CULTURE | 2020/12/28

「2020年で一番面白かったゲームは?」この質問が世界で大論争を呼んだ理由【連載】ゲームジャーナル・クロッシング(2)|Jini

PlayStation Storeより
ゲームジャーナリストJiniと共に、作品、カルチャー、そしてビジネスなどあらゆ...

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PlayStation Storeより

ゲームジャーナリストJiniと共に、作品、カルチャー、そしてビジネスなどあらゆる角度からゲームの最前線に迫っていく連載「ゲームジャーナル・クロッシング」。

混乱の2020年。ゲーム業界を振り返るにあたって、業界最大の賞レース「The Game Awards」を無視することはできない。そして同アワード内において、その年最高のゲームへと贈られる「Game of the Year」にノミネートされた2作品を巡り、世界中で論争が巻き起こった。「優れたゲームとは?」極めてシンプルなこの問いにゲーマーたちは頭を抱える。しかし、その事実こそがゲームという“文化”の成熟を意味しているのかもしれない。

Jini

ゲームジャーナリスト

はてなブログ「ゲーマー日日新聞」やnote「ゲームゼミ」を中心に、カルチャー視点からビデオゲームを読み解く批評を展開。TBSラジオ「アフター6ジャンクション」準レギュラー、今年5月に著書『好きなものを「推す」だけ。』(KADOKAWA)を上梓。

“ビデオゲームのアカデミー賞”の誕生

2020年12月11日、世界中で8300万人もの人々が、とある配信を固唾を呑んで見守っていた。そして人々は次々に落胆や歓喜の声をYouTubeのコメント欄やTwitterのタイムラインに投げかけ続けていた。彼らが見ていたものは、逞しいアスリートがボールを蹴り続ける様子でも、鍛え抜かれた馬が我先にと競い合う様子でもない。

そこに映し出されていたのは、ただ淡々と、2020年に発売されたゲームのタイトルが読み上げられている様子だった。「The Game Awards」(以下、TGA)という、世界で最も優れたビデオゲームを決める賞の発表に8300万人が釘付けになっていたのだ。

筆者はこの「ビデオゲームのアカデミー賞」とも呼ばれる賞をとても辛抱強く、そして注意深く注目していた。

どのゲームが面白いのか、優れているのか、ビデオゲームがコンテンツとして市民権を得た現在、多くの人間は自分にとって最高のゲームと確信できる作品の1つや2つ、記憶にあるだろう。だが2020年のTGAは、特に揺れた。自分の好きなゲーム、そして嫌いなゲームを、本気で人々が論じる時代が今この瞬間来ている。

ゲーム批評家として数々のゲームを分析した筆者は本能的に察知し、TBSラジオの「アフター6ジャンクション」に出演してその結果を占うほど、行方が気になっていた。

さて、そもそも日本において我々はビデオゲームをどう評価しているだろうか。

Amazonに投稿されたユーザーの声や、ファミ通に掲載されるやや権威的なライターの価値観が、日本では主にゲームを買う、あるいは評価を考える上でよく基準にされている。一方で音楽や映画、小説など他の文芸においては、雑誌や通販サイトのレビューとは別に、もう一つ大きな評価基準がある。それが、アカデミー賞やエミー賞、芥川賞に代表される専門家が決める「賞」「アワード」である。

比較的、誕生して間もないビデオゲームという文化において、そういった作品の良し悪しを論じるための賞や場所は少ない。そう現状を憂うカナダ人がジェフ・キーリーだった。ビデオゲームがいかに素晴らしく、評価に値するものかを何万人もの前で見せつけたいと考えた彼は、ケーブルテレビでゲーム番組の制作と司会を兼業する傍ら、各パブリッシャーとの関係を築きこのTGAを確立した。

ジェフ・キーリー(左)と、ゲームクリエイターの小島秀夫(右)。

このようにショーマンとして生きたジェフの作るTGAは、他のゲーム賞と比べて、エンタメとしても優れている。各配信サイトで公式放送するのは無論、ゲーム好きで有名な俳優やインフルエンサーを呼び、最高賞であるGame of the Year(GOTY)を決める際にはフルオーケストラでノミネート作品のテーマを演奏させる。さらに、有名デベロッパーの新作情報なども配信しており、特に2020年は『大乱闘スマッシュブラザーズSP』の新キャラクター「セフィロス」がお披露目となった時は大盛りあがりとなった。

このようにして、TGAはゲームイベントとしては異例の注目を浴びるようになった。2017年には1100万人、2018年は2600万人、2019年は4500万人、そして今年2020年には8300万人とほとんど倍々ゲームで視聴者を増やしていった。同じくオンライン開催となった今年の東京ゲームショウの視聴回数が3日で3160万回だったことを考慮しても、すでに世界的に最も注目されるゲームイベントにまで成長したことに、疑いの余地はない。ニンテンドーアメリカの元社長であるレジナルド・フィサメィも「作品が世界中の人々に喜びをもたらした実績を適切に評価すべきです。そしてThe Game Awardsはそれができる場です」と認めている

しかし、ただ視聴率が良ければ、観る人間が多ければ、それはエミー賞やアカデミー賞と同等だと言えるのだろうか? 私はそうは思わない。重要なのは、結局のところ中身だ。

例えばアカデミー賞は毎年多くの専門家や業界人が、今年はどの作品が受賞するかを予想し、議論を交わす。またその結果も賛否が分かれる。「まさかこの作品が受賞するとは!」とオーディエンスを驚かせることもある。本来このような賞に求められるのは、かけられた予算や売上、一般ユーザーの評価だけでは推し量れない本質的な批評、作品の価値を考える上でより本質的な視点を与えることにあるからだ。何千万人が観ていても、その賞に説得力があるかはまた別と言える。

少なくとも、例年のTGAは注目を浴びていても、それはあくまで新作ゲームの発表会やゴージャスなセレモニーのショー部分の評価であって、賞の結果自体はそこまで注目されなかったように思う。華々しくGOTYに選ばれるゲームも『ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド』や『God of War』など、聞けばまぁ誰もが納得のいくほど批評的にも商業的にも成功した名作ばかりで、誰も不満は抱かないが関心もまた抱かない、そういう状況が続いた。私もビデオゲームの批評を5年ほど続けているが、TGAの結果にはほとんど注目していなかった。

ただ私の中でTGAへの評価が変わったのが、GOTYに『SEKIRO』が選ばれた2019年かもしれない。『SEKIRO』はGOTYに相応しい傑作だと私も考えているが、現代のビッグバジェットを使ったゲームとしては異例の高難易度で(作ったのは『DARK SOULS』や『ARMORED CORE』のフロム・ソフトウェアだ)、序盤のボスから投げ出してしまうプレイヤーも多く、中には「イージーモードを作るべきだ」という意見まであった。つまり、万人受けするゲームではなかったのだ。

とはいえ、『SEKIRO』はコアゲーマーにとっては満場一致と言えるほど絶賛されたゲームだ。事実、各国メディアの作品評価の指標化とユーザー評価の両方を掲載するレビューサイトの「metacritic」によれば、76社のメディアの平均点が90点、ユーザーからも8.1点を獲得している。他にそこまで有力な候補がなかったこともあり、たしかに意外なチョイスではあったものの、『SEKIRO』の受賞がユーザーの間で賛否分かれることもなかった。

さて2020年、いよいよTGAはゲーマーの間に動乱を生み出すことになる。

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