FINDERS

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)
  • CULTURE
  • 2019.07.24
  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!

岸田繁・光田康典対談「民族音楽もゲーム音楽も好きになったらとことん突き詰める」(前編)

この記事はZing!2017年8月30日に公開された記事を転載しています。

くるり・岸田繁さんと、作曲家・光田康典さんの夢の対談が実現! 岸田さんはくるりではロックを始めとしながらも、古今東西のあらゆる音楽の影響を感じさせる新しい音楽をつくられています。光田さんは名作RPG「クロノ・トリガー」でのデビュー以来、ゲーム音楽のイメージにとらわれない試みを続けてこられています。
一見、音楽ジャンルは違うように見えるお二人ですが、実は「民族音楽好き」という共通点があります。共に心に響く感動的な音楽をつくり続けているお二人は、どのような音楽をどのようにして楽しみ、そして、楽曲づくりにどのように影響しているのか。見えてきたのは「好きになったらとことん突き詰めること」のすごさ。対談の当日は、とにかく音楽がお好きなんだな、という熱量をずっと感じていました。 熱量をそのままお届けしたいので、2回に分けて(ほぼ)ノーカットで対談の内容をお届けします! 記事中にお二人の曲やおすすめの曲の動画・試聴リンクもありますので、ぜひ音楽を聴きながら読んでみてください。また、岸田さん・光田さんのおすすめは試聴したら、実際にCDなどの良い音源を購入されることですので、ぜひ新しい音楽との出会いも楽しんでみてください!

インタビュアー:Zing!編集部ピーター/テキスト:ピーター・トライアウト組橋信太朗/撮影:田中利幸

岸田繁

1976年京都市北区生まれ。ロックバンド「くるり」のフロントマンとしてギター、ボーカルおよび作詞・作曲などを担当する。立命館大学在学中の1996年、音楽サークル「ロック・コミューン」内でくるりを結成。1998年、シングル「東京」でメジャーデビュー。メジャー1stアルバム「さよならストレンジャー」以降、コンスタントに作品を発表し続ける。ソロ名義では映画の劇伴音楽制作や多くのアーティストとのコラボや楽曲提供などにも関わり、2017年には京都市交響楽団演奏による「交響曲第一番」をリリースした。

光田康典

作曲家、編曲家、プロデューサー

1992年スクウェア(現スクウェア・エニックス)入社、1995年『クロノ・トリガー』で作曲家デビュー。『ゼノギアス』等の作曲を担当した後、1998年に独立。フリーランスで活動後、2001年プロキオン・スタジオを設立し、同社の代表を務める。
主な楽曲代表作に、『クロノ・クロス』『ゼノサーガ エピソードI』『新・光神話 パルテナの鏡』『イナズマイレブン1~3』『黒執事 Book of Circus』他多数。

まったく作曲には興味がなかったですね。音色にだけあって(光田)

――まずはお互いの印象からお伺いしたいと思います。光田さんは岸田さんに対してどういう印象をお持ちでしたか?

光田康典(以降、光田):くるりのCDは初期の頃のものから持っているんです。くるりがデビューした当時は色々なバンドがいましたけど、その中でもくるりや岸田さんは非常に自然体なイメージを受けました。

岸田繁(以降、岸田):ありがとうございます。

――岸田さんは「クロノ・トリガー」をやられたことはあるんですか?

岸田:やりました。すごく良いゲームで面白くて、やりこみました。カエルの曲(「カエルのテーマ」)がすごく好きでしたね。光田さんはロックなども聴かれるんですか?

光田:はい、すごく好きです。特にプログレが大好きなんです。(EL&Pの)Tarkus(タルカス)とかGenesis(ジェネシス)の初期とかが特に。

岸田:ピーター・ガブリエルがいた頃ですかね。良いですよね。スティーブ・ハケットとかスティーブ・ハウとかのギタリスト好きです。光田さんは今おいくつなんですか?

光田:今45歳です。

岸田:そうすると、昔はプログレやニューウェーブが流行ってましたよね。

光田:はい。80年代はとにかく色んな新しいジャンルがどんどん出てきてましたよね。ポピュラーなところだとTHE  POLICEなんかも好きでした。日本ではYMOとか。当時は聴く方が好きでしたね。だから自分が曲をつくるようになるとは全く思わなかったです。

岸田:なるほど。ピアノはずっとやってらっしゃったんですか?

