CULTURE | 2021/05/01

全世界驚愕「バイデンの富裕層増税」日本に中間層の復活を目指すビッグウェーブを取り入れるために必要なこと

【連載】あたらしい意識高い系をはじめよう(17)

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バイデン大統領が4月29日(日本時間)に行った施政方針演説の

ウォール街ではなく、中間層がこの国を作ったのだ

というフレーズは、世界的にもなかなか好意的に受け止められているように思います。

富裕層をもっと豊かにすればその恩恵は「滴り落ちる」ように広い範囲に行き渡るという発想=“トリクルダウン”は決して起きなかった。下から、中間層からの経済発展を模索するべき時だ

上はバイデン大統領のツイートの意訳ですが、現役アメリカ大統領が発言するというのはほとんど“歴史の転換点”と言ってもいいぐらいの現象だと感じます。

その具体策としては、日経新聞の「富裕層増税10年で160兆円、米政権 格差是正へ新構想」という記事がよくまとめてくれていますが、 

・法人税率アップ・アメリカに本社のある多国籍企業の海外収益への課税強化

・大企業の会計上の利益に最低でも15%の「ミニマム税」を課す

・富裕層への個人所得税率およびキャピタルゲイン課税税率アップ

・富裕層や企業への税務調査の徹底

など、「豊かな層」から取ることで4兆ドルもの税収増を実現し、その財源を元に中間層の子育て世代の支援や、巨額のインフラ投資などを行っていくようです。

この「富裕層増税プランと中間層重視の政策」は、昨年の選挙前ぐらいからバイデン支持者の中で色々と政策案が語られているのをSNSで散見していたのですが、いわゆる「最も左のサンダース主義」とはある程度距離を起きながら、現実的なラインで「中間層重視」を打ち出すところまでたどり着いたバイデン大統領の手腕はなかなか見事なのではないでしょうか。

選挙前に、「最高に理想的な予測」として囁かれていた、

「議会経験が豊富なバイデンなら、右の過激派(トランプ派)とも左の過激派(サンダース派)とも適切な距離を置きつつ、対中国で必要なレベルの強硬策と、対国内で必要なレベルの格差是正策を実現していくということができるのではないか?」

といった方向性が、ある程度は具体化できてきていると言えるかもしれません。

もちろん、この案がそのまま通せるかどうかは依然不透明な状況ではありますが、とにかく「80年代のレーガン政権時代から続いてきた“個”のみを重視するネオリベ(市場原理主義)路線」が、大きな転換期を迎えていることは間違いないでしょう。

こうした政策が「どの程度成功するか」は現時点で不透明ながら、今後世界的な「流行」が逆流していく事は十分に予想され、その流行を日本でも取り入れられる未来が来ることはほぼ間違いありません。

今回の記事では、突然出てきたようにも見える「バイデン演説」の背後にある考え方の変化や、歴史的背景、そしてこの流れを日本でも取り入れていくには何を考えるべきか?について考えてみます。

倉本圭造

経営コンサルタント・経済思想家

1978年神戸市生まれ。兵庫県立神戸高校、京都大学経済学部卒業後、マッキンゼー入社。国内大企業や日本政府、国際的外資企業等のプロジェクトにおいて「グローバリズム的思考法」と「日本社会の現実」との大きな矛盾に直面することで、両者を相乗効果的関係に持ち込む『新しい経済思想』の必要性を痛感、その探求を単身スタートさせる。まずは「今を生きる日本人の全体像」を過不足なく体験として知るため、いわゆる「ブラック企業」や肉体労働現場、時にはカルト宗教団体やホストクラブにまで潜入して働くフィールドワークを実行後、船井総研を経て独立。企業単位のコンサルティングプロジェクトのかたわら、「個人の人生戦略コンサルティング」の中で、当初は誰もに不可能と言われたエコ系技術新事業創成や、ニートの社会再参加、元小学校教員がはじめた塾がキャンセル待ちが続出する大盛況となるなど、幅広い「個人の奥底からの変革」を支援。アマゾンKDPより「みんなで豊かになる社会はどうすれば実現するのか?」、星海社新書より『21世紀の薩長同盟を結べ』、晶文社より『日本がアメリカに勝つ方法』発売中。

1:アメリカの主流派経済学に対抗するフランス人学者たちがトレンドを作った

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今回バイデンが打ち出した政策は、ほんの数年前ぐらいまでの「アメリカの普通の経済学者の見解」からするとかなり違和感があるというか、なかなか発想しづらいものが含まれていると思います。

特に、エマニュエル・サエズというスペイン生まれのフランス人経済学者が書いた本『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』などが生んだ「新しい流れ」が反映されている事は間違いないようです。

