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千葉県松戸市のまちづくり会社が、佐賀県武雄市でTAICOCLUBとコラボする|寺井元一(まちづクリエイティブ)【前編】
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  • 2018.05.03
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千葉県松戸市のまちづくり会社が、佐賀県武雄市でTAICOCLUBとコラボする|寺井元一(まちづクリエイティブ)【前編】

撮影:山口雄太郎

「自治区を作る」というワードから、あなたはどんなことを想像するだろうか。

古くはヒッピーのコミューンから、現代のシェアハウスまで、ひとつあるいは複数の「建物=ぼく/わたしたちの居場所」の比喩として語られてきたことが多かったのではないか。

今回話をうかがった「まちづクリエイティブ」の代表、寺井元一氏は、いわゆる特区的な、他の地域では法律・条例の壁に阻まれてできないような事柄も、合法的に、そして“勝手に”できる場所を本気で作るべく、活動を続けてきた人物だ。

「まちづくり」そのものを自己目的化するのではなく、あくまで手段として「やりたいことをやれる場所でやった」結果、賛同する人が集まり活性化する。そんな状態を目指す会社の10年近くに上る奮闘の記録を振り返った。

聞き手・構成・写真:神保勇揮

寺井元一

株式会社まちづクリエイティブ代表取締役 アソシエーションデザインディレクター

NPO法人KOMPOSITIONを設立し、多くの壁画プロジェクトや日本最大規模のストリートバスケ大会など、公共空間と民間活力を結びつけて表現者に活動の場や機会を提供する活動を行ってきた。その後、株式会社まちづクリエイティブを設立し、千葉県・松戸駅前を「クリエイティブな自治区」にするMAD Cityプロジェクトを開始。 独自の不動産活用/エリアブランディング事業を推し進め、佐賀県武雄市「TAKEO MABOROSHI TERMINAL」、埼玉県埼京線沿線「SAI-KYO DIALOGUE LINE」など他地域でもエリアを展開中。

「自由にやる」ための手段として政治を学ぶ

―― 最初に寺井さんの経歴や原点について教えてください。2001年、学生時代に「KOMPOSITION(コンポジション)」を立ち上げ、02年にNPO法人化。広義のストリートカルチャー寄りのプロジェクトを手がけ、08年には活動の拠点を渋谷周辺から松戸に移し「まちづクリエイティブ」を設立されていますね。

寺井元一氏

寺井:はい。そもそもは学生時代に政治に関心を持って携わったことが事の起こりです。なので自分の根本的な特性として、“政治”がある気がします。“政治”には、理念としての「政治をどんなものにしたいか」という話と、実学としての「政治が実際にどう役に立つのか」という話の両面があると思うんですね。

僕が根本的にやりたいのはどちらかと言えば後者寄りというか、世の中でまだ花が開いていないジャンルができつつあるときに、世の中でどう後押ししていくかということです。それは僕にとって、人生における“自由”を後押ししたいということでもあります。人それぞれの人生を豊かにすること、個々人の可能性を最大化すること、イコール自由だと僕の中で思っているんです。

その目的があり、手段として「政治というものの枠組みに関わっていけば達成できるのではないか」と思って学んでいたわけです。具体的には自分の思いを成立させるためには制度として選挙の研究をしなきゃいけないと思い、大学院では選挙にまつわる統計解析の勉強をしていたんですが、結果として「自分は選挙にはまず当選しないだろう」ということがわかりました。

―― それはなぜですか? 想いを共有できる人を支援する側にまわったということでしょうか。

寺井:直接的には、僕が進めたい政策に関心がある人たちは比較的若い世代で、投票率が低く、かつ人口減少していく層だったからですね。次に興味を持ったのはより広い領域を含む投票行動全般で、結果を受けてどうこうではなく「なぜそういう選挙のトレンドが起きるか」を研究したんです。こういう圧力団体が存在するからだとか、経済的にこう見るとこういうふうになっています、ということをデータで分析することもあるんですけど、僕はそれらの変数の中で「価値観」を重視する先行研究に興味を持って学んでいました。