光田:そうですね。ただそんなに練習していなかったんです。それも姉がピアノを習っていたので遊びでついていったって感じですね。

岸田:「クロノ・トリガー」が最初の作品なんですか?

光田:そうですね。いわゆるデビュー作は「クロノ・トリガー」ですね。

岸田:どうやってその作曲の道に進まれたんですか?

光田:スクウェア(現スクウェア・エニックス)の入社前に桜庭統さんのアシスタントをしていました。そのときはいわゆるマニピュレーターの仕事をしていました。当時のコンピュータはFM音源が主流でFM音源を使って音色を作っていましたね。小学生から中学生のころはテクノにハマっていたのでシンセサイザーには凄く興味がありました。YMOがデビューする前からドイツのテクノ、クラフトワークとかがすごく好きで。YMOがテレビに映ったときにすごいシンセサイザーが出てきて、「なんだこれは!」と思って。それまで音しか知らなかったので、どうやってこんな変な音を出すんだろう、と。当時、テレビでやっていた「ルパン三世」のアニメのテーマ曲もアナログシンセが使われていて衝撃を受けたんですよね。特に音色に。それでどういう仕組みで音が出ているのか気になって調べたら、シンセサイザーというものがあるとわかったんです。

岸田:そのときはまだ作曲はされていなかった?

光田:まったく作曲には興味がなかったですね。音色にだけあって。曲を書く発想にはならなかったです。

岸田:なるほど、面白いですね。

もう、すぎやまさんは「神」ですね(岸田)

――光田さんは「クロノ・トリガー」の前は「半熟英雄」の効果音とマニピュレーターを担当されていましたよね。そのときは作曲のすぎやまこういちさんとお仕事をされていたかと思います。岸田さんはすぎやまさんのファンでいらっしゃいますよね。

岸田:もう、すぎやまさんは「神」ですね。

光田:すぎやまさんはとても気さくな方でしたね。そのとき僕はマニピュレーターとして仕事をしていたんですが、とても勉強になりました。当時はメールがなかったのでFAXで譜面のやりとりをしていて、手書きなので見にくいときがあって。これは「ミ」なのか「ファ」なのか? とわからないまま音を打ち込むんですが、すぎやまさんに「光田くん、ここ音違うよ」って言われたりして(笑)。

――なるほど。スクウェアに入社されてからはどんなことをされていたんですか?

光田:本当は作曲家で入ったんですけど、人手が足りないということで最初は効果音の仕事をしていましたね。当時のスクウェアは「ファイナルファンタジー(以下、FF)Ⅳ」「FFⅤ」「FFⅥ」を立て続けに出したり、「聖剣伝説」シリーズや「ロマンシング サ・ガ(以下、「ロマサガ」)2」などもやっていたりしましたし。

岸田:効果音というと「チャリーン」というコインの音みたいなのですか?

光田:そうですね。剣で斬ったときの音や、ドラゴンの鳴き声、魔法の音とか。

岸田:「ドラゴンクエスト」(以下、「ドラクエ」)をやったときに、「ザッザッザッザ」って階段の音とか、呪文唱える音、「スーパーマリオ」の「チャリーン」とか。実際あんな音がするはずがないのに、そういうことになってるのが分かる。ゲームの音の感覚は面白いですよね。

光田:効果音によって最初にユーザーにイメージを植え付けるのは面白いし、大事なんですよね。だんだんそのことに気づいて。

――「ロマサガ」のひらめきの音は光田さんが作られたんですよね。

光田:そうですね。あとは「FFⅤ」のオープニングでドラゴンが鳴くときの声とか。楽しかったですね。そのときに効果音と音楽の位置関係を学びましたね。ドラム系は消えても違和感がないのでドラム系をつぶしにいくとか、工夫して作っていました。

岸田:全然帯域が違うところで鳴らしたりするんですよね。3音しか鳴らせないときって、音楽が消える瞬間もありましたよね。制約がある中だとかえって工夫しますもんね。

(「クロノ・トリガー」は)制約があったからこそ凝縮されたゲームになったところもあると思います(光田)

――その後「クロノ・トリガー」で作曲をするようになったかと思いますが、当時、坂口さん(ゲームクリエイターの坂口博信さん、「FF」「クロノ・トリガー」などの生みの親)に「作曲をさせてくれ」と直訴されたとか。

