「独身の日」ライブコマースで莫大な売上を記録した李佳琦(Austin)と薇婭(viya)
たった一人で1日1400億円も売り上げた記録を持ち、時には約6億円のロケットを2時間で完売させるライブコマースの女王が先日脱税で約240億円の罰金を課されたことが話題となった。裏を返せば日本でも売上倍増の新たな秘策となるこの方法、ライブコマース先進国の中国で何が起きているのか?日本ではどんなチャンスがあるのか?
荒木大地
Shenzhen Fan Founder
深セン最大級の日本人情報サイト深セン最大級の日本人情報サイト「深セン ファン」(www.shenzhen-fan.com)管理人。 Webエンジニア兼ライター、また講師として中国・テック関係の情報を発信中。合計3000を超えるメンバーを抱える中国各地の渡航情報共有グループチャットの運営も行っている。
Twitter : @daichiaraki
売上新記録を達成した中国最大のセールイベントのカギはライブコマース
毎年大きな話題となる、中国最大の値引きセール「独身の日」(11月11日)。2021年は中国の大手2社(アリババ/JD.com)だけでも売上高が15兆円を超えるというとんでもない記録を樹立した。
ネット通販(EC)といえば、日本ではアマゾン、楽天、Yahoo!ショッピングなどが有名だが、中国と日本の大きな違いは「ライブコマース」に力を入れているという点が挙げられる。
ライブコマースとは、「KOL(キーオピニオンリーダー)」と呼ばれるインフルエンサーなどが視聴者に商品をライブ動画を通して紹介する販売手法のこと。日本では「ジャパネットたかた」のようなテレビショッピングが近いイメージだが、ライブコマースはネット視聴者のコメントにリアルタイムで答えることができ、数タップで購入まで誘導できる。なおかつ商品の残り在庫数なども画面に表示されるので、視聴者にとってはつい買ってしまう要素が満載である。
中国のライブコマース市場は1兆元(約17兆円)の規模に成長している。例えば「口紅王子」とも呼ばれるトップインフルエンサーの李佳琦(Austin)氏と、「ライブコマースの女王」薇婭(viya)氏は、タオバオの独身の日セール商品の予約販売が始まった10月20日だけでそれぞれ80億元(1400億円以上)を売り上げた。
1が4つ並ぶことから認知され始めた11月11日の「独身の日」だが、以前は独身の若者たちがパーティを開く程度のものだった。それに目をつけたアリババが大規模な販促イベントを開催したことでセールの意味合いが強くなった。
アリババでは「ダブルイレブン/双11」とも言われるこの大セールに合わせて、消費者は予約販売されている商品を11月11日より前にショッピングカートに入れる。そして11月11日当日にそれらを決済するため、この1日の売上額は毎回新記録を達成していた。「11月11日に売上新記録を達成」の報道の裏側にはこのようなからくりがある。もちろんサーバのトラフィックも膨大だが、アリババのサーバーはそれにも耐え得ることを証明する良い機会にもなる。
2020年からは少し様子が変わり、物流インフラなどへの圧力を緩和するために11月11日の当日に行われていた決済方法を変更。11月1日から3日までの注文を第一弾の決済として、そして11月11日の決済を第二弾の決済として2回に分けるようになった。
また今後は中国でのライブコマースのあり方も大きな変化があるかもしれない。12月には先述の「ライブコマースの女王」こと薇婭(viya)氏が約6億4300万元(約115億円)の所得隠しで摘発され、追徴課税や罰金などで計13億4100億元(約240億円)の支払いを命じられた。他のトップインフルエンサーに対しても同様の追徴課税や罰金が相次ぎ、今後もプラットフォーム含め中国当局の「共同富裕」スローガンに基づく規制強化が予想されている。彼らがライブコマースを制覇する構図に変化がみられ始めているが、海を渡るとこんな桁違いのニュースが話題になっていることに驚く方は多い。
