒の町家のうち、呉服屋だった建物をリノベーションした「近江屋」。1階はレセプション、宿泊者専用ラウンジ、日本料理店(朝食のみ)、2階には3室の客室を備える

取材・文:6PAC

都築郁子

商店街HOTEL 講 大津百町 コンシェルジュ

オーストラリアとニュージーランドに1年半留学後、株式会社自遊人に入社。商店街HOTEL 講 大津百町でコンシェルジュとお散歩ツアーを担当。

琵琶湖以外にもたくさんある。大津の魅力を発信するホテル

一棟貸切のスイートルームである「萬屋(よろずや)」(最大5名まで利用可能)。最も静かな雰囲気の長等(ながら)商店街に立地し、商店はまばらなものの川魚の惣菜店などもあり「琵琶湖の町」を感じられる場所となっている

「萬屋」のベッドルーム

2020年の東京オリンピックを前に、日本国内の主要都市では、外国人観光客を狙ったホテルの建設ラッシュが続いている。不動産サービス大手のCBREが作成したレポート「2021年のホテルマーケット展望- 増加する需要と供給の中で勝ち残るホテル」によると、国内主要9都市における2019~21年までに開業予定のホテルで増える客室数は、京都が既存の51%増と断トツのトップ。以下、32%増の大阪、24%増の東京と続く。

日本で一番ホテルが増え続けている京都からJRで2駅9分、新大阪からJRで35分、最寄り駅となる滋賀県の大津駅から徒歩7分というロケーションに“メディア型ホテル”を標榜する「商店街HOTEL 講 大津百町」がある。旧東海道と並行するアーケード商店街にあった築100年以上の町家7軒をリノベーションし(客室は全13室)、2018年8月に誕生した同ホテルのコンシェルジュ、都築郁子氏に詳しい話を伺った。

コンシェルジュの都築郁子氏

都築氏が所属している株式会社自遊人は、「商店街HOTEL 講 大津百町」以外にも新潟県南魚沼市の「里山十帖」、長野県松本市の「松本屋 小柳(現在改装中)」、箱根強羅地区の「箱根本箱」といった宿泊施設を運営している。「商店街HOTEL 講 大津百町」が生まれたのは、滋賀と京都を中心に木造注文住宅を設計・施工する「木の家専門店 谷口工務店」の社長から「大津に支店を開きたいと思っていたが、街は活気が失われ、事務所用の空き物件探しにも難儀した。大津や滋賀県をもっと盛り上げたいのだが、何か方法はないだろうか?」と相談が舞い込んだのがきっかけだそうだ。

自遊人が運営するホテル一覧

空き家活用と商店街活性化を同時に実現する「ハブ」を目指す

公式サイトの「ジャーナル」のページでは、ホテル周辺のおすすめ観光スポットや飲食店などを紹介している

都築氏は、「大津の街を歩いてみると、江戸時代後期から続く町家が多く残っていました。またシャッター商店街になりつつあるナカマチ商店街にも、川魚専門店や老舗の漬物屋など実は面白いお店が多数あり、魅力的な街であることがわかりました。大津の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、弊社から空き家活用と商店街活性化を同時に実現できる“商店街ホテル”というコンセプトを提案。建設資金は谷口工務店が負担し(朝食レストランの建設は弊社)、運営リスクは弊社が負担という、両社がリスクをシェアするプロジェクトが始動しました」と、誕生の経緯を詳しく語ってくれた。

一番疑問だった“メディア型ホテル”とはなんぞやという問いに対して、「“街に泊まって、食べて、飲んで、買って”をコンセプトにしています。雑誌を読むかわりに街を歩く、テレビを見るかわりにお店の人と話してみる……。雑誌やテレビ、インターネットでは得ることができない”リアルな体験”をテーマにしたホテルです」という答えが返ってきた。