光田:はい。会社がどんどん大きくなって、ゲームを出せば100万本以上は売れていた時代でした。プロジェクトを5本くらい動かしていた状況だったんですが、僕は2年ぐらいずっとマニピュレーターをやってて、そろそろ作曲やりたいなあ、と。音楽・効果音・マニピュレーターという分業がそのあたりから始まったんですよね。そのときたまたま「クロノ・トリガー」の企画が立ち上がろうかという時で、坂口さんに話したときに「じゃあ、こういうのあるからやれば」ということで作曲をすることになったんです。そのときはこんなに大きい仕事だとは思ってなかったんですけど(笑)。

――当時は「ドリームプロジェクト」と呼ばれて、「週刊少年ジャンプ」などで「クロノ・トリガー」の告知を見た私はワクワクしていました。鳥山明さん、坂口博信さん、堀井雄二さん、そして光田さん、となるんですもんね。当時はまだお若かったと思うんですが。

光田:そうですね。作り始めたのは21歳の後半ぐらいですね。

岸田:だいたいプロジェクトが立ち上がって、完了するまでどれくらいの期間でやるものなんですか?

光田:「FF」は昔は1年4カ月ぐらいで作って、2カ月でデバッグして、とだいたい1年半ぐらいでリリースするのが一般的でしたね。もちろんゲームによってまちまちではありましたが。「クロノ・トリガー」は2年ぐらいかかっていたかと思います。当時、ROMカセットから大容量の規格に移行する話もあったのでその前提でつくっていたところもあったのですが、結局ROMカセットでリリースすることになりました。それでダンジョンを削ったり、シナリオを削ったり、もちろん音楽も色々削っていったんですね。でも、その制約があったからこそ凝縮されたゲームになったところもあると思います。

岸田:確かにそういう印象はありましたね。

僕も映画の音楽つけることがあるんですが、「もっと音楽つけてくれ」ってよく言われるんです(岸田)

――ちょっと話が変わりますが、ここで「クロノ・トリガー」の表題曲を聴きつつお話したいと思います。

(「クロノ・トリガー オリジナル・サウンドヴァージョン」より「予感」「クロノ・トリガー」流れる)

光田:ゲームっぽい音ですね、やっぱり。

岸田:懐かしい……戻りますね、当時。

光田:岸田さんは当時何歳ぐらいだったんですか?

岸田:20歳になってないぐらいですね。大学に入ったぐらいやったと思います。たぶんちょうど「クロノ・トリガー」あたりを最後に10年ぐらいゲームやらなくなったんですよ。おお、懐かしい。こんなに音少なかったんや。

光田:当時は8音のモノフォニックでしたね。

岸田:僕のイメージでは、ゲームの音楽には余白が多いから、プレイヤーは拡大解釈できていたように思います。ゲームで音楽を聴くのは、良い音楽の聴き方の一つだと僕は思ってて。下手したら120~130%ぐらい、その音楽の良さを引き出すような感じがある。

――ゲームの音楽は映像と結びついてより感動させる印象がありますよね。この「クロノ・トリガー」の曲も、映像が思い浮かぶんです。オープニングの最後、シルバード(ゲーム内に出てくるタイムマシン)が右から左に横切るときに、画面の白黒も切り替わるところでアウトロのところが入ったり。グラフィックが今よりリッチではなかった分、音楽の役割が強かったんじゃないかなと思うんです。僕たちが「クロノ・トリガー」の音楽に今でも惹かれるのはそういうのもあるのかな、と。

岸田:そういうところはあるかもしれないですね。

光田:普通のドラマとかに音楽をつけるときって、正直「音楽いらない」って思うこともあるんです。俳優さんの演技がすごすぎて、音楽で語る必要がないのかなと。映像を補完するぐらいしかできないんじゃないか、と。当時のゲームはいい意味でグラフィックがチープだった分、音楽を前に出せたというのは確かにあると思います。

岸田:僕も映画の音楽つけることがあるんですが、「もっと音楽つけてくれ」ってよく言われるんです。細かく指定してくれた方が僕はやりやすいんですけど、自由にやったら「5回ぐらいしか音楽いらない」って思ったり。映像の邪魔するし、「お前らの世界でそんな音楽流れてないやろ!」みたいなことは思っていて(笑)。

光田:本当にそうなんですよね(笑)。

――岸田さんは「まほろ駅前多田便利軒」などの音楽もやられていますよね。

岸田:はい。この作品は、監督の大森立嗣さんが寸分狂わない指定をしてくるので助かったんですよ。このシーンの何カット目の何秒までって、やりやすいんですよ。その場面の曲だけを作ればいいだけやし。そういうのだったらパパッとできるんですけどね。自由にやらせてくれることもあって、ほんまに5曲ぐらいだけ作ったこともあったんですよ。そしたら「え!?」って言われたことはありました。「もっとつけて」って(笑)。

光田:「自由にやって」が意外と困るんですよね。何やっていいかわからない、となることもあります。

僕もブルガリアンボイスが好きすぎて1回ブルガリアに行ったんですけど、全然「ボイス」が聴けなかったんですよ(岸田)

――ゲーム音楽の場合は「寸分狂わぬ指定」みたいなのはあるんでしょうか。それとも「悲しい曲」とかそういう指示なんでしょうか?

