LIFE STYLE | 2022/03/25

「超格差社会アメリカ」に移民が怒らないワケ。生まれ変わり続けるアメリカンドリーム

トニー・ロビンズのイベントで講演するデイヴィッド(筆者の夫)と、セルフィーに入りたくてステージに上ってきたファンたち
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トニー・ロビンズのイベントで講演するデイヴィッド(筆者の夫)と、セルフィーに入りたくてステージに上ってきたファンたち

本記事は、渡辺由佳里さんが3月に出版した新刊『アメリカはいつも夢見ている』(KKベストセラーズ)に収録された書き下ろしエッセイ「生まれ変わり続けるアメリカン・ドリーム」を転載したものです。

すでに複数の刊行記念トークも実施ないし予定されており、いずれもオンラインで視聴可能です。ぜひこちらもご覧ください。

渡辺由佳里さんに聞く『アメリカはいつも夢見ている』
※視聴にはオンラインコミュニティ「デジタル・ケイブ」の有料会員登録が必要
https://www.digitalcave.co.jp/news/20220203/904/

渋谷のラジオ「渋谷の柳瀬博一研究室」
2022年3月23日(水)10:00-10:55放送(アーカイブを無料で聴けます)
https://note.com/shiburadi/n/n36e19abdcf30?magazine_key=m61c77892aeb6

本屋 B&B 有料配信イベント
渡辺由佳里×治部れんげ「男女のジェンダー意識の差はどうすれば埋まるのか?」
『アメリカはいつも夢見ている』(ベストセラーズ)刊行記念
4月8日(金)
19:30~21:30 (19:00オンライン開場)
※1カ月の見逃し配信あり
■配信参加 1,650yen(税込)
■配信参加+書籍(『アメリカはいつも夢見ている』)1,650yen+1,980yen(税込)
■配信参加+書籍(『「男女格差後進国」の衝撃』)1,650yen+880yen(税込)
https://bookandbeer.com/event/20220408_ay/

また、渡辺由佳里さんのFINDERSでの連載「幻想と創造の大国、アメリカ」もぜひご覧ください。

なぜアメリカの移民たちは経済格差に怒らないのか?

「フォーブス」誌によると2020年の「世界の富豪」リストの1位はジェフ・ベゾスで、ビル・ゲイツは2位の地位を維持した。3位はフランスの富豪ベルナール・アルノー一家で、ウォーレン・バフェットは4位に下がった。2021年3月13日の「リアルタイム・ビリオネアズ・リスト」のトップ10は、ベゾス(米)、イーロン・マスク(米)、アルノー(仏)、ゲイツ(米)、バフェット(米)マーク・ザッカーバーグ(米)、ラリー・エリソン(米)、ラリー・ペイジ(米)、セルゲイ・ブリン(米)、ムケシュ・アンバニ(印)であり、アメリカ人が8人を占めている。

彼らに代表されるスーパーリッチが増えている一方で、アメリカの一般人の給料はさほど上がっていない。2018年時点での1家族あたりの平均世帯所得は630万円程度だ。それなのに大学の学費は上がり続けている。

2020年のハーバード大学の学費は4800ドル(約500万円)だが、寮費と教科書代などのコストを加えると1年に約800万円かかる。ハーバード大学があるマサチューセッツ州では、私たち夫婦のような自営業は医療保険量として月額23万円ほど払わなければならない。日本の国民健康保険とは異なり、収入によって保険料は変わらない。すでに高額な保険料なのに毎年さらに上がるので医療保険に加入していない「無保険者」もかなりいる。

高額の学費を払って良い大学に行っても、学費ローンを返済できる高収入の職に就ける保証はない。たとえば優良企業で良い仕事に就いても、ミドルクラスの者は失業や病気で簡単に貧困層に転げ落ちてしまう。アメリカでミドルクラスが消えて貧困層に属する国民が増えているのには、こういったシビアな背景がある。

経済格差社会が平穏に継続するのは不可能なので、特にリベラルの政治家たちが医療保険の改革や大学の学費ローン責務免除などの改善策を提案してきた。ジョー・バイデン大統領が選挙の公約にしてきた富裕層や企業への増税もそのひとつだ。選挙中の現場取材でも、多くのアメリカ人が経済格差社会への怒りを語っていた。

だが、その一方で、収入が多い仕事に就いていないのに富裕層への増税に反対する人がかなりいることにも気づいた。彼らの多くは社会主義国の祖国を見捨てた中南米や東欧からの移民だった。彼らはミドルクラスや貧困層のアメリカ人よりも「アメリカンドリーム」を実現したスーパーリッチに共感し、自分か自分の子どもがいつかそこにたどり着くと信じているようだった。

