EVENT | 2018/08/15

日本の大企業からイノベーションが生まれなくなった理由はほぼ解明できた|フィラメント代表・角勝

日本の大企業では、イノベーションが起きないと散々言われてひさしい。その対策として、企業の新規事業部が製品やサービスを開発...

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日本の大企業では、イノベーションが起きないと散々言われてひさしい。その対策として、企業の新規事業部が製品やサービスを開発する際、新しい風を取りこむため、オープンイノベーション、つまり外部の人間やアイデアを導入する企業も多くなった。しかし、スムーズに行くことばかりではなく、難航しているという声もよく聞く。株式会社フィラメントは、そんなオープンイノベーションの手法を使い、ハッカソンやアイデアソンなどのイベント企画をはじめ、新規事業創出や人材育成に関する社内制度の設計をサポートしている会社だ。その代表がイノベーションイベントのスペシャリストとして年間で50件を越えるイベントに携わる元大阪市役所勤務の角勝氏である。彼曰く、企業はオープンイノベーションを取り入れる前に、マネジメントする立場の人が、まず社内の雰囲気を変える必要があるという。角氏流のオープンイノベーションの極意を聞いた。

聞き手:米田智彦 文:立石愛香 写真:神保勇揮

角 勝(すみ・まさる)

株式会社フィラメント 代表取締役CEO

1972年生まれ。公務員(大阪市役所)出身で、「大阪イノベーションハブ」の立上げと企画運営を担当。2015年、大阪市を退職し、共創による新規事業開発と組織開発・人材開発を行う株式会社フィラメントを設立。2016年には企業アライアンス型オープンイノベーション拠点The DECKの立上げにも参画し、他のコワーキング・コラボレーションスペースのコンセプトメイキングや活性化にもアドバイザリーを提供している。

安定した職場から脱サラした理由

ーー 角さんは元々、大阪市役所に20年勤めていらっしゃったそうですが、そこでどんなお仕事をされていたのですか?

角:はじめの配属先は、税務課固定資産係というところです。担当区域内に新しい家が建つと、どんな資材を使っているのかなどを見に行って、評価額を決める仕事でした。その次に福祉の部署に異動したのですが、ここは慢性的に業務が繁忙なうえに交渉事など難しい仕事も多く、大変でしたね。その後、市政改革室や都市計画局と次々と異動していく中で、役所内の新規事業提案制度に応募したところ、僕の提案が当時の市長に刺さって、新しい道が拓けたわけです。

ーー その時の提案はどんな内容だったのですか?

角:当時、大阪市は生活保護費の給付額が全国で最も多く、年間予算が約3,000億円にも膨らんでいました。大阪市の市税収入がざっくり6,000億円というと問題の大きさがわかりやすいでしょう。市税収入の半分に当たる額が生活保護費なんですから。しかも生活保護費が反社会的勢力に流れ込む、いわゆる「貧困ビジネス」というものが大きな問題となっていました。貧困ビジネス事業者を告訴する証拠確保のために職員が張り込みみたいなことをやったりしてたんですよ。こうした問題をビジネス的な視点で解決できないかと思い、生活保護費を電子給付するという仕組みを考えました。

いろいろなアイデアを盛り込みましたが、例えばこんなものもあります。生活保護費を給付する際、85%くらいは銀行振込でお渡しするんですが、多くのお金が給付されたタイミングで引き落としされてしまっていたんです。だから同じ日に給付するのをやめようと。1日に渡す人、10日に渡す人、20日に渡す人と分ける。そうするとグロスで見た時にだいたい50億円くらいが常に銀行に預金として貯まっていくので、それをファンドとして運用できる可能性も示しました。何に使ったのかもログも残りますし、商品券などの換金性の高い商品には交換できないような設定も可能になりました。

ーー なるほど。フィンテックの先駆けみたいですね。

角:はい。今だとブロックチェーン使うと思うんですけどね(笑)。このような提案をして、その年は市長に表彰され、フィージビリティチェック(新規事業の下調べ)のフェーズに進みました(後に三井住友銀行を事業者として実証実験を実施)。その翌年には違法駐輪対策のアイデアを出してそれは当時の橋下市長に表彰されて新聞にも載りましたね。違法駐輪自転車そのものを撤去・保管するとコストがかかるのでサドルだけ撤去するってものでした(笑)。

こうして2年連続で表彰されたことをきっかけに、自分の隠された価値というか、今まで気づいていなかった得意なことに気づきました。また、「大阪イノベーションハブ」というオープンイノベーションスペースの立ち上げに関わり、そこで今までにないほどの充実した日々を過ごして、これを一生の仕事にしたいと思い、次の異動が来る前に役所を辞めました。

フィラメントのミッション

フィラメントのHPより

ーー その後、退職して起業に至るわけですが、フィラメントを立ち上げるときのミッションや事業計画についてはどういう思いがあったんですか?