光田:「戦い1」、「戦い2」、「戦い3」、「戦い4」とか、そういう感じですよ(笑)。自由に書いてくださいってことなんでしょうけど、そういうのは書きづらいですよね。どういうシチュエーションで戦いに入るのか、といった背景が見えた方がつくりやすいんですよね。

岸田:なるほど。例えばバトルシーンだと、リズムが入ってマイナーキーになってプログレっぽいとか、ある程度決まったイメージがあると思うんですけど、まるでそこから逸脱したものを作りたいと思ったことはありますか? あるいは作ったけど「『戦い』っぽくない」って言われたとか。

光田:そういうのは結構やってるんですよ。「ゼノギアス」や、「クロノ・クロス」のラストバトル曲とか。スティーブ・ライヒ(ミニマル・ミュージックの作曲家)がやっているようなミニマル・ミュージックとブルガリアンボイスを混ぜてみたりですね。あとは、「クロノ・クロス」で自分の友だちの父親と戦わなきゃいけないシーンの曲ですね。

――主人公セルジュが、幼馴染レナの父親ミゲルと戦うシーンですね。

↑ミゲル戦で流れるのは上の動画の5:21~「運命に囚われし者たち」

光田:はい。あのシーンもすごく悲しいシーンからバトルに入るんですけど、通常のボスバトル曲に変えずにそのまま悲しい曲で続けてくれ、と注文を出したことがあります。

岸田:なるほど。さっき言われてましたけど、ブルガリア音楽もお好きなんですか?

光田:すごく好きですね。

岸田:そうですか。僕もブルガリアンボイスが好きすぎて1回ブルガリアに行ったんですけど、全然「ボイス」が聴けなかったんですよ。ヨーロッパにいたときに休みができたんでふらっと行ってみたんです。ガイドブックとかないから適当に行ったんですが、2月ぐらいで寒くて、焼き畑がすごくて、野犬だらけで……どこにいけばあの美しい曲が聴けるんだ、と(笑)。

光田:そうなんですよね。アイルランドなんかはパブに行けばアイリッシュ・ミュージックが聴けるんですけど、ブルガリアンボイスはなかなかやって無いんですよね。

岸田:ブルガリアのパブはレディ・ガガぐらいしかかかってない(笑)。

高校生のときにラジオでかかっていたアイリッシュ・ミュージックに衝撃を受けて(光田)

――ブルガリアンボイスもそうですが、「クロノ・クロス」の音楽はファド(ポルトガルの民族歌謡)とか北欧音楽など色んな民族音楽の要素が入っていますよね。

岸田:ファドもお好きなんですか! アマリア・ロドリゲスとかめっちゃ好きで、毎朝聴いてます。

光田:良いですよね。「クロノ・クロス」の「龍神」という曲では内蔵音源でヨイク(北欧、サーミ人の音楽や歌唱)をやったりもしてますね。ファドやバルカン系とかも大好きなんですよね。

――「アルニ村」という曲はファドっぽいですよね。
(「アルニ村 ホーム」流れる)

岸田:ああ、ファドっぽいですね。

光田:無国籍音楽なんですけど、地中海あたりのような。「クロノ・クロス」のテーマが「青い海、青い空」だったんです。

岸田:あっち行きたくなりますね、これは。よく旅行に行かれるんですか?

光田:ヨーロッパあたりが好きですね。フィンランドあたりは良かったですね。

岸田:スウェーデンとかも良いけど色々とお金がかかるんですよね。地下鉄1駅で850円とか。

光田:僕はガムラン(インドネシアの民族音楽)が好きでバリ島にも行ったこともありますね。

岸田:いいですねえ。ミニマル・ミュージックもお好きなんですよね?

光田:大好きですね。

――ミニマル・ミュージックでいうと「クロノ・クロス」の「影切りの森」とかですかね。

(「影切りの森」が流れる)

岸田:良いですね、この「ライヒ、グラス&アダムズ」的な感じ。作曲をやっていくうちに色んな民族音楽の要素を入れるようになったんですか?

