EVENT | 2019/07/12

「きき湯」をメガヒットに導いた【お風呂博士】に聞く、モノが売れない時代に商品をPRする方法

歯止めの効かない人口減少にあえぐ日本。それにともなって今後、国内市場が縮小すると言われる中でも、ヒット商品は一定数存在す...

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歯止めの効かない人口減少にあえぐ日本。それにともなって今後、国内市場が縮小すると言われる中でも、ヒット商品は一定数存在する。

今回お話を聞いたのは、入浴剤「きき湯」をメガヒットに導いた、元(株)バスクリンの広報マンで、現在は大塚製薬(株)NC事業部ソーシャルヘルス・リレーション部ディレクターの“お風呂博士”こと石川泰弘氏。

2019年3月、「粉末タイプ入浴剤ブランドにおける最新年間売上金額」がギネスに認定されたバスクリンブランドの栄光を支えた、石川氏のセルフブランディング力、そしてPR戦略とは?

取材・文:庄司真美 取材協力:バスクリン、大塚製薬 企画・写真:立石愛香

石川泰弘 (いしかわ やすひろ)

現、大塚製薬株式会社ニュートラシューティカルズ事業部ソーシャルヘルス・リレーション部ディレクター。元、株式会社バスクリン広報 お風呂博士。順天堂大学博士課程後期終了。博士(スポーツ健康科学)。

26歳で株式会社ツムラに転職、2008年より広報に専念し入浴剤ファンの会員化、TVパブリシティの積極的活用を行い入浴剤「きき湯」をメガヒット商品とした。

入浴剤をPRするために自ら“お風呂博士”となり広告塔に

―― 石川さんは、商材である入浴剤をPRする傍ら順天堂大学大学院 スポーツ健康科学科で博士号を取得しています。“お風呂博士”を目指した経緯は?

石川:元々僕は(株)ツムラのライフサイエンス事業本部に所属していました。その後、ツムラで家庭用品事業が分社化され現バスクリンとなったのですが、分社した時には広報の経験者が1人もいなかったのです。ある程度の規模の会社なら広報部門があって、そこにマスコミからの問い合わせが入り、取材対応のために関係事業部とつなげるのが一般的です。ただ、その社内調整には割と時間がかかるのです。

それならば、広報が直接取材対応できる方がスムーズです。そして商品をPRするにあたり、どうすれば一番マスコミからの取材が来るだろうかと考えた時に、僕自身が“お風呂博士”としてわかりやすい専門家なってしまえば良いと思い、温泉入浴指導員や、睡眠インストラクターになりました。しかしやっていくうちに身体のことをもっと知りたいと思い大学院に行くようになってしまいました。

大学院は会社に勤務しながら通いましたが、当時、僕は49歳で、周りの学生はストレートマスターや若い研究者ばかりだったので、「このおじさんは一体何なんだろう?」と思われていたと思います。もともと運動が好きだったし、身体についてもっとアカデミックに知りたくなったのが大学院で生理学を専攻した動機となったと思います。このことはその後の業務では、講演するにしろ、商品を紹介する中でも、学んだことがすごくプラスになりましたね。

―― 自ら広告塔を引き受けたわけですね。同族企業だと宣伝部長として会社や商品の顔となる人はよくいますが、一会社員として勤務する中で、自ら体を張るケースは珍しいですね。

石川:分社化されて小さな組織となり、みんなで会社を作っていくかたちでしたので、何でも自分たちで考えてやっていかなければという気風がありました。ツムラ時代はひとつの事業部でしたから、赤字だろうが何だろうがご飯はちゃんと食べられるという感覚でしたが、独立して分社化されると、人は自発的に動くようになるものです。ないものは作る、誰もいないなら何とかしようという感じでした。

それに広報部門を一から作ったため、そもそも社内に前例もレギュレーションもなかったのです。それなので、常識的な範疇を踏まえながら、“お風呂博士”として積極的にPRをしていこうと考えました。当初、社内からは「博士号を取得してもいないのに博士を名乗るのはいかがなものか」という意見もありましたが、最終的に博士号の学位を取ってしまったので、行動した者勝ちです(笑)。

―― 有言実行ですね。2012年のロンドンオリンピック以降、スポーツ選手に向けての入浴についての講義を各所で行っていますが、実施するようになった経緯は?

石川:元々スポーツ向けというわけではなくて、最初はドラッグストアのバイヤーさんや新入社員向けの講義のオファーを受けるかたちで、入浴や入浴剤について教えるようになりました。スポーツ選手への講義はオリンピックがひとつのきっかけで、当時は僕自身の身体についての知識がまだ浅かったのですが、人に教える以上、間違ったことは言えません。もっと深い知識があるとより応用が利くということもあって、より大学院で学び研究したいという気持ちが大きくなりました。

それから、さまざまな大学をリサーチし、たまたま順大の当時の主任教授(現学科長)と初めて会った時に話が盛り上がり、「先生、僕でもできますか?」と訊ねると、「頑張ればできるんじゃない」と言ってくださり、即決しました。そこから逆算してどうやって入学できるかを考え、準備したかたちです。

―― フィギュアスケートの羽生結弦選手とのコラボした入浴剤を企画したり、さまざまなスポーツ選手をサポートしたりしていますが、具体的にどんなサポートなのですか?