昨年の大統領選挙あたりから、「最も左のサンダース派」までは振り切れない中庸的なアメリカ民主党支持者が、議論の中でどういう未来像を描いているのか、SNSで時々観察していたのですが、この本自体を挙げるのでないにしろ、この「サエズ路線」的な方向性を思い描いていることが多いようでした。

この本で提案されている方向性は、今回のバイデンの政策よりもさらにもっと踏み込んだものも含まれていますが、逆に言えばバイデンの政策はほとんどこの本に書かれていると言っていいように思います。

本の中では、「アメリカ人の主流派経済学者はこうは考えないだろうが、私の研究では…」的な表現が随所にあって、この本が書かれた当時(英語版の出版が2019年なのでおそらく執筆はもう少し前)は、「アメリカでは明らかに異端」だった考え方が、徐々にメインストリームに躍り出てくる流れがあったと考えられます。

このサエズ氏は、あの「r>g」のトマ・ピケティの共同研究者としても有名らしく、世界におけるこの分野におけるフランス人研究者の志向が、過去40年近く世界を席巻した「アメリカ型の市場原理主義」を置き換えつつある流れがあると言えるかもしれません。

2:40年続いた「ネオリベ的税制」の揺り戻しが遂に訪れる

サエズ氏の『つくられた格差』を読んでいて印象的だったのは、アメリカにとって80年代のレーガン政権の政策が持った意味がいかに大きかったか…という点です。

たとえば、86年の税制改革によって、超高額所得に関して90%を超える税率を適用してきたアメリカが、その税率を28%にまで下げることになった…というような「そこから40年弱の間続いたネオリベ的政策」が具体化していった転換点だからです。

サエズ氏はこう書いています。

現在ではこの法案は、格差を拡大する大きな要因になったと広く認識されているが、その作成に関わった人はみな、いまだにこの改革を肯定的にとらえている。

このように、サエズ氏の議論は仮想敵として「アメリカの主流派経済学者」が毎回出てきて、その「過去30年間のアメリカの主流派経済学」との論戦の形式を通じて、

・資本課税と労働課税のどちらが望ましいのか

・多国籍企業への法人税を上げると国外に逃げ出してしまう説は本当なのか

・富裕層の租税回避を止める方法はないというのは本当か

といった細かい論点を具体的に解きほぐしていく本になっています。

サエズ氏の本を読んでいて印象的なのは、「できるだけイデオロギー的にならないように具体的な議論をする」スタイルです。

現行の資本主義が行き過ぎた問題を抱えていて何らかの是正が必要だとして、それが結局「マルクスの亡霊」というか、人間社会の運営上どうしても必要な資本主義的ダイナミズムをも殺してしまうような提案しかなかったら、人間社会は「20世紀を通して行われた巨大な実験」の教訓ゆえにそちらに戻っていくわけにはいかない事情があるわけですね。

しかし、「多国籍企業への法人税を、国際協調の枠組みの中で無理なく上げていく仕組みの提案」といった具体的な話が積み上げられていけば、先日、アメリカ財務長官のイエレン氏が実際にG20会合で取り上げたというニュースにもつながってくる。

4月6日の日経記事「「法人税の国際最低税率導入を」 米財務長官演説」にはこう書かれています。

イエレン米財務長官は5日の演説で「主要20カ国(G20)と法人税のグローバルな最低税率導入で合意すべく協議している」と述べた。7日に予定されているG20財務相・中央銀行総裁会議を前に法人税に関する国際協調を呼びかけた。

バイデンの提案が今回どこまで実現するかは未知数です。

「レーガンから始まる40年」の間も、レーガンがあまりにやりすぎて課税逃れが増えすぎた事で是正されるなど、「三歩進んで二歩下がる」的な押し合いへし合いの中で、過去40年間を見れば明らかに

「法人税下げ・富裕層減税・中間層や底辺層への増税・資本課税よりも労働課税を重視・色々な課税逃れの結果的な黙認」…といった「ネオリベパッケージ」が実現していった流れがあった

と言えます。

だからこそ、逆に「バイデンが今回やりすぎたことでまた次期大統領が巻き戻す部分はある」としても、大きな流れとしては、

「法人税上げ・富裕層増税・中間層や底辺層への減税(あるいは少なくとも据え置き)・労働課税よりも資本課税を重視・色々な課税逃れへの監視を厳しくする」といった、「フランス人経済学者の考える社会的公正路線」への転換が巻き戻せない流れとして生まれつつあることは間違いない

ように思われます。

3:富裕層や多国籍企業への増税は「やる気の問題」である

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変な言い方ですが、サエズ氏の本を読んでいて印象的だったのは、「富裕層や多国籍企業にちゃんと税金を課す」のは、「やる気の問題」であるということです。