角:当時、役所の中でたくさんのイベントの企画を回していたので、そのまま事業としてやっていけるのではないかと思いました。また、多くの大企業の新規事業部やイノベーション企画担当の方々とのリレーションが構築できていたので、ハッカソンやアイデアソンなどの開発系のイベントをサポートしたり、その後の社内で新規事業を考える際のアイデア出しやコンサルティングを大きな軸として考えていました。ただ事業計画とか採算は正直やってみないとわからないと思っていて、走りながら考えてここまでやってきたという感じです。

ーー フィラメントという社名はどういう意味で付けたんですか?

角:よくぞ聞いてくれました!(笑)。ひとつは「閃き」です。アイデアをどんどん出していくのが好きなので。2つ目は元々の語源はラテン語で「紐」とか「繊維」という意味があって、何かと何かをつなぐもの。3つ目の意味は、3Dプリンタの造形材料もフィラメントというんですよね。熱を加えることによって自由自在に形を変えて、新しいものを世に出していきたいという意味です。この3つの価値を発揮して世の中を少しでも明るくできたらという思いを込めました。これがそのまま、HACK(閃きで改善・改良する)・CONNECT(つなげてつくる)・INNOVATE(新しい価値を生み出す)というフィラメントのミッションになっています。

ーー では、フィラメントの事業の中核はコンサルなんですね。

角:はい。元々はイベントベースでやってきたんですが、それだけでやるとみんなそこで燃え尽きちゃって成果が止まっちゃうんですね。それに、会社の人たちだけでやると淡々とした進め方になるんですよ。なので、イベント単体で受けるのは今は基本的にやっていなくて、事業開発に継続してタッチするようなコンサルティングをやっています。

人間は元々コミュニケーションをする生き物

ーー 数多くのオープンイノベーション関連のイベントにご登壇されている姿を拝見していると、角さん=オープンイノベーションというイメージがあります。

角:僕は「人間の本質とはコミュニケーションだ」と思っているんですよ。コミュニケーションをすることで喜びも苦痛も学びも得ていく。社内の中だけでのコミュニケーションだと固定されたインプットしか発生しないので、コミュニケーションの価値が増えていかないんですよね。でも、多様なバックグラウンドを持つ人たちが集まって和気藹々とコミュニケーションをすると、インプットされる情報も新鮮でバリエーション豊かなものになっていきます。そして必然的に新しい気づきとか学びがどんどん得られていく。オープンイノベーションと言うとややこしいと思われるかもしれませんが、人間ってそういうことをそもそもやりたいはずだし、どんどんやるべきだと思っています。

スタートアップ企業と大企業の歩み寄り方

ーー 今の日本の大企業のオープンイノベーションの問題と解決法はどの辺にあるとお考えですか?

角:ひとつは組織全体で本気で外とつながって何かを生み出そうと思っている会社がまだほとんどないことですね。オープンイノベーションって何か?と聞いたときに、おそらくスタートアップと何かをやることだと答える会社が多いと思うんですよ。それって結局、自社で新規事業を生むことを諦めたということなんですよね。スタートアップとアライアンスを組むか、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)を立ててスタートアップにお金を入れ、ゆくゆくは買収したい、みたいなそういう感じばかりだと思います。

でも、スタートアップは自分たちのやりたいことが元々あって、別に大企業のためにやっているわけじゃないから、一緒にやることのメリットが明確になければやり損ですよね。一方で大企業は自分たちにできないことを求めて、やれシナジーだの何だのって足枷をはめてくる。企業サイドが、「このスタートアップに惚れ込んだからやりたい」という自発的な感じじゃないと上手くいかないんですよ。人間の本質はコミュニケーションなので、互いの現場のコミュニケーションが上手くいってはじめてサイクルが回っていくと思うんですよね。

スタートアップ、フリーランスの人は企業をどんどん使え

ーー では、スタートアップ側は大企業と組む際、どんなところに気をつければいいですか?