人間の価値観がある事象によって変わっていく。それは結果として投票行動にも影響を及ぼすんですけど、影響する先は投票行動だけじゃないですよね。こういうものを買うようになるとか、こういう暮らしをしたいと願うことにつながるはずだとか、そういう理論に興味を持って、自分が求める社会像がこれから遅かれ早かれ必要とされていくのだろうと確信するようになりました。

そこで最終的にある種のアクティビストになったわけです。といっても誰かに圧力をかけて何かを止めさせるということではなく、人の想いを集めることで、社会運動を事業化するということが頭の中にありました。

どうすれば街を合法的にジャックできるか

―― 早い時期から社会起業家的なものを目指していたということでしょうか。

寺井:そうですね。実社会が変わって自分たちが自由に生きていきやすいようするために、お金が必要だ、別のあれが必要だ、となってくるわけですが、大抵はそう簡単に手に入らないものばかりです。そこで「街を利用しよう、もっといえば街をジャックする」という方向に行き着きました。

公共空間である街がたとえば美術館になったら、「グラフィティ」という違法行為が「ミューラル(壁画)」という合法的なアート作品になりえるわけです。ただ当時は「公共空間の利活用」という考え方がなかったので、単純に屋外でイベントをする手段だと思われていたかもしれないですね。スポーツ関係だと、公園でストリートバスケの大会を企画運営したりもしていて、その大会は今も続いています。

2005年から年4回、代々木公園で開催されている日本最大級のストリートバスケ大会「ALLDAY」の模様

東京や横浜などで、ビルオーナーから許可を得たうえで壁面にグラフィティを描く「リーガルウォール」

でも、そうした活動の中で街を使って活動する一方で、限界点もたくさん見えてきました。

―― 既存の法律・条例があるだけでなく、街を管理する自治体や、土地・建物の所有者の意向もそれぞれ違ったりもしますよね。

寺井:もちろんそうですし、実際にはそれら多くの要素が絡み合って、しかも法律的に明文化される前の解釈段階が大きく影響するので、ひとつひとつ解消して持続的な枠組みをつくるなんてとてもできないんですね。そこにあるのは、個別の法律や不動産のオーナー、そこで過ごす人などをすべて引っくるめた「都市システム」というか。

僕は当初、街をジャックして、多くの場所が表現の場になることで様々な出会いやビジネスを生んで、もっといろいろな表現をする人間を後押しする仕組みをつくればいいと思ったけれど、全体をジャックしきれないことに気付きました。ならばもう「自分で街を創らなきゃいけない」という結論に至ってしまったんです。

つまり、思い描いた自由な表現の場となる土地・建物を全部自分で買うぐらいじゃないといけないという話になるわけですよ。

―― まちづくり・地方創生の文脈で言うと「築古の物件を格安で借り上げて何かを始める」みたいなパターンが多いですが、やはりやりたいことをやるには自身で所有しなければならないということでしょうか。

寺井:所有がすべてではないにせよ、とにかくリスクを取らなければできないことが多いと思っています。つまりビジネスに向き合って、自分たちでお金を稼いで財源的にも自立して事業を持続させなきゃということですね。

まちづクリエイティブの3つの事業

―― そのお金を稼ぐための機関がまちづクリエイティブということになるのでしょうが、現在の事業内容を教えてください。

寺井:大きく分けて3つあります。1つは松戸のMAD City(※1)を中心とした、不動産サブリース事業です(※2)。MAD Cityでは現在約90室を取り扱っていて、150名ほどの人が住んでいる状態で、毎年徐々に増えています。後述する武雄でも不動産サブリースを開始しています。

(※1)MAD City:JR松戸駅前を中心とする半径500mを「MAD City」と称し、このエリアを中心に活動を行っている。ちなみに元ネタの1つは加瀬あつしのヤンキーマンガ『カメレオン』に登場する暴走族チーム「松戸苦愛(マッドクラブ)」だそう。https://madcity.jp/concept

