CULTURE | 2020/04/25

「休館が6月以降まで続くと廃業者が出るかもしれない」ユーロスペース支配人が語る新型コロナへの危機感|緊急連載 #新型コロナと戦うミニシアター (2)

第1回:「ミニシアター・エイド基金」の発起人のひとりである濱口竜介監督のインタビューはこちら
第3回:ポレポレ東中野&...

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第1回:「ミニシアター・エイド基金」の発起人のひとりである濱口竜介監督のインタビューはこちら

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コロナ禍により、ミニシアター存続の危機を迎えている今。

多くの映画監督や映画人などの声により結成されたSAVE the CINEMAが集めた6万6828筆の署名とミニシアターへの適切な支援を求める要望書が、2020年4月15日、内閣府・経済産業省、厚生労働省・文化庁に提出された。

この活動と並行して行われている「ミニシアター・エイド基金」は、ミニシアターを閉館の危機から救おうとする人々がクラウドファンディングを立ち上げ、5月14日まで募るものであり、全国109劇場・92団体(4月20日現在)が支援を受ける側として名を連ねている。

その中のひとつが渋谷のラブホテル街にあるユーロスペースだ。この映画館は、1982年に渋谷区桜丘町にオープンし、当時、まだ日本では知られていなかったレオス・カラックスやアッバス・キアロスタミなどの作品や、『ゆきゆきて、神軍』など話題作を上映。さらに上映だけでなく、映画の製作、配給も手がけており、キアロスタミの『桜桃の味』や、アキ・カウリスマキ『浮き雲』など世界の名匠の作品を多数配給してきた

製作として関わった作品に、ウェイン・ワン監督、ハーヴェイ・カイテル主演の『スモーク』、レオス・カラックス監督『ポーラX』、フランソワ・オゾン監督『まぼろし』など海外の作品から、黒沢清監督『大いなる幻影』、塩田明彦監督『どこまでもいこう』、松岡錠司監督『アカシアの道』といった日本映画も手がけている。ユーロスペースは、最初に緊急事態宣言を受けたエリアであり、4月8日から5月8日まで休館、翌9日から再開の予定だという。

今回は、ユーロスペース支配人の北條誠人氏に思いを聞いた。

聞き手・文:伊藤さとり(映画パーソナリティ)

分配金をもらわない「賛同」から「参加」へとスタンス変更をした理由

ユーロスペース支配人の北條誠人氏

―― ユーロスペースは当初、「ミニシアター・エイド」基金の分配を求めずに賛同(お金をもらわない)する立場を取っていましたが、その後分配をもらう「参加」へとスタンスを変更しました。これはなぜでしょうか?

北條:ミニシアター・エイド基金でいただくお金は、全国の劇場で一律なんですよね。平等ということで同じ金額です。でも東京で、苫小牧で、鹿児島で頂くお金は額が一緒でも価値が違う。そう考えるとより多くのお金がそれらの劇場に回っていった方がいいんじゃないかなと思い、当初はお金を貰わずに賛同するという形をとったんです。うちは劇場部分の2フロア(ユーロスペースとユーロライブ)を所有しているので、銀行への返済はありますが、今すぐ来月の家賃に困ることはありません。もちろん収入は今の時点でゼロですが、そこは今までの融資や貯蓄で運営しています。赤字なので、潰れてしまうかもしれませんが、家賃を払わなきゃいけない映画館にお金を回したほうがいいじゃないですか。

ただその後、地方の劇場の方から「東京の有名ミニシアターが参加すると話題になり、もっと多くの分配金を地方の劇場に渡せるので、広告塔としてぜひ参加してもらいたい」という声をいただき、4月20日に「参加」の表明をしました。

―― 1982年にオープンというミニシアターの老舗、ユーロスペースは、劇場だけでなく、映画の配給もしています。

北條:最初は配給(映画の買い付け)をやっていたんです。その当時は、映画祭が今ほどマーケット(世界中の映画を買える場所)として成り立っていなかったので、代表の堀越が、70年代後半にドイツにいて、その時に見た映画を気に入って、上映していた映画館に行って、権利元を聞いて日本で上映したいと交渉していたんです。

それらの映画を、例えば四谷とか渋谷とかのホールを借りて上映会をしていたんですが、集客的にも1回、2回しか上映出来ないし、その都度ホールも映写も手配しなくてはならず大変だったんです。

だったら、自分たちの買い付けた映画を上映できる場所が欲しいな、ということで、渋谷の桜丘町に映画館を作ったんです。70年代後半は、ニュー・ジャーマン・シネマという新しいドイツの作家が出てきた頃で、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督やヴィム・ヴェンダース監督など、とにかく勢いがあったし、今までの映画のスタイルと違うものが生まれていて、余計に配給しがいがあったんでしょうね。

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