LIFE STYLE | 2020/11/16

「最善の選択」ではなかったジョー・バイデンが「結果的に大正解」と言える理由【連載】幻想と創造の大国、アメリカ(20)

ジョー・バイデンと筆者
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渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scott
エッセイス...

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リベラルの人気者ではなかったからこそ「反トランプの共和党支持者」も取り込めた

2019年5月のニューハンプシャー州でのジョー・バイデンの政治集会

バイデンが予備選で激戦地ニューハンプシャー州を初めて訪問したのは、2019年5月13日のことだった。バイデンのスピーチを聴くために会場のピザ屋に集まったのは、政治にかなり詳しい人達ばかりだ。そうでないとこのイベントの情報を得ることができないということもある。彼らが注目していたのは、副大統領を辞めてからの4年間でバイデンがどれほど変化したのかという点だ。バイデンのスピーチを聴いた有権者たちが後で口々に語ったのは、「ジョーは歳をとった」というものだった。姿勢は良く、肉体的には年齢を感じなかったが、話があちこちに飛ぶところが典型的な高齢者のように感じたのだ。

2019年9月に行われたニューハンプシャー州民主党大会では、すべての予備選候補がスピーチを行ったが、ジョー・バイデンに対する熱気はぬるま湯だった。この時に最も人気があったのは、マサチューセッツ州選出上院議員のエリザベス・ウォーレンだった。本人が登場した際の歓声もバイデンへのそれとはまったく違っていたのだ。

ジョー・バイデンのスピーチの模様(筆者撮影)

エリザベス・ウォーレンのスピーチの模様(筆者撮影)

この集会で多くの民主党員にバイデンについて尋ねると、やはり「好きだけれど、高齢すぎる」という回答がほとんどだった。意外だったのは、後にバイデンと指名争いをすることになるバーニー・サンダースへの支持が予想したより少ないことだった。「バーニーひとすじ」という支持者はもちろんいたが、「バーニーだけは嫌だ」という人も少なからずいた。サンダースは好き嫌いの強い感情を掻き立てるだけでなく、「一般的なアメリカの左派よりさらにリベラルという狭い層にしかアピールできない。トランプに失望している共和党員が投票したくなるような候補でないと勝てない」と語る人はかなりいた。そうった人たちが推していたのが前インディアナ州サウスベンド市長で30代後半のピート・ブーティジェッジだった。彼の若さを案じる人もいたが、それは少数派だった。この時点では、バイデンが指名候補になる可能性はまったくないように思えた。ところが、予備選の中盤で党内の空気が変わった。

新型コロナウイルスのパンデミックが広がる前のアメリカには、「トランプ政権になってからは好景気で失業率も低い」という国民の肌感覚があった。サンダースは、「好景気で得をしているのはビリオネアだけ」と繰り返したが、世論調査でも中産階級こそが「この経済状態を変えたくない」と感じていた。また、サンダースやウォーレンが唱える「大学無料」と「学費ローン徳政令」は若者に人気だが、それより上の世代にはさほど人気はなかった。何年も何十年も苦労して学費や学費ローンを払い終えた庶民たちは、「私は生活を切り詰めてようやく払い終えたというのに、今度はタダ乗りする人たちのために税金を払わされるのか?」という怒りを抱いていた。このようなことから、民主党内に「サンダースではトランプに勝てない」という焦りが生まれていた。彼らが案じていたのは、「サンダース民主党候補」「トランプ再選」「上院と下院両方で共和党が多数党」という民主党にとって最悪のシナリオだった。

予備選のスーパーチューズデーの前に、トム・ステイヤー、ピート・ブティジェッジ、エイミー・クロブチャーの3人の有力候補が撤退してジョー・バイデンの大勝利をもたらしたのは、この最悪のシナリオを回避するための民主党の結束だった。

このように、ジョー・バイデンは、民主党員が情熱的に選んだ第一選択の候補ではなかった。しかし、結果的には、最善の候補になったのだ。

トランプ大統領の気まぐれなリーダーシップについては、ウォーターゲート事件のスクープで知られ、その後も歴代大統領にまつわる名作ノンフィクション本を数多く記したボブ・ウッドワードの『Rage』(邦訳版は12月4日発売)など多くの本が出ているが、それに危機感を覚えたのは民主党員だけではなかった。古くからの著名な保守の論者や共和党員が公の場でトランプを批判するようになり、その中で最も有名なのが、The Lincoln Project(リンカーンプロジェクト)Republican Voters Against Trump(RVAT)だ。

スーパーPAC(特別政治行動委員会。候補者から独立した政治団体)であるリンカーンプロジェクトを始めたのは、トランプの元大統領顧問ケリーアン・コンウェイの夫であるジョージ・コンウェイ、ジョージ・W・ブッシュ元大統領や元大統領候補ジョン・マケインの側近だったスティーブ・シュミット、かつてニューハンプシャー州共和党の委員長だったジェニファー・ホーンなど長年の共和党員だ(トランプが大統領になった後、党を離脱した者もいる)。この団体は、トランプ批判と民主党指名候補ジョー・バイデン支持の政治広告ビデオを頻繁に作ってソーシャルメディアで流し、ファンを集めた。

2016年の大統領選挙でも「トランプだけには票は投じたくない」という共和党員はいたが、彼らはクリントンに票を投じることは拒否した。そういった共和党員にとって、バイデンは「政治的には意見が異なっても、人間として尊敬でき、信用できる」と思わせる候補だった。

予備選中、特に高齢層の民主党支持者がトランプ大統領の有名なスローガン「Make America Great Again」をもじって「Make America Decent Again」と口にするのを耳にした。このdecentとは、礼儀正しさや品格があることを意味し、アメリカ人がかつて重視していたことだ。アンチ・トランプの保守がどうしてもトランプを受け入れることができなかった理由のひとつが「decencyのなさ」だった。

バイデンは、そういう共和党員にとって「decentだ」とすんなり認められる人物だった。だからリンカーンプロジェクトは、そこに焦点を絞って大統領とバイデンを比較したわかりやすいビデオ広告を作ることができた。これがウォーレンやサンダースだったら、「コミュニスト政権になるくらいならトランプのままでいい」という保守層を説得するのは困難だっただろう。

2020年大統領選挙は、トランプ対バイデンというよりも、トランプ対「アンチ・トランプ」の戦いだったと言ってよいだろう。

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