(※2)サブリース:オーナーから一定額で借り上げた物件を別の利用者に転貸する事業。オーナーは空室リスクがゼロとなり、毎月安定した収入を得られるメリットがある。

まちづクリエイティブがサブリースしている物件のひとつ「いろどりマンション」。築40年の物件だが、フルスケルトンで内装を完全に自由にできる。工具レンタルやDIY講座などのサポート制度も充実

2番目はMAD City以外の街のブランディング事業です。2017年から始めた「TAKEO MABOROSHI TERMINAL」(佐賀県の武雄温泉エリア。クライアントは武雄市)、「SAI-KYO DIALOGUE LINE」(埼玉県の埼京線エリア。クライアントはJR東日本)もその一環ですね。一言でいえば新たにMAD City的なエリアを創り、独自の経済や文化を備えたものにする、そのために不動産を含めた自社事業をインストールしていきますよ、というものです。メディアやイベントの制作、コンサルティングを受注しながら、最終的にそこにまちづクリエイティブの支社ができていく、という取組ですね。

TAKEO MABOROSHI TERMINALのトップページ

SAI-KYO DIALOGUE LINEのトップページ

3つ目は僕らが事業展開しているエリアに集まっている住民というか、自分たちの自治区の人たちを人材バンクとして扱って、外部から仕事を受注したり、起業支援に繋がるプロジェクトを立ち上げるといった取り組みですね。最近では企業の商品開発などが増えてきました。「こんなプロダクトが欲しい」というニーズに対して、必要な人間をアサインしてプロジェクトを回していく事務局を担当します。

分かりやすく安定収入になるのはサブリース事業の収益が中心ですが、2つ目については有難いことに引き合いが大きいですし、今後は3つ目により重心を移していきたいと思っています。

―― 3つ目の商品開発はこれまでの実例がありますか?

寺井:「エコランド」という、運送会社のリサイクル部門との取り組みを2017年から行っています。単に荷物を運ぶだけでなく、不用品の回収やその利活用も事業化したという格好です。

この会社から我々に対して「できる限りリサイクルなどをしているが、それでもどうしても捨てなければならないモノを使って、何かを作ってくれないか」という依頼があり、MAD Cityに居る西岳拡貴さんというアーティストに参画してもらい、既存の服を素材として扱い、リクリエイトして展示販売してもらったり、東京・足立区にある潤徳女子高校の生徒向けのワークショップとして、アーティストと共同で不用品を活用したアート作品の制作・展示をしたりしました。この取り組みを皮切りに、現在ではさらに次の展開を準備中です。

松戸在住の現代アート作家、西岳拡貴氏が値段のつかない古着を譲り受け、リクリエイトしたアート作品の展示販売などが行われた個展「何が価値を決定するのか、について何を知っているのか」(2017年)の模様

前述の西岳氏と足立区北千住の潤徳女子高校の学生の共同プロジェクトとして、不用品を利用したアート作品の制作・展示も行われた。写真はトレーディングカードを利用した作品

「自治区をつくる」とはどういうことか

―― 2つ目の事業にあたる街のブランディングですが、2016年には「TAKEO MABOROSHI TERMINAL」、17年からは「SAIKYO-DIALOGUE LINE」と、松戸以外でのプロジェクトが始まりました。それぞれどういう経緯があったのでしょうか?

寺井:14年度の終わりぐらいから松戸以外にも展開することを模索し始めて、どちらも先方から声をかけてもらったんです。

松戸では一定の手応えが得られましたし、もちろん今後も松戸から出て行く気はないですが、一方で松戸での取り組みが大成功したから次、というわけではなく、挫折感を味わったことも一つの転機でした。

僕が言っている「自治区をつくる」というのは、比喩でもなんでもなく本気です。自治区ならば政府・行政に相当する組織を擁し、実際に運営する必要があります。行政にしかタッチできない物事に、公共空間、つまり道路とか公園とか河川敷とかをどう運営していくかということがありますが、僕は松戸駅前の地域団体の方とともに、自治区の研究実践をする団体をつくりました。