角:スタートアップは、大企業と組んでいるからうちは信用がありますよ、とメディア的に使うなど、セールスの部分や実績を作る部分で大企業をどんどん使っていけばいいと思います。利用の仕方を考えた方がいいと思いますね。それに、自社の製品とかサービスをどんどん導入して積極的に買って、使ってもらえるところを探す。イケてるスタートアップだったら売り先をちゃんと選べば伸びていくと思います。

大企業の新規事業開発に重要なのは、経営層を巻き込むこと

角:しかし、やはり、オープンイノベーションをしても、上手くいかないというケースもたくさんある。それは何でかな?と考えたときに、要は新規事業の開発をする時に組織開発もセットでやらないといけないということに答えとして到達したわけです。そのときに経営層を上手く巻き込むことが大事だと思っています。

例えば、電柱をテーマに大規模なアイデアソンを関西電力さんと一緒にやったことがあるんですが、審査員として新規事業部門の副社長と既存事業(この時は電柱を管理している部門)の副社長の2人と、外部からは当時ヤフーの執行役員でいらした村上臣さん(現LinkedIn日本代表。今はフィラメントのCSOでもある)にも来てもらい、外部の知見を入れながら一緒に審査をしました。そうすると副社長お2人は専門外のことだったとしても、この人がこう評価をするんだったら妥当だろうという共感が生まれてくるはずです。そうすると今までは新規事業で決断がしにくかったかもしれないけど、最終的に優秀なアイデアは事業部門の副社長に選んでもらえたんです。

よく新規事業の企画部門から事業部門に移管する時に、事業部門が受け取らない問題が起きるんです。これを僕は「ハンドオーバー問題」と呼んでいます。でも外部の人と一緒に考えて、事業部門の一番偉い人がいいと言っているから、下の人たちはNOとは言えなくなる。これはいい意味での「忖度」が発生するわけです。組織の上の人が肯定的に捉えていると、社内の空気もモチベーションもクリアな状態で、事業をどんどん進めることができるなと思っています。

日本の大企業は意思決定する人がいない

ーー 今の日本の大企業でイノベーションが起きないという課題についての解決策として、角さんは具体的にどう捉えていますか?

角:まったくそうなんですよね。結局リスクが取れないということに尽きると思います。例えば1970年代とかは日本でもバリバリ、イノベーションが起こっていて、エレクトロニクス関係で面白い製品は日本からしか出ないと言われるほどでした。でも、1980年代に日米貿易摩擦があって、日本製が不正に安いと言われて叩かれまくった。その貿易摩擦を解消する管理の手法としてISO(国際標準化機構)が導入されたりして新製品を世に出すプロセスまで規格化してしまった。その結果、何をやるにも多くの「関所」を通らなくてはならなくなった。それまでは社長が「面白い!」と言えばパナソニックでもシャープでも製品化できていたけど、今は新しいものを生むための関所が多すぎる。ハードルがどんどん高くなってしまいました。

ーー そんなことをしていたら新しいものなんて生まれっこないですよね。

角:そうなんですよ。フィラメントで最近開催したQUM(クム)カンファレンスというイベントで村上臣さんが言ってらしたんですけど、日本企業の意思決定は時間を消費して時間がなくなったから、雰囲気的に誰も反対していないこれに決めましょうという、「時間の消費と会議の雰囲気」であって、誰も意思決定していない場合が多いと。意思決定できる人が組織の中に存在していない状態なんですね。

ーー それから企業の中で残っているのは、イノベーティブな人材というより政治力に長けた人ですよね。

角:はい。今組織の上にいる人の多くは、既存の事業の中で生産効率を上げ、歩留まりをよくして、コスト改善をした人が評価されてきた人なんですよ。新たな事業を自分で始めた経験がない方がほとんど。だから、新しいことをやるためのDNAがあるというか、イノベーションを起こす人が、そもそも上に上がっていないわけですよね。下の人たちは新しいものを生み出そうと思っていると思うけど、その声は出世のプロセスがそもそも違うから上に上がっていかないというわけです。

仕事中にインターネットを見る人を批判していたら、置いてかれてしまう

角:さらに1990年代以降はインターネットが普及したことによって、世界のスピードが倍速になる時代になりました。そうなった時に日本は取り残される感がありますよね。だって仕事中にインターネットを見ちゃいけない会社がいっぱいあるわけですよ。会社のパソコンではアクセス制限があって他社のページは見ちゃいけないとかね。そんなのでどうやってリサーチするのっていう。未だに図書館でものを調べるのか?って話ですよね。

ーー 総じて日本の大企業は頭が硬いってことですよね。

角:そうなんです。意思決定のプロセスがどんどん硬くなっていって、それに慣れて、たくさんあるルールに忖度するじゃないですか。そうするとルールとしてはないんだけどやっちゃいけない雰囲気の中、みんな見えない鎖に縛られているんだろうなって思うんです。

その一方でオープンイノベーションをやっている人たちはそういうのをわかってやっているので、見えない鎖は見えないふりをしている(笑)。そういう人が割と大きな企業の中でも最近は出てきています。

忖度していちゃいけない

ーー それでは、角さんが立ち会った現場の中で一番成功したオープンイノベーションの実例を挙げていただけますか?