「レーガン時代」以前までは、アメリカは累進税率もかなり高く、法人税も高い国と言われていて、特にそれが問題だと捉えられてもいなかった。

しかし、レーガン時代あたりから「税金は個人の財産権への泥棒だ」といったような理解が広まり、課税逃れを実際にする人が「先に」増えることで、後付け理論で税制がネオリベ的に転換してきたのだ…という分析が面白かったです。

そして、じゃあ80年代までアメリカが「富裕層や多国籍企業に厳しい態度」を取れていたのはなぜかというと、それは「戦争の記憶」、具体的に言えばフランクリン・ルーズベルト大統領の記憶…といったものであるようです。

戦前においても、「課税逃れを目指す富裕層と連邦政府との争い」は常にあったんだけれども、戦時中のルーズベルト大統領がかなり真剣に「そういう考え方は悪だ」と言ってまわり、具体的な規制を次々と打ち出し、実際に摘発もしていったことで、「富裕層や多国籍企業が高い税率を払うのは当然だ」という風潮はギリギリ維持できていた。

しかし、第二次世界大戦の記憶=ルーズベルト的価値観が薄れてくると、ちゃんと「富裕層への課税に対する多くの人の共感」を得られなくなってくるわけですね。

そうすると、実際に課税逃れも増えるし、理論的裏付けを唱える経済学者や政治家に働きかけるロビイストたちが現れることで政策が転換されていった。

日本においても、アメリカ型格差社会に近かった戦前から、戦争中の「国家総動員体制」を経ることで、「日本型雇用モデル」を中心とする昭和の「一億総中流」的社会が実現した…という指摘はよくされていますよね。

ライターの赤木智弘氏が「「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。」という論考を2007年に発表して当時話題になっていましたが、

「現代の個人主義的文明社会が果てしなく社会を“個人”だけにバラバラにしていくと、富裕層への課税といった政策課題への合意すら本能レベルで雲散霧消してしまい、結局そういう社会の存続すら危うくなってしまうのだ」

という人間社会の真実とぶち当たっているのかもしれません。

バイデンの演説はかなりルーズベルトを意識しているという話があります。

単なる「議論」を超えて実際に「国家」を動かすには、トランプ派を黙らせるだけの「愛国心のコア」として、民主党側の象徴的記憶としてのルーズベルト的なものが必要だということなのかもしれません。

そして、「米中冷戦」「対コロナ戦争」を強調することで初めて、「富裕層や多国籍企業」への増税を正当化し、「アメリカは再び動き出した!」と宣言することができつつある。

最近日本でも話題になっているマイケル・サンデルの新刊『能力主義は正義か』では、

「アメリカの有名大学を中心とするエリート主義が、無意識に“普通の人”を見下していることがトランプ的ポピュリストの反撃につながったのであり、そういう能力主義とは隔絶した“国民にとっての共通善”という概念を取り戻すべきだ」

という議論がなされていますが、こういうのも同じ「時代の気分」として今後立ち上がってきているものなのだと思います。

先程、「アメリカ型の経済学」を転換する役割を果たしているのはフランス人が多いという話をしました。

サンデルはアメリカ人ですが、若い頃英国留学経験もありますし、そもそも専門分野が「欧州的な政治哲学」なのは明らかです。

これは、「アメリカ型の何でも政治争点化して果てしなく糾弾しまくる傾向」への反発をフランス人インテリが表明しつつある流れや、おりしも欧州サッカーの「スーパーリーグ」といういかにもネオリベ的な改革が「草の根サッカーファンの反発」で頓挫しつつあるように、「個人だけが存在する」世界観への大きな転換期に、今の世界はあるわけですね。

その「欧州型共同体思想」だけでは単なる「インテリの内輪の話」ですが、それに ・アメリカにおけるフランクリン・ルーズベルトの思い出 ・欧州サッカーにおける、有名ビッグクラブだけでない比較的無名なローカルチームへの狂気レベルの地元の思い入れ といった「ナショナルなもの」を共鳴させることで、本当に具体的な「格差是正策」を動かしていくことが可能になるのだと言えるでしょう。

日本においても、「ネオリベ路線を拒否する共同体主義的理想」を「受肉」させるヨリシロとしての、「フランクリン・ルーズベルト」や「欧州サッカーのローカルチームへの狂気レベルの思い入れ」的なものを用意できるかどうか?それがこれからの課題でしょう。

そういう意味で考えたい余談なのですが、先ほど紹介したサンデル『能力主義は正義か』の感想で「アンチリベラル派のネット論壇の面々が言ってきたことと近い」という意見がいくつも見られたことが非常に興味深かったです。