光田:高校生ぐらいのときから民族音楽は好きだったんですけど、音楽の仕事を始めてからさらに色んな音楽が好きになった感じですね。最初はロックとかが好きだったんですけど、高校生のときにラジオでかかっていたアイリッシュ・ミュージックに衝撃を受けて。これはなんていう音楽なんだろうってずっと調べていたけど、全然わからなくて。19歳ぐらいのときにそれがアイリッシュ・ミュージックだったとやっとわかったんです。

岸田:僕もアイリッシュにはまって、アイリッシュ・ブズーキが良いな、と。ドーナル・ラニー(アイルランドのブズーキ奏者、音楽家)が、一時期京都にいたんですね。そのときにライブに誘ってくれたりしたんです。

それでアイルランドに旅行しに行ったときにブズーキを買おうとしたら、だいたい「メイド・イン・コリア」で。「ラニーが弾いてるようなの売ってないのか」ってお店の人に聞いても「ラニーって誰や」って感じで(笑)。チャリンコに乗って、ほんま「ドラクエ」みたいに安宿の下にあるパブがあったのでおっちゃんたちに聞き込みしたりして。ドゥーランってところに行ったらあるぞ、という情報をもらって、そこでようやく買ったら「メイド・イン・イングランド」って書いてあって(笑)。

ラニーとライブを一緒にやる機会があったんで、そのときに「そのブズーキはどこで買ったん」って聞いたら「日本のヤイリギターってメーカーに作ってもらったんだ」って聞いて。

光田:ブズーキは良いですね。じゃあ話に出たんでせっかくですから聴きましょう。

(ドーナル・ラニーの曲「Beo Beathaioch Sa Cheolaras Naisiunta」がかかる)

光田:ラジオでかかっていたのが、このドーナル・ラニーの曲だったんですよね。最初はギリシャのブズーキを使っていたらしいんですけど、アイルランドの音楽にはちょっと向いてなかったみたいでアイリッシュ・ブズーキというのを作られたと聞いたことがあります。

岸田:この人、パンデイロもうまいんですよね。それにベースとドラムもできるんですよね。京都で会ったときはブズーキで「ぞうさん」歌ってましたよ。アイリッシュの独特の音程感は良いですよね。こういう音楽をプログラミングでつくるのはどうなんですか?

光田:こういうのは難しいですね。

岸田:打ち込みをされるときってMIDIや鍵盤でやられるのですか?

光田:そうですね。なかなか大変ですけど(笑)。

岸田:僕は鍵盤弾けないんで全部ProToolsで1音ずつ入れていってるんですよね。うらやましいです。

実は僕、ニッケルハルパを買ったんですよ(光田)

岸田:光田さんは北欧のトラッドもお好きなんですよね。北欧トラッドだとウリカ・ボーデンってスウェーデンの歌手が好きなんですけど、ニッケルハルパ(弓で演奏するスウェーデンの弦楽器)とかそういうのも入っているんですよ。

光田:良いですね。実は僕、ニッケルハルパを買ったんですよ。

岸田:ほんとですか!

光田:スウェーデンの楽器なんですけど、職人さんがもういなくなるので手に入らなくなるかもって噂を聞いて。急いでインターネットで探したんです。そしたら、ニッケルハルパを制作できる最後のおじいちゃん、という人が見つかって。それでメールを書いたら「1年かかるけどいいか」と返信がきて、「それでもいい」と。50万円ぐらいしたんですが、PayPalで先に半分払って。それでようやく出来上がったんですが、後から聞いたらもう手に入らないとかそんなことはなく、ニッケルハルパ制作専門の学校があるみたいなんですよね。だから、いつでも買えるよ、と(笑)。

岸田:なるほど(笑)。演奏は難しいですか?