石川:スポーツ選手は意外とシャワーで済ませてしまう人が多くいました。でも、シャワーだけだと血流が効率よく高まらないので、入浴で身体をリカバリーしていただこうということで、トライアルで入浴剤を無料提供させていただいているスポーツ選手はたくさんいます。さらに選手から入浴や睡眠について「こんな時はどうしたらいいか?」という相談があればアドバイスすることもあります。

組織の中でのセルフブランディングは、「企業内自由人」がテーマ

―― 石川さんは大学院で博士号を取る前に、「温泉入浴指導員」や「睡眠改善インストラクター」の資格も取得されていますよね。組織の中で個性を出して差別化、セルフブランディングしたいという意識が強かったのですか?

石川:最初に「温泉入浴指導員」を取ったのは、商品の広報をする上で何か肩書きがあった方がいいと考えたからです。実際、名刺にも肩書きが加わり、信用度が増しました。「睡眠改善インストラクター」の資格については、会社が入浴と睡眠について研究し始めたこともあって睡眠学会に参加するようになったのがきっかけです。たまたまその分野で有名な先生にPRをしていることを話したら、「君が知っていればもっとちゃんと発信できるんだから、すぐに勉強しに来なさい」と勧められて、すぐに受講することに。

唯一無二の存在になろうという意識がないわけではありませんが、それよりも、楽しければいいという意識が強いですね。目標は“企業内自由人”だと以前から周りには言っています(笑)。自由な発想でアクティブに活動した方が絶対に物事が結実しやすい。あとは人とのご縁を大切にするのがモットーで、いただいたご縁はしっかりとつないでいきたいので、取材は基本的にお断りはしないというのが僕のポリシーです。

―― 広報の鏡ですね。石川さんの仕事へのモチベーションの源はどこにあるのですか?

石川:入浴と睡眠はセットで外せないものですが、それについての興味や知的好奇心があることですね。やはり、嫌々やるより、興味があることの方が続きます。もちろん、好きなことばかりやっている訳ではなく、やることはやっていますよ。忙しい現代社会では、入浴や睡眠を疎かにして体調を崩している人も多くいます。今は健康に投資する時代だと思っています。投資する上では、入浴や睡眠についてのちゃんとした知識を持ったもらいたいという思いが強いですね。

「きき湯」がメガヒットとなった要素

――「きき湯」が爆発的ヒットとなったきっかけは?

石川:そもそもはテレビ番組『たけしの健康エンターテインメント!みんなの家庭の医学」(テレビ朝日系列)への取材協力として、炭酸泉が動脈硬化にどう作用するかという研究と治療を長湯温泉で行っているドクターを紹介したことがブレイクのきっかけでした。番組の中では出演した他のドクターが「温泉に行けない人は、炭酸ガスの入浴剤で同じような効果が得られます」といった発言をした際、スタジオに用意されたバスタブに「きき湯」という商品名は出せないまでも、剤型をそのままお湯に入れて溶かすシーンを撮影してもらいました。その時、出演者のみなさんが「いい香り」と感想をもらし、さらにラッキーなことに、休憩に入る直前だったので、司会のビートたけしさんが、その湯船に浸かった芸人の日村勇紀さん(バナナマン)に、「お前はずっとそこに入っていろ」と言ったのです。そんなことをたけしさんに言われたら出られませんよね(笑)。結果、15分間の休憩の間日村さんはお湯に浸かっていて、休憩明けの一発目のカットが、日村さんが汗だくになった顔の映像でした。それを見た視聴者が「これはすごい」と反応して、放映の翌日以降、店頭の商品が品切れ状態となりました。

営業はテレビ局に協力して番組を作った僕に「石川さんのおかげでこんなに注文が来ました」と喜んでくれましたが、1カ月経っても生産が間に合わず、いよいよ販売店からクレームが来ると営業が謝りに行くわけですが、今度は「石川さんのせいでまた謝りに行かなきゃならないですよ」と言われる始末(笑)。多くの仕事を手がける中で、中には万馬券のようにブレイクする商品があるということを実感しました。

―― テレビでの露出以外で「きき湯」が大ヒットになった要因はありますか?