それが何かをざっくり言えば、いわゆる「ポリコレ運動」が、アメリカにおいて「大卒でない白人男性」に対してあまりに攻撃的な態度に出過ぎることは問題だよね…といった話がサンデル本には書かれているんですが、日本における「立憲民主党がポリコレ的理想ばっかり掲げて、最大多数を占める無党派の『まずはこの不景気をなんとかしてくれ』という切実な願いの実現を二の次にしている(ように見える)から、いつまで経っても支持されず自民党に勝てないんだ」という批判を「トランプ支持者が増えた理由」と重ね合わせているということです。

とはいえトランプや自民党を支持しないリベラル派からすれば、「国会議事堂を暴力で占拠するトランプ派や、公文書を改ざんする自民党政権の方がよっぽど酷いことをしてるじゃないか!」と反論したくなると思います。

ただ「中間層の復活」路線を単にインテリのオシャベリに終わらせるのではなく、「フランクリン・ルーズベルト的紐帯の中心」に昇華させるためにこそ、「大卒でない白人男性」的な存在にも納得してもらえる姿勢や方法論を打ち出す、つまり「批判を受けて立つ」必要はあるんじゃないかと私は考えています。

その話については「サンデル新刊「能力主義は正義か」と日本のネット論壇が描く新しい未来像」というnote記事でたっぷり書きましたので、興味のある方はお読みいだければと思います。

4:アメリカ人が団結する「ルーズベルト的理想」を日本でどう用意するか?

日本でも、今後この大きな世界的流行は重要性を増していくはずです。

アメリカの場合は「フランクリン・ルーズベルト」という「(ポリコレ的にも)正しい記憶」を呼び覚まして、国民の糾合の本能的裏付けにすることができますが、日本においては、「昭和の一億総中流」を支えたバックボーンとしての「国家総動員体制」に対して一方的なスティグマを貼る風潮が激しいところが、なかなか難しい部分となるかもしれません。

日本における保守派グループが、MMTなどを通じた「国民総中流への回帰」を目指す時に成立させている議論の方向性には、ある種の一貫性はあります。

一方で、日本社会の「みんな」主義的なものに反発を覚えたり、日本の保守派の一部が持つ歴史修正主義的な傾向に反発を覚えたりする左派の人は、今後日本において、

「バイデン民主党が本能レベルで呼び覚ます起点となっている“みんな”主義」

のようなものを、日本でも同じように持ち出せるにはどうしたらいいのか?について本質的に考えることが必要になるでしょう。

左派的理想を、「草の根の民衆的感情」のレベルまでしっかりと結びつけ、「トランプ主義」的なものとガチンコで押し合っても負けない紐帯を作り出す、「左派的な愛国心の旗」に仕上げることが必要になる。

アメリカにおいて本能レベルで成立する議論が、日本においては難しい部分がそこにある。

「バイデンの理想」の背後には中国という「欧米社会の外側の敵」が本能的に前提されているとしたら、非欧米国である日本において同じ「理想」を、単にインテリ世界の内輪トークでなく、国民全体の深い共感を呼び覚まして具現化するのに必要なことは何なのか?

結局その先では、戦前の日本の「欧米の帝国主義への必死の反撃」をしていた部分をちゃんとフェアな目線で名誉回復した上で、一方でその大きな流れに巻き込まれた、国内外の戦争被害者への平等な補償や敬意を持った接し方を両立させていく…という難しい課題に直面することを意味するのだと思います。

先日、網野善彦という日本史学者の議論を参照しながら、「アメリカ的なリベラルの先鋭化」をいかに「日本的な調和」の中に包み込むべきか?という議論をしたnote記事がそこそこ好評をいただいたのですが、「バイデンの改革」を日本でもやるには、単なる欧米文明の延長ではない、自分たちの歴史的経緯や紐帯のコアにさかのぼって考える、もっと根底的な「捉え返し」が必要とされるようになるでしょう。

そしてそれは、前回記事で書いたような、「中国の領土的野心にちゃんとNOと言うためにこそ、欧米文明中心主義とは離れた独自の視座を提示することが日本の使命となる」といった話につながってくるはずです。

欧米的理想の「欧米中心主義的な部分」を冷静に見極め、ちゃんとローカライズを行うことで、その「理想」を非欧米諸国にも根付かせることが初めて可能となる。

米中冷戦の時代に「2つの世界」を止揚する明確な世界観を立ち上げ、米ソ冷戦時代の日本にあったような独自の繁栄のポジションを築き上げることは十分可能だと私は考えています。

色々と難しい状況下に、徹底して本質的に考えるべき課題が山積みですが、なんとか一歩ずつあるべき理想へと近づいていきましょう。

今回記事はここまでです。

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