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「アホ」を嫌だと思ったのに、いつの間にか自分にも感染している…スタンフォード流「アホ」処世術【ブックレビュー】
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  • 2018.09.03
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「アホ」を嫌だと思ったのに、いつの間にか自分にも感染している…スタンフォード流「アホ」処世術【ブックレビュー】

神保慶政

映画監督

1986年生まれ。東京都出身。上智大学卒業後、秘境専門旅行会社に就職し、 主にチベット文化圏や南アジアを担当。 海外と日本を往復する生活を送った後、映画製作を学び、2013年からフリーランスの映画監督として活動を開始。大阪市からの助成をもとに監督した初長編「僕はもうすぐ十一歳になる。」は2014年に劇場公開され、国内主要都市や海外の映画祭でも好評を得る。また、この映画がきっかけで2014年度第55回日本映画監督協会新人賞にノミネートされる。2016年、第一子の誕生を機に福岡に転居。アジアに活動の幅を広げ、2017年に韓国・釜山でオール韓国語、韓国人スタッフ・キャストで短編『憧れ』を監督。 現在、福岡と出身地の東京二カ所を拠点に、台湾・香港、イラン・シンガポールとの合作長編を準備中。

http://y-jimbo.com/index.html

愚痴る前に、「アホ」の身になって考えてみよう

業種によるかもしれないが、リモートワーカーやノマドワーカーは近年だいぶ一般的になった。職場のあり方は多様なものになりつつある。しかし、オフィスや店舗など、決まった職場への通勤が社会から無くなる日はまだ遠い先のことだろう。

人同士のトラブルが、家族や友人の間と同じぐらい発生しやすいのが職場だ。ロバート・I・サットン『スタンフォードの教授が教える 職場のアホと戦わない技術』(SBクリエイティブ)は、職場における人付き合いの悩みを愚痴って延々と続かせてしまうのではなく、冷静沈着に分析し、解決していく術を読者に教えてくれる。

本書では、題名にも含まれているが、「アホ」という言葉が何度も繰り返される。読み進めながら、書中に何回「アホ」と書かれているか数えようとしたが、あまりに多く繰り返されるので諦めた。原題は「THE ASSHOLE SURVIVAL GUIDE – HOW TO DEAL WITH PEOPLE WHO TREAT YOU LIKE THAT」で、忠実に訳すならば「アホ対策ガイド―あなたをそんな風に扱う人と渡り合う方法」といったところだ。

暴言を吐くヤツ、仲間をいたぶるヤツ、卑劣なヤツ、人をこきおろすヤツ、他人をいじめて楽しむヤツ……。こういうクソみたいなヤツらをひとことで言い表すなら……。
「アホ」。
そうだ、この言葉がふさわしい。(P10)

The Assholeに対して「アホ」という言葉を訳者が選択したのは、とても適切だったように思える。本書の内容はいたってマジメだが、「アホ」というカジュアルな語感のおかげで、「あー、あの人のことか」と、想像できる方が多いはずだ。

勘違いしてほしくないのは、本書は職場の人間関係に悩みがある人にだけ向けて書かれた本ではないということだ。原題に「渡り合う方法」とある通り、コミュニケーション論・交渉術という観点からも読めるし、社会学的に「アホさはどのように形成されるのか」という思索もなされている。愚痴を共感するためだけの本だろうと決して早とちりしないで欲しい。

「アホ」を嫌だと思っていると、いつの間にか自分も「アホ」になる

「職場のアホ」と聞いて誰かの顔が思い浮かんだ場合、どの程度そのアホに悩まされているかチェックするための6つの質問が本書の冒頭に書かれている。

質問1 あなたは職場でゴミ扱いされていると感じているか?
質問2 不愉快な状況はずっと続いているか?
質問3 相手は一時的な「アホ」か、それとも「ホンモノのアホ」か?
質問4 アホは1人だけか、それとも組織全体が病んでいるのか?
質問5 あなたにアホを上回る権力はあるか?
質問6 アホなヤツにどれくらい苦しめられているか?

たくさんあてはまりかなり重症な場合でも、1つか2つで軽症の場合でも、著者が「アホ」に関して知っておかなければいけないと強調する点は、その伝染性だ。

人を罵倒するアホや冷酷な態度をとるアホというのは、悪臭みたいなもので、初めのうちは不快に感じ、いやな気持ちがしていても、いつしか慣れてそのひどさに気がつかなくなる。 (P53)

身近に「アホ」がいることで、まわりの人、挙げ句の果てには自分にまで伝染し、忌み嫌っていた「アホ」に自分自身が成り果ててしまうことを著者は警戒している。「アホさ」は、油断しているとすぐに私たちのもとに忍び寄ってくるのだ。

「アホ」から学べる、後悔のない生き方

そうした事態を防ぐためには、一歩引いて目の前の物事を分析し、俯瞰する能力が大切だという。著者はアメリカの監獄の看守が、囚人とのやりとりの中でどのように心身を保っているかというインタビューを例に挙げている。

「囚人に罵倒されても、それを一歩離れたところから眺めて、自分個人への侮辱とは思わないようにしています。囚人が何か言っても、それは“看守という身近な権力者”を侮辱しているんだと考えるんです。私という人間に向けられているんじゃなくて」(P117)

サンフランシスコに本社があるフィルズコーヒーでは、最上のサービスを前提とした上で、プロフェッショナルの誇りを以って、メンタル面から「アホ」に対処する。

従業員たちはみんな、「最高のおもてなしでお客様を包み込もう」を合言葉に、どんなに態度の悪い客にも気持ちよく接していた。いつでもどんな人にも誠意あふれる対応ができることに誇りを持ち、カッとなるのはプロ意識が足りないからだと考えていた。(P123)

この例のように、「アホ」と呼ばれる人々はどんな社会であってもある程度存在してしまっていて、それは仕方がないことだと受け入れることで、状況を冷静に分析できるのだ。

冒頭にも述べたように、本書は「あんなアホ」や「こんなアホ」を愚痴るための本ではない。「アホ」にならないようにする、そして必ず存在してしまう「アホ」を反面教師として何を学び取ることができるのかという精神論にまで話題は展開されていく。

未来の自分が振り返ったとき、今の自分がやっていることを誇りに思えるかどうかを想像してみるのだ。
これをやると、自分のいいところが伸びて、悪いところは抑えられる。私のお気に入りの方法の1つだ。ある読者が言うように「死ぬまぎわに『もっと意地悪になりたかった』と後悔する人などいない」のだ。(P203)

ここまで筆者自身、そして読者の皆さんが「アホ」ではない前提で書き進めてきたが、ふとした瞬間に私も「アホ」的な行動をしてしまっているかもしれないし、読者の皆さんも「アホ」側の地平に足を踏み入れてしまった瞬間が今まであるかもしれない。交通事故に遭うよりも、「アホ」に遭遇する確率のほうがおそらく高いはずだ。ぜひ一度「アホとは何なのか」、本書でつきつめて考えてみて欲しい。


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