光田:弓で弾くので難しいですね。また、共鳴弦も沢山あるのでチューニングだけでも1時間かかる楽器なんですよね。それだけで疲れてしまって(笑)。

岸田:ニッケルハルパは買おうかなと思ってたんですよね。エレクトリック・サズ(トルコの伝統的な弦楽器をエレクトリック化したもの)は買ったんですよ。アラブ音階なので、半音の半音とかがあってすごく難しいんですね。だから、普段からアラビックであることを心がけるようにしようと(笑)。ビートルズとか西洋音楽が好きな感覚でやるとだめになるんですね。イーリアン・パイプ(アイルランドの民族音楽などで使われる、バグパイプの一種)も良いですよね。

光田:良いですね。日本でも吹ける人が増えてきていますよね。

平均律にいくとか、ピッチを合わせるんだけど、それで個性がなくなっていることもあるのかもしれないですね(岸田)

岸田:僕が大学で教えている生徒さんとかも、ゲーム音楽作りたい人って結構いるんですよね。楽器弾けなくても打ち込みとかでやってる。そういう人はゲームからしか情報を得ていなかったりするんですけど、その中からアイリッシュ音楽みたいなのも作れてしまう。

「ちょっとこれ聴いてみ」みたいなこと言ってCD貸すと、ばーっと広がって、次の曲にちゃんと活かす。僕らがいるロックの世界って思ったよりも保守的ですからあまりそういう風には広がらないんですよね。そういう意味でゲーム音楽作ってる人たちって、ワールドミュージックとか色んな要素を聞いてピックアップしてる感じがする。

(ウリカ・ボーデン「Valje a Vrake」の「Helt Lustigt - Tut tut」流れる)

光田:めっちゃ良い曲ですね。

岸田:結構ふざけた曲もあって。

光田:メジャーとマイナーがどんどん入れ替わる曲なんですね。

岸田:独特の音程がありますよね。第5音目がちょっとシャープしているような。

光田:もともと羊飼いの、倍音しかならないような笛を使っているみたいですね。なのでピッチがちょっとずれていっている。でもそれが味になっている。

岸田:確かに、本当はそういうものなんかな、とも思うんですよね。

――音程合わせに行く方が、不自然なのかもしれない、と。

岸田:平均律にいくとか、ピッチを合わせるんだけど、それで個性がなくなっていることもあるのかもしれないですね。

光田:僕は「歌に関してはピッチは基本いじらない」ってポリシーがあるんですよ。ピタッとなると味がなくなるんです。最近のCDはピッチを合わせたものの方が多いですけど。

岸田:ピッチが合いすぎていると、歌詞が入ってこないですよね。だいぶ前に渋谷のセンター街歩いてたら、いつもは最新のヒット曲が流れるのに、でもその日は篠原涼子さんの「愛しさと切なさと心強さと」が流れたんですよ。特にファンでもないし、CD持ってなかったんですけど「懐かしいな」と聴いていたんです。そしたら、思ってた歌のイメージと違ったんですよ。というかその当時は特に音を直してなかったんでしょうね。でも、ぐっときたんですよね。耳がピッチを直されたものに慣れちゃっているから、かえってそのがんばって歌ってる感じが良かった。心強さをいただきました。

上手い下手よりもエネルギーを感じたい、と思うんです(光田)

光田:僕は最近はライブの方が好きですね。昔はCD聴くのが好きだったんですけど。上手い下手よりもエネルギーを感じたい、と思うんです。

岸田:素晴らしい。しかし、ドーナル・ラニー出て来るとはびっくりしました、ほんまに。嬉しかったです。南米の音楽も聴かれます?

光田:聴きますね。あとはスパニッシュ系も大好きです。トルコ系も。

岸田:トルコも面白いですよね。

光田:アフリカの曲は最初好きじゃなかったんですけど、ユッスー・ンドゥール(セネガルのポップス歌手)って方がちょっと民族音楽をポップに持ち上げられていて、そのポップさとのバランスがよくて好きになって、もっとアフリカ音楽のことを知りたいと深く入ったんですね。「おお、なるほど、ここが面白いんだ」と。

岸田:僕も同じようにユッスーから入っていきましたね。フェラ・クティ(ナイジェリアの黒人解放運動家でもあるミュージシャン)とか最初わからなかった。

光田:土くさい雰囲気がありますよね。

岸田:モロッコとか、ナイル川あたりのグナワってブルースっぽい音楽も好きになって。あのバラフォン(西アフリカの民族楽器・木琴)を買って。

光田:買われたんですか!

