EVENT | 2019/03/01

現役自動車メーカー社員が新グローバル拠点、印・バンガロール、イスラエル、中国・深圳に行って実感!日本のイノベーションの方向性は?

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すでに誰もが恩恵を受けているイノベーションの代表例と言えば、インターネット...

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すでに誰もが恩恵を受けているイノベーションの代表例と言えば、インターネットサービスやスマホなどがある。それらは世界中に広がり、人々の生活、さらには社会を変えてきた。自動車業界で言えば、今後2020年までに自動運転化が実現すれば、それは明らかなイノベーションとなる。

ということで今回は、自動車産業を基軸に世界のイノベーション拠点を見ながら、今後の日本のイノベーションの方向性について考えていきたい。

やまどじん

フリーライター

ミレニアル世代、東京都出身。父の海外転勤により帰国子女として育つ。エンジニアとして自動車メーカーに就職し、グローバルに商品開発を幅広く担当。関心の高いテーマは、「イノベーション」「交通」「教育」など。

イノベーションは一部の天才しか実現できないものではない

イノベーションの過去を振り返れば、1800年代前半に蒸気機関車が馬車に代わる移動手段として生まれ、都市と郊外を短時間で結ぶことができるようになった。結果、郊外から通勤するスタイルが新しく生まれたと言われている。

また、これまでの自動車業界においての大きなイノベーションは、1908年にアメリカでT型フォード量産自動車が登場したことだ。それまで車の周りを労働者が動いて作業していた工程を、ベルトコンベアを用いて労働者の間を車が動くという逆転の発想を取り入れた結果、大量生産に成功。自動車を低価格で販売できるようになり、個人が車を所有するライフスタイルが広がった。ほかにもソニーの「ウォークマン(R)」や「青色LED」などなど、人によってさまざまなイノベーション事例が思い浮かぶだろう。

これらに共通する事柄は、「人が今までできなかったことができるようになった」という結果論であり、広義に捉えれば、技術進化の基本と言い換えることができる。理由は後述するが、イノベーションは限られた一部の天才にしか実現できないものではなく、誰にでも実現できる可能性を秘めていると考えている。

日本での一般的なイノベーションの捉え方

そもそもイノベーションとは?という疑問も湧いてくるので確認してみると、一言で「技術革新」と呼ぶのではなく、「物事の新結合、新機軸、新しい切り口、新しい捉え方、新しい活用法(を創造する行為)のこと」という広義の捉え方が一般的になっている。私の周辺では、1911年にオーストリア出身の経済学者であるヨーゼフ・シュンペーターによって定義された、「生産要素を新結合すること」がよくイノベーションの説明に使われている。この表現はややわかりにくいが、「誰もできなかった新しい組み合せで新しい価値を生み出す」ことが、イノベーションという結果を生む可能性が高いということだ。

一方で、今「オープン・イノベーション」の名のもとに、企業間の新結合という形で新しい価値を生み出す動きも盛んに行われている。結果がすぐに出ない、もしくは出ない可能性がある挑戦に対して、お互いの機密事項をどこまで開示して新たな価値を生み出していくか。そこが各社苦戦するところであり、今後の焦点になっていくのではないだろうか。

私の考えでは、イノベーションは「新結合」というよりは、シンプルに「トレードオフ関係の解消」という考え方の方がしっくりくる。つまり、何かの課題を解決するために別の何かを犠牲にしないということだ。

その例としては、ユニクロのヒートテックがある。オシャレな人には、冬でも「着膨れしたくない。オシャレでスマートに」という願望があるが、実際に薄着をすれば寒い。これを解消したのが、「薄くて暖かい」ヒートテックという商品であった。身の周りの生活シーンの中でひとつの不満が解消された状況を思い浮かべて、それに伴って生じる不満を想像すると、取り組むべきトレードオフ関係が見えてくることがよくある。この解決こそが、誰でもイノベーションを起こせる可能性があると述べている要因である。

前回も述べたが、特に自動車業界の競争は熾烈であり、Google、Uber、ダイソンなどといった、これまで競合ではなかったグローバル企業が自動車業界に参入してきており、電気自動車や自動運転の領域で主権争いが激化している。そうした背景の中で、世界のイノベーション領域の広がりについても考えてみたい。

世界のイノベーション拠点とその広がり

世界有数のイノベーション拠点と言えば、誰もがまず思い浮かぶのはアメリカの西海岸に位置するシリコンバレーであろう。第二次大戦以降は、シリコンバレーが世界を牽引してきたと言っても過言ではない。シリコンバレーは、1939年に同エリアにあるスタンフォード大学出身の技術者がヒューレット・パッカード(HP)を代表するようなエレクトロニクス・コンピューター企業を設立したことから始まり、1968年創業のインテルなど多くの半導体企業とその研究機関の流れが作られた。

1980年代になると、アップルやMicrosoftなどによるPCの時代、2000年代からはFacebookやTwitterに代表されるインターネットを使ったSNSの時代を経て、最近はUberやAirbnbに代表されるシェアリング・エコノミーの時代に移行している。