石川:大前提として、「きき湯」は伝えたい情報が多く、他との違いを感じて使っていただきたい商品ということがあります。と言うのも、入浴剤は筒状のパッケージが多いのですが、「きき湯」の場合は四角です。商品の違いやキャッチフレーズなどお客様に伝えたい情報がいっぱいあるから、あえて筒状よりも面が多い四角にし、面を最大限に利用しています。

また、商品のパッケージは店頭でいかに目立つかというコマーシャル的な部分があるので、多くの商品はカラフルになりがちです。その点、きき湯は白ベースのパッケージ。白ベースのパッケージは基本的に入浴剤にはなかったものです。それから、飲む炭酸水や炭酸ヘッドスパなどの炭酸ブームの時流に乗れたことも大きく作用しました。今まで特別なものだった炭酸を日常に当たり前のように提供できたことが、ヒットにつながったと考えています。

何事もトライしてみることがヒットを生むベースにある

―― 今の時代に必要とされる商品をどのように捉えていますか?

石川:まず、安心・安全はマストです。それから、ニーズはこれまでよりもパーソナルな方向になってきているので、実感・体感できるものがますます求められると考えています。今はマスの時代ではないと言われますが、それでもその舞台上で知識や知見を人に伝えることで知的好奇心を満たし、お客様にやってみたい、使ってみたいと思わせるような、ちょっとしたエモーショナルな要素があると尚いいなと思います。

入浴剤で言えば、「温まる」ことが目的の商品はすでにあらゆるモノが揃っていますが、実際に商品のファンになっていただける方々は、「香りのよさ」や「湯上りの爽快さ」を感じている人が多いですね。お風呂から出たときにどう感じるかが、次も商品を手にしていただけるかどうかの決め手ではないでしょうか。入浴と睡眠は関わりが深いものですが、よく眠れたかどうかの指標はあってないようなものなので、たとえば、「寝覚めがいい」ということをきちんと指標して提示できるといいのではと考えています。

―― 時流を見越す力を養ったり、市場のニーズをキャッチしたりするために、日頃から意識して取りに行っている情報、または努力していることはありますか?

石川:努力ということのほどではありませんが、当然、ドラッグストアなどの店頭の商品は必ずチェックしています。それから、個人的には世間で流行っているものはいち早く取り入れるようにしています。FacebookもTwitterもInstagramも割と早かったと思います。そうやって個人的にやってみて、僕のようなおじさんでも面白いなと思えたら、きっとそれは世間でも広がると思いますから。

何かを検索するのに我々はよくググりますが、うちの大学生になる子どもを観察していると、検索にはTwitterを使っています。それを見ていると、時代とともに行動様式が変わってきているなと感じます。Facebookにアップするために自分で実際に動画を撮ってみることもあります。少し前はいわゆる“バス・レッグス”といって、湯船から足を出して足元を撮る構図が流行っていたので、僕もバスタブに入浴剤の商品を置いて、お風呂の中で実際に撮影してみました。こうやって実際やってみると、結構大変なんだということがわかるわけです(笑)。

―― 何事もまずはやってみるということですね。最後に、今後のキャリアプランについてはどのように考えていますか?

石川:バスクリンを3月末で退社して、大塚製薬(株)に移籍しましたが、実はバスクリンはアース製薬の100%子会社で、アース製薬は大塚製薬の子会社だから、親を飛び越えておじいちゃんのところに来たかたちです。今後は大塚製薬で健康というキーワードでもっと幅広く例えば睡眠や生活習慣病、そして健康経営など企業活動そのものも含め精力的にPRしていきたいと考えています。

実はこれまでも、たとえばラグビーの代表選手にサンプル商品を送る際、バスクリンの入浴剤だけでなく、アース製薬のスポーツモンダミン(マウスピース洗浄スプレー)を送ってもらうこともしていました。いい商品をいいなと実感を持って使っていただくのがベストなので、そこに組織の垣根は要らないと考えています。

それから、今も大学で温泉についての授業をやっていますが、将来的には入浴や睡眠、それから商品をヒットさせる広報セミナーなどについても教える場が持てるといいなと考えています。東京五輪が目前の今、特にスポーツ関連の講演の引き合いが増えていて、オリンピックを目指す子どもたちに向けたセミナー、それから、地方の高校のサッカー部など、求められるテーマに合わせて有意義なレクチャーを提案していきたいです。

「きき湯」をメガヒットに導いた敏腕広報マンである石川氏だが、抜け目のないビジネスパーソンというよりも、その素顔は「気負いなく遊ぶように仕事する」スタンスが印象的だった。

大学院でスキルをアップデートするにしても、興味があることを取り入れるにしても、行動に移すスピードが速いのが感じられた。組織の中で自分の可能性を最大化し、組織の枠を超えて活躍することが求められるこれからの時代に、石川氏の働き方は多くの人の見本となるに違いない。


「きき湯」

「大塚製薬株式会社ニュートラシューティカルズ事業部」

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