具体的には、エリアで原資をつくって、公共空間の利活用をして収益を上げ、そのお金で街をさらに良くする持続的な団体をつくるという、BID(※3)みたいなことをやりたかったんです。

(※3)BID:Business Improvement Districtの略。民間団体(エリアマネジメント団体など)が地域の不動産オーナーや事業者から税金のようなかたちをお金を徴収し、当該地区の維持管理やプロモーションなど、共通の利益となる活動の原資とする制度。欧米では広く取り入れられており、日本では2015年にJR大阪駅周辺エリアで初の運用がスタートしている。

―― 自治区を作るためには運営できる権利と資金が必要だというわけですね。

寺井:ただ、収益を上げるためにビジネスに取り組むことが必須なんですけれども、地域団体の枠組では難しい、というのが結論でした。これには僕としてもかなりリソースを突っ込んでやってきたので、一度頓挫するようなかたちになったこともあり、ならば目の前の穴を掘る労力を、他の地域で掘ることに投入してみようということになったのです。

―― 難しかった要因はどういうところにあったんでしょうか?

寺井:主張が過激でしたからね。「一部の市道を封鎖する」とか言っていましたし。門を作って一部の道を全部封鎖して、車を通さない。そうすると路上が一時的に公園化して大量の屋台が出せたりするので、街全体を飲み屋街にするということで賑わいができます、とか。まあでも乖離があったのは、身も蓋もない話ですが「そんなことをやりたいと思わない」ということだったわけです。そりゃそうか、ということですが、ただ静かに暮らしたいだけであって、松戸がチャレンジしたい人にとって最適な街になる必要なんて、既存住民の平均的な意見としては特に無いわけです。そもそも地域「コミュニティ」というのは、共通の資源を守ったりするためにあるものであって、新しいものを生み出すための人の集まりじゃないんですよね。

この経験を踏まえて、僕らは「コミュニティ」という言葉を使うのを止めました。

経験を松戸に持ち帰るためにも、新天地での取り組みを開始

―― そんなこともあったのですね…。そうした経緯もあって、松戸以外の地域に進出することになったのでしょうか?

寺井:松戸を自治区にするという目的はまったくブレていないし、そもそも松戸だけでなくて全国いろんなところに自治区を創りたいわけです。そのために他の街に進出するべきタイミングだと判断したんです。

武雄や埼京線はお金を出してくれるクライアントがいるからこそ進出できるわけですが、松戸では誰に言われて始めたわけでもないという意味において、一番リスクを取っているわけです。

ビジネス的には松戸で培ったものを買ってもらえるような状況になる、そのプロジェクトを通じて次のエリアづくりにつながるなら良いことだという感覚です。その知見が溜まれば溜まるほど、松戸にも改めて持って帰れるとも思っています。

―― なるほど。改めて武雄や埼京線の各プロジェクトについてお聞きしたいのですが、どういう体制で運営をしているんでしょうか。拠点などもすでにあるんですか?

寺井:武雄は現時点で4物件、100坪程度のスペースを運用しています。

―― それはスタッフが住むための物件ですか?

寺井:スタッフも当然住むんですが、武雄に限らず、基本的には仕事をするとか活動する場所と、住んで滞在できるというレジデンス的なものが最低限必要だと思っているので、最初に揃えるようにしています。

ちなみに武雄は「ターミナル」になると謳ってるんですが、物件についていえば「風呂なし物件」をこれから集めようと思っています。温泉街なので温泉と組んで、「風呂はなくても温泉があればいい」という世界観にしようとしているので、そういうコンセプトに合う物件を探していたりしますね。

クリエイター・イン・レジデンスプログラム「MABOROSHI STAY」での入居物件。その他、空き店舗などを活用した映画上映イベント(ちなみに武雄市には映画館が存在しない)やアートイベントなども開催している