岸田:あれ5音階じゃないですか。バラフォン弾きながら歌うとアフリカっぽくなるんですよ。たまにスタジオとかで一人でやってるとアフリカ気分になって(岸田さんのアフリカっぽい歌)。

――おふたりともハマると、そこの根源までいって旅行して楽器まで買うというのは共通してますよね。

光田:そうですね。それが一連の流れなんでしょうね(笑)。

岸田:染まりたいというか、そういうのがあるんでしょうね。人種も違うし、そこに行ったことない、行かないとわからないのもあるんですけど、楽器ひとつあるだけでロマンがあるというか。実際ポルトガルとかもいったんですけどね。行くと腑に落ちるんですよ。リスボンにいったとき、「『スーパーマリオ』の開発者の人はリスボンに来たな」と思ったんです。なんか穴だらけで落ちるところいっぱいあるんですよ。お城がこういうかたち(でこぼこ)で、そこに旗が立ってて、マジックマッシュルームがいっぱい売ってて……。

――食べちゃだめな方のきのこですね(笑)。

そういう土地の音楽って踊りと密接というか(岸田)

岸田:アイルランドやチェコに行ったときは「ドラクエやな」と思いました。プラハ城は「FF」ですよね。きれいですよね。

――リスボンに行かれたのは(くるり「THE PIER」に収録の)「遙かなるリスボン」につながったんですか?

岸田:あの曲はファドではないんですけど、ファドギターって10弦のギターをそのとき買って、それ使ってやりました。

――うーん。実際に旅までされるのがすごいですよね。

岸田:行きたくなるんですよね。食べ物とかも好きやから、そこの一番うまいもんと一番まずいもんをとりあえず食べる、それは絶対やります。ウィーンにかなり長いこといたことがあって、その後何度も行って好きになりました。

ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」とかウィーンナーワルツみたいなんは「ターターッタータタータタタタ」ってリズムは変なんですけどいいんですよ。

でも自分で演奏できひんから、ウィーンのミュージシャンに「あれってどうやってやってんの?」って聞いてみたら簡単にやってみせてくれて。「血」なんやろなって思いましたね。

あと面白かったのは、ホイリゲっていうワイン農場直営の酒場で、バンドネオンをおじさんが演奏することがあって、その音楽に合わせて酔っ払ったおばはんとかが踊ってるんですよ。で「ぼん、こっちおいで」って言われて「おばちゃんやけどまあいいや」って一緒に踊ったら、ステップがそのリズムやったんですよ。「こういうことなんや!」と。

光田:面白いですね。

岸田:そういう土地の音楽って踊りと密接というか。一回、河内音頭のような「ドンドンドガラッガガドドンドン」ってリズムの曲をつくったんです。当時ドラマーがアメリカ人(クリストファー・マグワイア)やったんですけど、そいつめちゃうまいのに全然そのリズム叩けなくて、結局別のリズムにして。そっちの方がむしろかっこよかったんですけど(笑)。

――「アンテナ」のときですか?

岸田:そうですね。

――やっぱり音楽そのものを聞いてもわからない、文化的なリズムのようなものがあるんですかね?

岸田:そうかもしれない。あと踊りの種類とかも。ブルガリアのダンスミュージックみたいなのって拍子がわからないけど、現地の踊りがわかるとそこもわかってくる。

光田:踊りをみればわかるかもしれないですね。

岸田:そうかもしれない。特にバルトークって作曲家が好きなんですけど、彼はハンガリー生まれで、ルーマニアとかブルガリアの民族音楽を収集して研究して、自分の音楽にアレンジしてたみたいなんです。そんな彼もそういう民族音楽のリズムがよくわからなかった。でもあるとき農民が鍬持ってなんかやりながら歌ってるのとか聞いてたら辻褄が合う、みたいなのがあったらしいです。

光田:グルーヴが出るんでしょうね。

岸田:俺らは「与作」ですけど(笑)。

――踊りのためにつくった曲じゃなかったとしても、生活のリズムが曲に反映されている、みたいなのもあるんですかね。

岸田:あると思います。オーケストラの曲を書いたときは、海が見える作業場で書いてたんです。日本海のしけた感じなんですけど(笑)。なんも考えんと書き始めたんですけど、キーが“E♭”やったんですよ。後で気づいて、「弦楽器は早いの多いし、開放弦があんまり使えないから嫌やろな」と思ったりも。でも「なんで“E♭”やろう」と思ったら、波の音とか窓開けてやってたんでそういうの避けてやってたらそうなった、という。東京に戻ってなんか足りひんな、と思ったらそのくらいの帯域やったんです。そこは結局、余白として残したんですけど。

――そういうところで風景と音楽って結びつくことがあるんですかね。つくるときの環境(音)の影響を受けるといいますか。

岸田:あると思います、やっぱり。もちろん技術とこっちの持ってるコンセプトでできるのが大半ですけど、気分で書いたり、散歩中にぱっと思いついて書くのは逆に苦労します。僕、曲書くの遅いんでiPhone出して「デレデデッデデデー」とか口ずさんだのを録音してみるんですけど、後から聞くと全然意味わかんない(笑)。そういうのいっぱいあって。やから、できるだけ曲つくる仕事のときにエンジンかかるようにしようと思って、最近やっとできるようになってきた感じです。