そこで気になるのが、日本でもこのスタイルが通用するのか?という点である。
コロナ禍で各国との自由な往来が難しい中、新たな販路として、また副業としてライブコマースに活路を見出したいが、どうしていいか分からない人も多いのではないだろうか。
まず、ライブコマース先進国の中国で今何が起きているのかを見てみよう。当記事では中国でのライブコマース成功事例や課題、そして日本でライブコマースを成功させる秘訣についても取り上げる。
次ページ:「SNS系」か「EC系」かで文化や売れる商品が異なる
「SNS系」か「EC系」かで文化や売れる商品が異なる
今まで中国のライブコマースはEC大手アリババグループの独壇場だったが、近年はSNSサービスを展開する各社が続々と機能を搭載し始め、すでに戦国時代。EC側もSNS機能を搭載するなど垣根が溶けてきている。

ライブコマース機能を搭載したプラットフォームの違い
ライブコマース機能を搭載したEC系の代表例はアリババの淘宝(Taobao)で、先に述べた2人のトップインフルエンサーもここでライブコマースを行なっている。ある視聴者の女性はすでに何十本も口紅を持っているのに「口紅王子」こと李佳琦のライブを見るとついついまた買ってしまうそうだ。それほどインフルエンサーの力は強い。
一方、SNS系で特に勢いがあるのは、中国本家版TikTokの抖音(Douyin)だ。日本企業の中国マーケティングを手がけるエーランド株式会社代表の安田加奈子さんはこのように語る。
「ECプラットフォームはショッピングを楽しむ人や、何か欲しいものがある人が訪れるものですが、SNSから始まった抖音のライブコマースはスキマ時間に動画を観て出てきたものをパッと買うスタイルで、ニッチなもの、珍しいものが売れます。例えば農村にいるグルメインフルエンサーが自分たちの作った調味料を売ったり、在日中国人が日本の便利グッズを紹介して稼いでいたりします」
ECプラットフォームによるライブコマースはSNS機能が弱いためバズりにくいが、抖音なら知名度の低いライバーでも「おすすめ」に表示されて急にバズるチャンスが出てくるのである。
プラットフォームとしてはタオバオと抖音の2強状態が続いていると言えそうだが、すでに「ビリビリではオタク向け商品の売れ行きが好調」といったかたちで、商品や紹介スタイルによる棲み分けもかなり進んできている。とはいえ各プラットフォームがライブコマースに本腰を入れたのはほんのここ数年、ほとんど場合1〜2年ほどの話である。ここから勢力図が大きく変わってくる可能性もゼロではない。
有名インフルエンサーに頼るか、自社販売員を育てるか
ライブコマースの販売スタイルは二種類に分けられる。インフルエンサーと販売員スタッフだ。
今や絶大な影響力を持つようになった有名インフルエンサーは、出演料も高額なうえレベニューシェアも要求、紹介の依頼をしてくる企業の商品品質を厳しく選定し、かつ目玉商品と言えるぐらいの最低価格で販売できるよう値下げ要求を行う。そのため消費者からの信頼度は高まり、彼・彼女らの紹介する商品は安心して買えると評判だ。
一方で、企業からすると有名インフルエンサーに取り上げてもらうことで爆発的な売り上げにつながり知名度は上がるが、利益はほとんど出ないのが現状。そして当局の規制強化の動きから、企業は今後有名インフルエンサー依存のリスクも検討せざるを得なくなっている。
また、有名インフルエンサーの数は一握り。彼らに依頼するお金も体力のない弱小企業にはどんな方策があるのか?