私もシリコンバレーには何度か行ったことがあるが、ビジネスの現場の空気は活気に溢れ、優秀な人材たちが、「失敗してもいいからチャレンジしよう」「すぐに形にして試す」という風土に支えられているように感じた。

現場のスタッフからは、新しい技術やベンチャーとのコラボレーションを次々と紹介され、既存の自動車技術との新結合をどんどん提案されたのが印象的だった。実体験できるプロトタイプを使ったデモは年に何度も行われ、新しい体験を元に、実現に近づけていくやり方が主流である。シンプルに、人・モノ・金が潤沢にあり、常に新陳代謝を繰り返しているわけだ。そして最近では、このような環境が整うイノベーションの地が世界中に広がってきている。

新イノベーション拠点は、イスラエル、インド・バンガロールにも拡大

最近よく耳にするのは、イスラエルや中国の深圳、インドのバンガロールと言った地域である。イスラエルは、1990年代のソ連崩壊に伴ってロシアからのユダヤ系高級技術者、科学者が移住し、さらに優秀な人材を兵役のタイミングで最先端の研究開発に従事させ、人材育成にも成功している。

軍隊の同窓組織を中心に起業を支えるネットワークが張り巡らされているのもイスラエルの特徴で、セキュリティ関連の技術が世界最先端なのは、このためだ。実はイスラエルは、自動車業界とも関係が深い。中でもエルサレムに拠点を置くモービルアイ社は自動運転の主要機関として有名で、高度な画像認識技術を要する運転支援システムの世界シェアの80%を同社が占めている。

また、今さら説明するまでもないが、中国の深圳は中国有数の経済特区の1つである。経済特区に指定された1980年以降、目覚ましい成長を遂げ、今ではスタートアップに適した世界の都市ランキングで15位にランクイン。これは、中国国内ではトップを誇る。中国経済の中で最も活気のある地域であり、iPhoneの生産地としても有名であり、PC・電気製品を製造する外資系企業が多く進出している。

中国と世界をつなぐ玄関口となる香港に隣接することから、深圳には、電気製品の生産に必要とされる、あらゆるハードウエア部品が集積する。特に、新製品の試作はシリコンバレーすら及ばないスピードで行われており、私も実際に車両製造の試作のために小さな基盤を手配したところ、格安で数週間で日本に届いたのには驚いた。私同様、これまで秋葉原で買ったパーツで基板を自作していた人たちには渡りに船だろう。

最後にインドのバンガロールであるが、ここ10数年でインドIT業界だけではなく世界を牽引する勢いで成長を続けている。バンガロールには、インドのIT業界全体の約3分の1のIT技術者がいると言われており、2020年には200万人規模になり、IT技術者の数ではシリコンバレーの規模を抜くと予測されているほど。また、人材面においても、世界的にも評価の高いインド工科大学(IIT)や米国の大学院を卒業していたり、グローバルIT企業のインド拠点で働いていたりした優秀な人材に溢れており、今後さらなる成長を遂げていくと予想される。

インド南部に位置するバンガロールは、地域全体が高地であり、私の周りでは“インドの軽井沢”と言われている。実際に言ってみると、北部のデリーとは異なり、1年を通して過ごしやすい環境であり、現地の人々とのコミュニケーションも取りやすかった。筆者が知るインド人は、仲間には親切だが、他人には興味がないといった感じだが、バンガロールでは初対面の相手に対してもオープンな印象を受けた。

とは言ってもインド全体でみると、インフラの未整備、貧困、環境汚染、犯罪といった問題が山積みであり、優秀な人材が自国の社会課題を解決するために起業する事例も増えている。このような事例は、北部のデリというよりは、バンガロールを中心にインド南西エリアを中心に広がっている。

このように、イノベーションが起こりうる環境は先進国だけではなく新興国にまで広まっており、さらに競争が激化する時代となっていく。先にも述べたが、チャレンジ精神のある人、すぐにモノを試作できる環境、そして、それらを後押しする支援者がいれば、すぐにイノベーションが起こりうる環境ができ上がる。これは、インドに限らず、タイやベトナム、インドネシアといった東南アジアでも起こっている。海外に出た優秀な人材が母国に帰って起業し、現地にあったイノベーション・アイデアを提案し、富裕層の支援を受けることができれば、既存事業を破壊するイノベーションを起こす可能性は十分にある。具体例としては、インドネシア版Uberとも言われる配車サービスの「Grab」といった現地ベンチャー企業が、バイクタクシーによる都市部の渋滞に悩むユーザーの移動手段を実際に変えつつあることが挙げられる。

このように既存事業の延長だけでは不十分な時代の中で、イノベーションの必要性は強く求められているが、その競合は先進国だけではなく、新興国にまで広がってきている。改めて日本しかできない「新結合」、日本人だからこそ気づく「トレードオフ解消」に目を向けて、スピード感を持って挑戦を続けられる人材が必要であると強く感じている。