Aメロを何でもない感じにしていかないと「ドラゴンボール」ぐらい戦闘力あげないといけなくなるんです(岸田)

――日本海っていうのは「THE PIER」のジャケットの場所ですよね。「日本海」って曲もありますよね。

岸田:あります。ひどい曲(笑)。

――あの曲好きです! 「2034」からの前のめりの入りというか、あれがかっこいいですよね。

岸田:あれは冬の日本海見ながらつくってました。「インダストリアルな演歌」っていうテーマで。

光田:すごい言葉ですね。かっこいい!

――ちょっと流してみましょうか

(「日本海」が流れる)

光田:なんかいいですね。ぐっときます。Aメロからいいですね。

――くるりの曲はAメロがサビくらい素晴らしい曲が多いですよね。

岸田:だからサビがつくれないんですよ(笑)。Aメロを何でもない感じにしていかないと「ドラゴンボール」ぐらい戦闘力あげないといけなくなるんです。

――サビでスーパーサイヤ人になるような(笑)。

岸田:そうなんですよ。ビートルズってだいたいAメロがサビっぽいですよね。

光田:そうですよね。(「日本海」)かっこいいですね。

岸田:ありがとうございます。(続いて「浜辺にて」が流れる)

光田:いろんな風を感じますよね。

岸田:この辺はエレクトリックサズで弾いてると思います。

光田:かっこいい! こういうの大好き! でもデビューされた当初はロックがメインでしたよね。

岸田:はい。もちろん今もそういうのやったりしてて、「THE PIER」もロックっぽいのも入ってるんですけど、割とピシピシッとしたのも半分くらいあります。

とにかく好きっていうのが一番で、それがないとなかなか身体にしみ込まないといいますか、ものにならないです(光田)

――私は「loveless」がすごく好きで、ほぼ毎日聴いてます。

岸田:ありがとうございます。こないだライブで「loveless」やろうという話になったんですけど、どんな曲か忘れてて(笑)。20年やってるんで曲覚えられなくなってきてます。

光田:すごい曲数ですもんね。

岸田:自分の曲はつくった後はあんまり聞かないんで、久しぶりに聴いて「あ、こんな曲あったんや」とか、次の展開とか読めないとかそんなんありますね。

光田:あります! あります! 「これ自分でつくったっけ?」っていうの沢山……(笑)。

岸田:ゲームだったらすごい曲数ありますもんね。「なんかいい曲できたけど、なんか聴いたことあんな」と思ったら前に自分がつくった曲だったとか。

光田:ありますあります(笑)。

――忘れたまま聴いて、自分でぐっとくるとかもありますか?

岸田:あります。曲をつくるとき、そのとき思ってることじゃなくて、その先を思ってつくることもあるんで、「こういうの言いたかったんやな」って後から気づくみたいな。よく走馬灯とか言うじゃないですか。曲つくってるときってそういう集中モードなんで自分ができひん「会心の一撃」というか「クリティカルヒット」みたいなのが出るときがあるんです。そのときはなぜそれができたのかわからない。そういうのには後から気づいたりするんです。

光田:進化した自分がつくっているような感覚とか。民族音楽とかもそうですが、なにかしらを引き出しとして持っていないと出てこない。勉強しようと思ってやると意外と出てこないんです。とにかく好きっていうのが一番で、それがないとなかなか身体にしみ込まないといいますか、ものにならないです。なので、好きじゃないものはあまり深く追わずに、好きなものは追いかける。そうすると何年か後に熟成されたネタとして出て来るんです。

――浸けておいたら出てくる、音楽の“ぬか床”のようなものがあるんですかね。

光田:出し方はわからないですけどね(笑)。

岸田:でも、たまに手を入れておくとよく浸かるっていうのはありますよね。


後編はこちら

  • Twitter
  • facebook
  • LINE
  • はてブ!
  • 株式会社映像センター
  • 映画『人間失格』

SERIES

  • クレイジー裁判傍聴
  • ブックレビュー
  • オランダ発スロージャーナリズム
  • デジハリ杉山学長のデジタル・ジャーニー
  • Pop’n Soulを探して
  • テック×カルチャー 異能なる星々