―― では埼京線の方はいかがでしょうか。

寺井:そもそも埼京線は埼玉県内だけでもたくさん駅があって広大ですし、1拠点だけで沿線を変えることは無理なんです。なのでエリア(面)単位で盛り上げるというより、面と面をつなげて「ぶっとい線」をつくるような取り組みをしなくちゃいけないと思っています。

それで実際に始まっているのは、埼京線ではなく「SAI-KYO DIALOGUE LINE」という名前でブランディングしていくという活動ですけど、その中で1つ目の“何とか”というエリアを作らなきゃいけない。その手前でまずは沿線にどんな人がいたり、どんな暮らしがあり得るかとか、そういう情報を集めて出しましょうというのが現段階のウェブサイトを通じた取り組みですね。

SAI-KYO DIALOGUE LINE掲載記事の一部

今後は戸田市内で最初のエリアをつくることはほぼほぼ決めているんですけど、物件を借りたりはまだしていないです。

―― 加えて2017年には「M.E.A.R.L(ミール)」という新しいウェブメディアも立ち上がっていますね。編集部にROOMIE、luteなどにも関わっている武田俊さんが入っていたことに驚きました。

M.E.A.R.Lのトップページ

寺井:武田君にはここだけでなく武雄・埼京線でもコンテンツづくりに関わってもらっています。ミールは「MAD City Edit And Research Lab.」の略で、ほとんど実験場みたいなものですね。純粋に僕らが会いたい人に会いに行くためのツールでもあるし、ここで培った知見をビジネスでも活かしていきたいと思っています。

―― ミール含め、各サイトの記事のトーンが統一されているのがすごくいいなと感じました。

寺井:うれしいです。ありがとうございます。

―― まちづくりに限りませんが、何か新しいことを始めようとすると、最近では「まずはメディアだ」という話になることが多いんですが、それで更新頻度を上げて目立とうとなると、情報が粗製濫造になってきちゃうじゃないですか。「このショップ、まったく良いと思えないぞ」「なんで駅前の飲食店特集で全国チェーンを紹介してるんだよ」みたいな記事ばっかりになる。キュレーションメディア、オウンドメディアが流行った弊害というか。

寺井:よく分かります。

―― でも、まちづクリエイティブが手がけている記事はひとつもそんなことを思わなくて、この差って何なんだろうなと不思議に感じました。

寺井:やっている身としては反省点の方が目に付いたりもしますが、そこは取締役の小田雄太ががんばってクオリティを担保し続けているからだと思います。

短絡的な判断から言えば、流行に乗っかってもっとバズる記事をつくったり、ガンガン更新したりした方が良いに決まってるんですよ(笑)。でも小田は「そういうことを今やるべきではない」と言うし、中長期的なブランディングという価値のほうが僕も必要だと思っています。

―― 記事ひとつひとつの質もそうですし、カルチャー的な視点では武雄でTAICOCLUB(※4)の名前を冠した音楽イベント「MABOROSHI FES by taicoclub -武雄でタイコクラブ-」をやっているとか、そんなまちづくり系イベントなんて聞いたことがないぞと思いますし、見る人が見れば「ちゃんとカルチャーに詳しい人がつくっているんだ」ということが一目瞭然で、目利き力を信頼できるからそう感じるのかなと。

イベントの模様。写真はトリを務めたラッパーの田我流(撮影:山口雄太郎)

(※4)TAICOCLUB:2006年から開催されている音楽フェスティバル。過去の出演アーティストはレイ・ハラカミ、石野卓球、Madlib 、Traxmanなど広義のクラブミュージック系が中心。18年(6月2-3日)の開催をもって終了することがアナウンスされている。

寺井:それはうれしいですね。佐賀の人からは「あれって和太鼓のタイコじゃなかったの?」と言われることが多かったので。ただおっしゃるように、知っている人間からすると「ついに九州(佐賀)に来た!」みたいな感じの盛り上がりもあったんです。

とはいえ、実現は本当に大変でした。クライアントから直接的に頼まれたものではなく、僕らが頑張って提案していますし、フェス用の予算があるわけでもないですし。

後編へ続く)


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