ITEM | 2019/06/10

浪費家のファイナンシャル・プランナー×オタク女子4人組「今更聞けない」以前に、「今更知った」を避けるために【ブックレビュー】


神保慶政
映画監督
1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏...

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神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

オタク趣味を持つ全ての人に朗報。お金を「使う人」は「貯められる人」

現金を使う機会が大幅に減るキャッシュレス化が進もうと、人が「お金を使う」という行動自体は、当分の間は無くならないだろう。劇団雌猫・篠田尚子『一生楽しく浪費するためのお金の話』(イースト・プレス)は、思いっきりお金を使い倒す平成元年生まれのオタク女子4人組・劇団雌猫が主人公となり、なかなか始めるきっかけを掴みにくい資産運用も含めて、よりよいお金との付き合い方を発見していく物語である。

本書は、ある夜居酒屋で劇団雌猫メンバーたちが苦しくもどこか嬉しい浪費の悩みを打ち明けあっている席の横に、ファイナンシャル・プランナーの篠田尚子が座っていて、会話に加わるという場面から始まる。自分も「推し」を追いかけて遠征に行ったり、ハードスケジュールで旅をしたりしたことがあると語る篠田は「浪費家のファイナンシャル・プランナー」と自らを表現する。

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お金を使うということに、過度に後ろめたさを感じないでほしいと思います。日ごろからお金を使う人は、その価値や尊さをよくわかっています。(P11)

「使う人は、貯められる」という言葉に励まされ、劇団雌猫メンバーたちは篠田に気になるあれこれを聞きまくっていく。本書の特徴的な点は、K-POP・宝塚・BL・ジャニーズなど、各々に「推し」がいるなどして、ある物にお金をつぎ込むオタクという人物設定がしっかりしているため、状況描写やそれに対する提案が非常に具体的である点だ。

結果的に、オタク的な趣味を持ち合わせていない人(狭義のオタクカルチャーだけでなく、おそらく多くの人がひとつはそうした趣味を持ち合わせているはずだが)でも参考になるお金との付き合い方のポイントが本書には書かれている。

iDeCoやNISAなど、不慣れな言葉に対する拒否反応を払拭しよう

難しいことは抜きにして、お金が貯まる方法を手っ取り早く知りたいとお思いの方は多いはずだ。本書には大きく分けて3つのステップが提案されている。

1 月収3ヵ月分の貯金をつくる
2 確定拠出年金でコツコツ年金積立
3 NISA・つみたてNISAを追加して資産運用

1を見て「そんなの無理だ」と思う読者を著者たちは切り捨てないし、逆に既に1の段階はクリアしている読者を満足させるデータも用意してくれている。オタクの設定(年齢・仕事・収入・どんなオタクか)をしっかりと描写した上で、譲れない出費、削れない出費、定期的・単発・臨時・不定期の出費など、カテゴリー別に分けた出費パターンのグラフが本書には掲載されている。自分に該当しない場合でも、他人の財布の中身を覗けるような興味深いデータが広がっており、自分と似た傾向が見られる場合は特に食い入るようにグラフを眺めてしまう。

こうした多岐にわたる話題の中で、繰り返し重要性を説いているのは「貯めたお金に働いてもらう」ということだ。それはすなわち、貯金の延長としてのiDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)による資産運用を意味する(本書は会話形式で進行し、実際はイラストで各人が表現されているが、以下では篠田尚子を「篠」、劇団雌猫を「猫」と表記させていただく)。

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篠:NISAを使うと、この税金が0円、つまり非課税になります。先ほどの例だと、10万円の利益がそのまま手元に残ることになるんです。
猫:めちゃくちゃいいじゃないですか! どうしてみんな使ってないんですか? なにか裏がある……!?
篠:残念ながら、資産運用なんて縁遠いと思っている方がまだまだ多いんです。とってもおトクなのに、もったいないですよねえ。(P51)

このように、機会がなければ自分には関係ないと思ってしまいがちなNISAの利用価値を篠田は劇団雌猫メンバーたちに大プッシュしている。筆者も銀行でNISAという文字を見ながら、自分には関係ないと思っていたうちの一人だ。そして、劇団雌猫メンバーと同様に、個人年金保険についてもあまり知識がなかった。

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iDeCoとNISAは両方とも節税に直結するので、同時に加入、口座開設することが望ましいですが、あえて優先順位をつけるなら、まずはiDeCoの加入を優先しましょう。iDeCoは年金制度なので、60歳までという年齢制限が設けられています。(P67)

iDeCoがどんなものか、またその概要は本記事で説明するには内容が多すぎるので控えるが、筆者が会社員からフリーランスになった時に年金事務所で説明を受けてなんとなくつけていた国民年金の付加年金(付加保険料)は、国民年金基金が併用できないことを今更知り(でも知っておいてよかった)、本書を読了後にiDeCoとNISAの資料を取り寄せたことを報告しておく。

良いお金の積み立て方をすることで、良い記憶も積み重ねる

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引退した推しが復帰すると聞いて、嬉しさのあまり、スケジュールなどをいっさい考えずに秒でチケットを取ったこと。額は2万円程度ですが、あのときの嬉し泣きは忘れられません。 (P146)

読者の皆さんも、思い切った出費を振り返るとそこに様々な思い出が付随していることに気づくことだろう。出産・結婚などといったライフイベントでの高額な出費への予見・対応の仕方、フリーランスにとっての就業不能保険の大切さ、老後資金の考え方など、お金への多様な姿勢を本書は多方面からの「声」とともにまとめあげている。

預金口座のオプション機能を駆使した「引き出せないようにする工夫」など真面目な方法だけでなく、おまじない的ともいえる「引き出さない工夫」や、どれだけ苦心して皆が貯金をしているのかが怒涛の分量で(1ページに25個ぐらいの、ものすごく小さい文字なのにかなりな熱量で)書いてある「突撃! となりの貯金術」では、「購入前に墓まで持っていきたいかを自問自答する」という用心深い人、「鍋で野菜を食べておけばなんとかなるので買う」というワイルドなスタイルの人、「推し代」という項目で家計簿を作る生真面目な人まで、さまざまなライフスタイルを垣間見ることができる。

圧倒的な具体性とボリュームをもって著者たちが読者に伝えようとしているのは、意外と気軽に資産運用・投資信託に足が踏み出せるということである。

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iDeCoやつみたてNISAなどの制度を使う、使わないに関係なく、投資信託はポイントさえしっかり押さえておけば、あとは基本的にほったらかしで問題ありません。(P175)

少し辛抱して自分にあった工夫さえ探り当てれば、お金をうまく貯め、かつ、楽しんで使うことできるかもしれない。表紙がポップなイラストとなっている本書は、人を選ぶ内容かと思いきや、「一生の付き合いだからこそお金のことをもっと知るべきなのだ」と真摯に思える万人向けの一冊となっている。