町家をリノベーションした「商店街HOTEL 講 大津百町」は、近江屋、茶屋、鍵屋、丸屋、萬屋、鈴屋、糀屋の全7棟。各棟には和家具ではなく、フィン・ユール、ハンス・ウェグナー、ナナ・ディッツエルといったデザイナーによるデンマーク家具が置かれている。そんな同ホテルを利用する客は、「京都にお仕事や観光でいらっしゃる方。またホテルを起点に滋賀の観光地を巡りたいというお客様もいらっしゃいます。また当ホテルの取り組みに興味を持っていただいた全国の方が、わざわざホテルを目指してお越しくださることも多いです」とのことだ。

客層については、「性別、年齢層は様々ですが、感度の高いお客様がほとんどです。“商店街”というテーマに興味を示す方も多く、持続可能な社会はどうやったら築けるのか考えていらっしゃるデザイナーや、企業のマーケティング担当者などクリエイティブな職業の方が過半数を占めています。また年齢・性別的な特徴としては、40~50代の女性グループで一棟貸切タイプをご利用いただくことも増えています。商店街で購入した食材などを持ち込んで客室のキッチンで調理するなど、一棟貸切タイプならではの滞在を楽しんでいただいています。また、ホテルの家具はほぼすべてデンマーク製のため、北欧家具やインテリアに興味のあるお客様も多いです」という。

事前に想定していた客層と、実際の客層での乖離はなかったか訊いてみると、「特に大きな乖離はありません。京都は何度も仕事や旅行で行ったことがあって旅慣れていらっしゃり、近年の京都市内の混雑ぶりにお疲れ気味のお客様に、“大津って面白いね!”、“1泊だけじゃ回りきれなかったから、今度はぜひ連泊したい”とおっしゃっていただいております」との答え。

宿泊客の行動パターンについては、「ホテル周辺の商店街のお店や琵琶湖、三井寺、比叡山などを観光するパターン。もう少し遠出して車や電車で、近江八幡のラ・コリーナやびわ湖テラス、彦根城、長浜へ観光に行かれるパターン。そして京阪電車が京都市営地下鉄に直通していて京都の東側にもアクセスが便利なので、南禅寺や平安神宮などに出かけられるパターンなどがございます」と語ってくれた。

商店街に売上を還元する「ステイ・ファンディング」という試み

ステイ・ファンディングのコンセプト

一般的な旅だと観光の目的地と宿泊地が一致するケースが一番多いと思う。大津が京都や大阪へのアクセスがいい場所ということは理解できるのだが、なぜあえて観光地から少し離れた場所でホテルをオープンしたのかについて訊ねてみた。

「京都や大阪の観光の拠点に当ホテルをご利用いただくことは、もちろん嬉しいのですが、一番の目的は大津の魅力的なコンテンツを体験していただくことです。ホテルではあえてご夕食を提供していません。街の飲食店やお店をご利用いただくことで街がもっと元気になってほしいと願っているからです。大津は東海道で最も大きな宿場町でした。今もその文化や風土が息づいています。その大津の隠れた魅力を体験していただき、全国で同じ悩みを抱える地方都市や商店街の将来を考えていただきたいと思っています。そのために、毎日16時から、コンシェルジュがご案内する“商店街ツアー”を無料で開催しています。また、大津の飲食店やお土産屋、さらに滋賀県内の名店を集めた“おいしい滋賀”というガイドブックを自遊人編集部が制作し、宿泊のお客様に無料で配布しています。ガイドブックを片手に街を探索していただければ幸いです」と、都築氏はその理由を語る。

稼働率の目標は60%以上に設定しているそうだが、まだその目標は達成できていない。しかし、オープン当初よりもじわじわとだが上ってきているそうで、リピーターも増えてきた。一度宿泊した客からは、「京都に宿泊するより大津の方が面白い」、「京都の町家宿泊施設よりクオリティが高く、一度泊まるとリーズナブルであることがわかる」といった声があるという。