彼らは愚かなのではない。前述の世界の富豪リストを見ると、トップ10に入っているアメリカ人にはリッチな親から資産を受け継いだ「オールドマネー」はいない。ゲイツ、バフェット、ザッカーバーグ、ペイジの親は高等教育を受けているが富豪ではなくミドルクラスだ。ベゾスを産んだ母は17歳の高校生で、彼を育てた義理の父はキューバからの移民だった。エリソンは生後数ヶ月でシングルマザーの母に見捨てられ、母の叔母と叔父に育てられた。マスクは南アフリカ出身で、ブリンはソビエト連邦時代のモスクワで生まれた移民だ。アメリカのスーパーリッチが自分で富を築き上げたのに比べて、フランス人のアルノーとインド人のアンバニは裕福な親の仕事を受け継いだのがスタート地点だった。

「世界一のカリスマ人生コーチ」の講演内容とは?

私が出会った移民がスーパーリッチに共感するのは、こういう部分だ。移民であっても、シングルマザーの子どもであっても、オールドマネーに勝てる。その可能性があるアメリカ人と、その「アメリカンドリーム」を信じているのだ。

2015年に初めて参加したトニー・ロビンズ(日本ではアンソニー・ロビンズと呼ばれている)のイベントでそれを強烈に感じた。

ロビンズは、ビル・クリントン元大統領、投資家のジョージ・ソロス、テニス選手のアンドレ・アガシ、セリーナ・ウィリアムズなど数多くの有名人をアドバイスしてきた人物であり、「世界一のカリスマ人生コーチ」と呼ばれている。貧しい家庭の出身で大学教育は受けていないのだが、17歳からの2年間に人生哲学や心理学に関する本を約700冊読み、講演やセミナーに参加して自分なりの人生哲学を作り上げた。まったくの無名から独自のライブセミナーでファンベースを広め、フォーブス誌が『セレブ100人』に選ぶほどの大成功を収めたという類まれな人物だ。親から援助を受けずに自力で成功したロビンズは、アメリカ人が尊敬し、英雄視する「セルフドメインマン」の典型ともいえる。新刊が出るたびにベストセラーになる著作は、日本でも『一瞬で自分を変える法』(三笠書房)などが邦訳されている。

ロビンズを有名にしたのは、「UPW(Unleash the Power Within)」というセミナーだ。それぞれの人が内側に持っている成功と幸せを得るために必要なパワーを引き出すというもので、『一瞬で自分を変える法』に書かれていることがベースになっている。このセミナーを受講してロビンズの信念に惹かれた人が、引き続きビジネス、愛情関係、人生と貯蓄などの特別なテーマのセミナーに参加する。ビジネスを成功させたい人や、人生で挫折している人、進む道を迷っている人などが多く、参加費は決して安くないので、このために貯金をしたという人もかなりいる。

私の夫のデイヴィッドは、ロビンズからの依頼で2014年から彼のビジネスセミナー「ビジネス・マスタリー」のレギュラー講演者となった。その関係で、「あなたもUPWをぜひ体験してみてください」と2015年3月に夫婦一緒に招待された。

3月にニュージャージー州で開催されたUPWの初日は交通がストップするほどの大雪になった。それにもかかわらず会場は満員で、7000人の熱気が充満していた。

私たちの席はステージ脇の招待者専用コーナーに用意されており、アクティビティでパートナーになったのはアメリカ最大級のファミリーレストランの創業者夫婦だった。イベントが始まったときには私の左側にある席がまだ2つ空いていたのだが、会場が暗くなってから警備担当者が連れてきたカップルを見て驚いた。ヒュー・ジャックマン夫妻なのだ。周囲の人たちも静かに驚いていたようだが、ジロジロ見つめるようなことはしなかった。

舞台に現れたロビンズは2メートルを超える巨人だった。スポットライトに照らされた彼は、オーラに取り囲まれているような存在感がある。

「仕事でも愛情でも、すべてに劣悪、まあまあ、優秀、と多様なレベルがある。君たちにはずっと夢見てきた高いレベルがあるはずだ。夢のようだが、それは実際に存在する。けれども、あらゆることを試みたのにうまくいかない。努力しているのに、何度も、何度も壁にぶち当たる。そんなとき、頭の中で『どうせ、できっこないさ』というささやき声が聞こえてくるんじゃないか?」

ロビンズが語りかけると、それまでざわついていた7000人の観客は息をひそめて次の言葉を待つ。

「もがいている現在の位置から達成まで100万マイルもの距離があるように感じるはずだ。けれども、事実はそうじゃない。ふつうは、そこから勝利までにたった2ミリメートルしか離れていないんだ」

優しく語りかけていたロビンズの声はボリュームがしだいに上がり、舞台を動き回るペースが早くなる。コートを着ないと凍えそうなほど寒い会場なのに、黒い半袖Tシャツ姿の巨人の顔には汗の粒が光り始める。