角:NTT西日本の取組みは成功しつつある感じがします。スタートアップ側は田町にあるキャスタリアという教育系のベンチャーです。同じように教育のことをやりたいというNTT西日本の若手がマッチして。何回も実証実験されたりしていますね。

NTT西日本の体制自体が自由にさせる感じなんですよ。オープンイノベーション室のようなところの隊長が中村正敏さんという方なんですけど、全然忖度していないどころか、組織の雰囲気を自ら作りにいったりしているくらいです。上の人たちもそれを理解しているし、彼の下の若手には完全に自由にやらせている。どこに行くのも報告は要らん、見てるから大丈夫、という勢いでやらせていて、そこは元電電公社とは思えない…というと失礼かもしれないですが、役所的でないチャレンジ精神や、はつらつさなどがあります。

オープンイノベーションをやる前にすべきこと

ーー 一方でサラリーマンの中には、新しいことは別にやりたくないし、今まで通りのやり方でちょっと生産性を上げることができればいいという考え方の人も多いと思うんです。そこを変えるためにマネジメントする側は、どうすればいいのでしょうか?

角:それは僕も散々自問自答したところです。そもそも企業とは、社会に対して価値を提供するためのプロジェクト、あるいはプロジェクトにアサインさせるための人材だったり資金だったりが会社だったわけですよね。同じことを繰り返し実施するのが企業の本質なわけです。でも、環境が変わっていくと同じことをやっても価値というのが減っていく可能性があって、今まで出ていた儲けが出なくなるわけです。なので、本当にいい企業というのは基幹ビジネスの部分を次の弾、次の弾とリロードしていく。これを経営者というのは本来考えなきゃいけないんですね。しかし、ここをあまり考えてないというのが今の状態なわけです。

まずは、社員のモチベーションを意図的に高めていくということを今はやらなきゃいけない時期なんですよね。それができていないということがあってオープンイノベーションが注目されているんだと思います。

全員が全員新規事業をやるとなったら、それはバランスが悪くなりますよ。なので本当にやりたい人を集めて、その人たちをモチベートしてアクセラレートして最初の儲けがないときをどう乗り越えさせるのか。そこに必要なのは学びの蓄積を評価する評価システムなんですよね。そういうのがないから、みんなここで学ぼうと思わずにとりあえず売上を作ろうとする。本当は5歩先くらいを目標にしなくちゃいけないところを、0歩目の目標にするわけですよ。筋トレで体を作る前にいきなり走りを求められて、ひ弱だから倒れて病んだり、転職してしまうのが今の状態ですよね。だから自分の組織や社員のフェーズみたいなものをちゃんと考えて目標設定していき、分けて評価もしていくということが必要だと思います。

人事評価の仕組みを再検討する必要がある

ーー そういった点をまずは経営層が考えていなくちゃいけないということじゃないでしょうか。

角:いや、たぶん経営層は考えているんだけど、そのメッセージの発信の仕方が弱いですよね。結局組織の中で一番強いメッセージは人事評価の仕組みを変えることなんですよね。でも、人事評価を変えるとなったときに、本業の部分が王道なのでそっちの売り上げを評価していて、2階建てのシステムをどうつくるのかとか、公平性が担保できるのかとか考え出すと二の足を踏むわけですよ。

オープンイノベーションってどんどんやっていくべきだし良いことなんだけど、今は本体をいじれないことの逃げ口上みたいになっていることが多くて、本来のその言葉が有している価値が毀損されるという感じがしていますね。

会社規模から社会規模へ。起爆剤のような組織になりたい

ーー では、中長期的にフィラメントがやりたいことを教えてください。

角:Society Reframe Engine(ソサエティ・リフレーム・エンジン)という言葉を企業理念として掲げています。今の社会は組織構造とか社会構造みたいなものが非常にアップデートされづらい感じです。それをどんどんリフレームしていくための起爆剤みたいなことをできる組織になりたいと思っています。社会全体の広いソサエティだとすごく難しいけど、会社規模のスモール・ソサエティだったら社長を引っ張り出してポジティブな空気を作るところをきっかけにして少しずつ変えることができたりもすると思うんです。それが社内に新規事業のアクセラレーションプログラムを作るとか、会社同士を組み合わせてアクセラレーションプログラムを作るとか、社会からオープンに募っていくとか、そういうものをイベント単位ではなくて恒常的に回して、アップデートをしていく仕掛けを作っていきたいと思います。

関連記事:米国から見る「モノづくりニッポン」が生き残る道とは?|関信浩(FabFoundry)
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株式会社フィラメント