「商店街HOTEL 講 大津百町」は、宿泊客1名につき1泊当たり150円を大津市商店街連盟に寄付するステイ・ファンディング(Stay Funding)という試みに挑んでいる。商店街に泊まり、食事をし、近隣エリアを観光してもらい、宿泊客が商店街を中心に地域にお金を落としていく経済圏を想定しているのであろう。その関係もあってか、前述のように宿泊プランは素泊まりもしくは朝食付きのみとなっている。

それでも、地元の食文化を発信するという目的もあり、今年1月から月に2回ペースかつ店舗再建(2018年の台風で建物が全壊してしまった)までの期間限定で料亭「湖里庵(こりあん)」のポップアップレストランをホテル内にオープンした。毎回満席となる湖里庵での夕食は、鮒寿司をはじめとする琵琶湖の湖魚を使ったコース仕立ての料理となっている。

湖里庵で提供する料理のイメージ。ちなみに店の名付け親は作家の遠藤周作

ステイ・ファンディングは、たとえホテルが赤字になったとしても続けるとしており、この仕組みを軌道に乗せるためには、どれほどの年間宿泊客数が必要になるのか訊ねてみると、「6000人程度ですが、まだその目標に至っていません。現状では運営リスクを負う当社が大きな赤字を抱えている状態です。お客様にとっても、商店街にとっても、運営者にとっても、オーナーにとっても、Win-Winの関係性を築けるよう努力しています。日本中の皆様からのご支持をいただければ幸いです」と、現状について正直に明かしてくれた。

経営もまたクリエイティブの一つ。行政マネーに依存しない事業を目指す

冒頭でも述べたが、運営会社の株式会社自遊人は、「商店街HOTEL 講 大津百町」、「里山十帖」、「松本屋(現在改装中)」、「箱根本箱」と4つの宿泊施設を運営している。その他にも雑誌『自遊人』を軸としたメディア事業、雑誌連動型の食品販売事業、観光・宿泊施設・農産物のブランディングに特化したコンサルティング及びプロデュース事業なども展開している。

これらの事業全体でどう収益化しているのかが、外部からは非常に見えづらい。この点について率直に訊いてみると、「非常に難しい質問です。一つだけ言えることは当社には“マネタイズ”という考え方がないことです。当社の手がけるすべての事業において優先されるのは“社会性”です。社会を変えて行く可能性がある事業なのかどうか、それがすべてに優先されます。事業性についてはその後のアイデアによって構築していく、といえば良いでしょうか。社会への必要性や有用性を“伝える”ことができれば、最終的に売上はついてくる、という考え方です。決して簡単なことではなく、様々なことが絡み合い、黒字化することは難しいのですが、絶えずそこに挑戦しています。「商店街HOTEL 講 大津百町」に関しても同じで、現在いかに黒字化するか、つまりどのように“伝えていくのか”を悩みながら進めています。当社の事業資金は、すべて銀行借り入れといっても過言ではありません。いわゆる補助事業や公共団体からの委託事業ではありませんので経営難易度は高いのですが、“経営もまたクリエイティブ”の一つであるというのが当社の社員が共通して持つ理念でもあります」と説明してくれた。

「商店街HOTEL 講 大津百町」の存在意義はある程度理解した上で、最終的な目標について伺ってみた。

「具体的な数値目標はありませんが、一番の目標は、若い世代で“大津の商店街にお店を持ちたい”、“大津の商店街で何か商売をやってみよう”と思う人が増えてほしいということです。実際にホテルが開業してから5店舗ほど新しくお店がオープンしました。そういった動きが加速すれば、自ずと観光客も増え、私たちのホテルにお泊まりになる方が増えると思っています。大きな夢ということであれば、“観光地化した京都より、自然体の大津の方が面白いよね”と、多くの方に言っていただくことです」と話してくれた。


商店街HOTEL 講 大津百町