「エクセレントからたった2ミリメートルしか離れていないこのレベルのことを何と言うか知っているかい?」

7000人が、熱に浮かされたように10分前にロビンズから教わった言葉を繰り返す。

「それはアウトスタンディングだ!」

ロビンズは観衆を見渡し、ふたたび畳み掛けるように尋ねる。

「2ミリしか離れていないこのレベルは何と呼ぶんだい?」

観客はさっきよりも大きな声で叫ぶ。

「アウトスタンディング!」

「たった2ミリしか離れていないのに、エクセレントなレベルの多くの人がそこで諦めてしまう。だが、ここに集まった誰もがアウトスタンディングのレベルになれる」

観客はロビンズの動きを目で追い、言葉のすべてを拾おうとする。会場の前から7000人を振り返って見ると、まるで催眠術にかかっているような不思議な後継だ。

「この理想的な心理状態に自分を持って行くよう繰り返し練習するんだ。筋肉のように使えば使うほど鍛えられる。毎日この状態に保つんだ。イエスかノーか? セイ・イエス!」

「イエス!」

拳を振り上げて観客が答えると、立て続けにロビンズが要求する。

「セイ・イエス!」

「イエス!」

会場が盛り上がってきたところで、ビートが効いたロックミュージックが流れる。それに合わせてみんな飛び上がり、ロビンズに促されるまま大きな叫び声を上げ、力いっぱい踊るのだ。

トニー・ロビンズのイベントはまさにロックコンサートのような熱気に包まれている

私から2席離れた場所にいるヒュー・ジャックマンを横目で見ると、拳を振り上げて「イエス!」と叫び、ちゃんと踊っているではないか。郷に入れば郷に従え、である。私も恥ずかしがらずに思い切り踊ることにした。

ロビンズのUPWセミナーは、「セミナー」という名称から想像するような典型的なものではない。普通の講座のように区切られておらず、朝から深夜(ときには深夜過ぎ)までぶっ通しで休憩ではない。初日と3日目はロビンズが単独で一日中講演する。

参加する前から「休憩はないよ」と忠告されていたのだが、食事休憩どころかトイレ休憩もないのには驚いた。自分でおやつを持って行くか、講演の途中で抜けて会場のロビーでスープやスナックを買い、席に戻って食べるしかないのだ。一度だけ空腹に負けてスープを買ってきたのだが、日本で生まれ育った私には人の話を聞きながら食べ物を食べるのは抵抗がある。なかなか食べられなかったので、翌日からはプロテインバーをそっとかじった。周囲の人を見ると、ダンスの時間をトイレ休憩にしているようだ。

座って聴いているだけだと集中力が落ちることがわかっているので、ロビンズは会場のエネルギーが落ちてきたのを察知したら、大音響で音楽を流し、観客を立ち上がらせて踊らせる。また、周囲の人とマッサージを交わしたり、10人くらいとハイタッチやハグを交わしたりするアクティビティもある。これを繰り返していくうちに、最初は疲れた顔をしていた人が元気な笑顔になり、冷淡で距離を保っているように思えた人がフレンドリーになっていくのだから、不思議なものだ。私も「アクティビティ」という言い訳でジャックマンとハイタッチさせていただいた。

このようにして4日間睡眠不足で肉体を酷使させるのは、それぞれが持つ抵抗を崩壊させて一気に変わらせるためのテクニックでもあり、アメリカの軍隊が使う方法に似ている。観客側の私ですら疲れて何も考えられなくなっていたのに、ロビンズは一日中単独で講演を続けるのだ。その超人的な気力と体力にも彼のカリスマ性を強く感じた。

ロビンズのUPWセミナーの名物は、真っ赤に焼けた炭の上を歩く「ファイアーウォーク」、つまり「火渡り」である。達成や幸せを妨げている「恐怖」に真っ向から立ち向かって乗り越えることのメタファーなのだそうだ。

私は「成功」には興味がないし、怖がりなので、参加前には「火渡りなんか絶対にしない」と宣言していた。だが、火渡りイベントの寸前にロビンズが私たち夫婦を含む少人数だけをステージ裏に招待して会場に先導してくれたので、逃げられなくなってしまった。

参加者たちの羨望の眼差しに晒されながらロビンズに耳元で「芝生の上に立って。セイ・イエス!」とささやかれた私はすっかり舞い上がってしまい、怖がっていたことを忘れてしまった。気づいたら、すでに真っ赤な炭の上を歩き終わっていた。私とは異なり、ファイアーウォークをした人の多くは「マインドセットさえ変えれば、なんでもできる」という実感を得たようだ。「ちょっと水ぶくれできちゃったけれどね」と言いながらも嬉しそうにしていたのは、「挑戦するときにはこの程度の失敗は起こる。でも、想像したほど怖いことではなかった」という体験が自身に繋がったからだろう。

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