知名度の低い企業は主に2つの方策を取ることができる。1つ目は、有名インフルエンサーでなくとも自分達の商品と親和性の高いライバーに商品を紹介してもらう方法だ。ライバーには「輸入品専門」「化粧品専門」のような得意分野があり、それぞれの分野に興味のあるフォロワーにもピンポイントで届きやすい。
2つ目は、企業が自分たちで販売員ライバーを育てるやり方だ。自社の販売員が商品を売れば値下げ勝負にならないため利益率が高い。方法もさまざまで、例えばある販売店はライバーが商品紹介をほとんど行わず、視聴者からのコメント(質問)が来たら答えていくカスタマーサポートのような使い方をしている。確かに、買う商品が決まっている人にとって商品の特徴や在庫状況などを説明してくれるこのスタイルはありがたい。

各プラットフォームで活躍するライブ配信者。カスタマーサポートのようなスタイルや顔出しせずに商品だけを表示したり、パフォーマンスを行ったりするなど多種多様
次ページ:日本のライブコマース事情とこれからの戦い方
日本のライブコマース事情とこれからの戦い方
最近は日本でも幾つかの企業がライブコマースのアプリをリリースし始めているが、サーバが弱いと動画が重くなり止まってしまうため、最終的には資金力のある大手が生き残ることになりそうだ。
現在のところは、日本でも有名なライブ配信アプリ「17LIVE」傘下のライブコマースサービス「HandsUP」や、11月にライブ動画配信機能をリリースした楽天市場などが話題となっている。他の有名ECやSNSも今後追随してライブコマース機能を搭載していくと思われる。
しかし、ライブコマースを始める人にとってプラットフォームはそこまで重要ではない。スマートフォンを複数用意すれば各プラットフォームで同時配信も行えるし、フォロワーがつけば新しいプラットフォームで配信を始めても付いてきてくれるからだ。
また、ファンの多い芸能人・有名人であれば有名ライバーになれるわけではない。フォロワーの数と商品が売れるかどうかは別の話だ。話し方が面白かったり、人となりが信頼されたり、応援したいと思ってくれたり、個人のキャラが立つかも関係してくる。
日本企業と共に中国へのライブコマース展開を進めている動画プロデューサーの山下智博さんはこのように語る。
「最初は投げ銭稼ぎから始まったライブコマースですが、今では発信者のパイが増え、裾野が広がっています。田舎のおじいちゃんおばあちゃんが農作物を売ったり、誰でも物を売れる時代になりました」
先日、中国のあるライバーは防寒インナーを宣伝するため標高5600メートルの雪山に登りライブ配信。動画はバズり、商品は即完売した。体を張り、工夫を凝らす人にはチャンスが転がっている。

真珠貝、iPhone、ブランドバッグ、ワインなどを紹介する配信者
ライブコマースで成功するためには「得意分野への集中」が必須
TikTokのビジネス活用やライブコマースの提案を手がける、SNSアラジン株式会社代表の直良陽子さんはこう話す。
「ライブコマースでは無形商品も売ることができます。中国では、中国版TikTok『抖音』の使い方を説明した録画講座を販売して1000万元(約1億8000万円)売り上げた女性がいます」
例えば、直良さんがコンサルを行っているネイル商材会社は「handsUP」を用いてネイリストとコラボした実演を行い、1回目で60万円の売り上げを達成。その後も1時間100万円以上の売り上げを記録している。
これからライバーになろうと思っている人は、まず自分が「何を売ることができるのか」を見極めることから始めよう。この点でショップ店員や販売店スタッフ経験者など、オフラインで物を売った実績がある人はオンラインでもアドバンテージがあるが、自分が楽しいと思ったこと、他人に教えられること、説明できることや上手に伝えられるものがあり、価値のあるものを提供し続けることができるなら、ファンは増えてゆく。
話が苦手でも、上手に実演できれば良い。ハンドメイド工作をその場で作って見せたり、田舎で野菜を収穫する一連の様子を見せるといった方法でも良い。中国のライブコマースでは、真珠貝から真珠を延々と取り出すライブコマースが5万人以上の同時視聴者数を集めていた。
生放送に自信がない人は録画でも良く、例えば日本の独特の風景や旅館・料亭などを海外に宣伝するための動画を配信することもできる。また、ペットショップなどにカメラを取り付けて営業時間中ずっと配信し、質問や注文が来た時だけ対応するといった手法も中国では見られる。
今後、日本のライブコマースは中国と同じように流行り始め、その後特定の分野に棲み分けが行われる可能性が高い。今のうちから自分の得意分野を定めてチャンスに備えていこう。