CULTURE | 2019/09/09

京アニ・藤田春香初監督作『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝』レビュー。この作品はすべての働く人への「手紙」だ




『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』を観終わって、涙と鼻水でダラダラになり...

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『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』を観終わって、涙と鼻水でダラダラになりながら思ったのは「仕事をちゃんとやろう」ということだった。今までもそのつもりだったけれど、もっともっと。そういうメッセージを僕は受け取った。

登場人物の一人、ホッジンズの言葉に、こんなものがある。

「してきたことは消せない。でも……君が自動手記人形としてやってきたことも、消えないんだよ」(クラウディア・ホッジンズ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第9話)

その通りなのである。人の仕事は、消えない。人は、誰かの仕事に生かされている。いい仕事に触れると、人は嬉しくなる。『ヴァイオレット外伝』の仕事に、妥協なんて一切ないことは、観れば分かる。少なくとも僕は、この作品に自分が肯定されているように感じた。

制作スタッフの仕事だけではない。この作品自体が、人の仕事についてのお話なのだ。

誰もが観終わった後、「自分の仕事も捨てたもんじゃないな」と思える映画だ。そうやって自分に置き換えて考えられる、演出の巧みさがある。

平田提

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Web編集者・ライター。秋田県生まれ。早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業。ベネッセコーポレーションなどを経て、現在はフリー。元Zing!編集長。
https://twitter.com/tonkatsu_fever
https://tog-gle.com/

ある姉妹の往復書簡と、それを支える仕事の物語

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は作品の名前でもあり、主人公の少女の名前でもある。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は2018年にテレビ放送とNetfilxで配信されたアニメで、2019年9月6日から3週間限定で映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』が公開されている。

シリーズ1~13話と番外編1話をNetflixで観てから映画館に行くほうがより楽しめるのは間違いないが、『外伝』から観ても十分に理解できるだろう。

孤児だったヴァイオレットは、兵士=戦闘人形として育てられる。戦争の中で軍功を上げるが、終戦間近の決戦で両腕を失い、唯一の道しるべだった大切な人とも別れを経験してしまう。その人から最後に聞いた言葉の意味を知るために、彼女は「自動手記人形(ドール)」になる。ドールとは、誰かの代わりに、手紙を書く職業のことだ。

ヴァイオレットは仕事を通して成長し、欠落を違う形で快復させていく。失った両腕は、金属製の義手に。それは自動手記人形としての彼女の代名詞にもなっていく。そして代筆を通して、他の人の想いから、自分の想いを少しずつ分かるようになる。

イザベラにとっては女学校は生きづらい「監獄」だった。

『外伝』では、良家の子女が通う全寮制の女学校で希望を失って生きる少女、イザベラ・ヨークの教育係としてヴァイオレットが派遣される。最初は彼女を快く思わないイザベラだが、彼女が父親と交わした「契約」が明らかになり、ヴァイオレットたちの仕事が物語を動かしていく。

藤田春香監督の巧みな演出力

『外伝』ではテレビシリーズの監督だった石立太一氏は監修を務め、藤田春香氏が初監督作品として担当している。シリーズ構成は『聲の形』『リズと青い鳥』など他の京アニ作品でも脚本を手掛けた吉田玲子氏。

藤田監督はテレビ版『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズ演出、1、2話や最終話などの絵コンテ・演出も手掛けている。『響け!ユーフォニアム』第1期・8話「おまつりトライアングル」の優れた演出でもファンによく知られている。それまでまったく分からなかった一人のキャラクターの魅力を、見事に引き出した回だった。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』で印象的な演出の一つはキャラの髪や輪郭がぼやけるほどの光だ

アニメの「演出」と呼ばれる職種は、絵コンテをもとに画面づくりを進めていく役割だ。脚本を具体的なカットに起こした絵コンテを設計図に、演出担当者はキャラに芝居を付け、カメラワークを決め、必要な原画、作画のチェックをする。

藤田監督は泣かせるべきところではシーンやセリフを畳み掛け、静物のカットや少ないセリフやしぐさでキャラクターの心情を浮き彫りにする。話の緩急、テンポの付け方がうまい。

「代筆業」の設定とカメラワークの妙

原作・暁佳奈による、主人公の設定の妙も大きい。代筆の仕事という設定だ。ヴァイオレットには感情がないのではなく、ただ表情や言葉や行動で表現する術を知らないだけだ。ヴァイオレットは自動手記人形という仕事を通し、クライアントの気持ちに触れて、自分の気持ちを分かり、表現できるようになっていく。クライアントも、他人に手紙を書かれることで自分の本心に気づく。この構造はシリーズ全体、『外伝』でも取られている。つまり、「他者への移入」が前提になっているため、観客は主人公に同調しやすくなっている。

自分の本心を分かるようになるのは、ヴァイオレットや他の登場人物だけではない。ヴァイオレットの代筆を通して、観客も自分たちの本当の気持ちに気づくようになる。

感情移入は、強制されるものではないし、観客だってそれだけを目的に観るわけじゃない。それでも、良い作品には、自然と感情移入させる力がある。

カメラワークも工夫されている。シリーズを通して、ヴァイオレットの主観視点よりも、彼女を真正面から撮るショットが多い。

ヴァイオレットと対峙するように正面から撮られたショットが多い。

「その人とはどういう関係ですか」「どういう意味ですか」「なぜそう表現するんですか」と、ヴァイオレットは素の質問をよくする。彼女の青い瞳で真正面から見つめられると、観客もクライアント同様、本質的な物事の問いを迫られるように感じる。そしていつも何気なく発していた言葉の意味や、他の人の感情に「分かったつもり」になっていたことに気づく。

『外伝』でのヴァイオレットはテレビ版より成長していて、素の質問を投げかけるだけでなく、相手の思いを自然と引き出せるようになっている。だから一人での正面カットよりも誰かの横に寄り添うカットが多い印象だった。

『外伝』は、長い時間をかけた2人の少女の往復書簡と、それに関わる周囲の人間たちの仕事にもフォーカスされている。誰かの代わりに大切なメッセージを届けるため働く人たち。その仕事に憧れる子どものような、やや下から見上げるローアングル気味のカットが多いように思った。

これにより、観客も仕事に憧れているような、あるいは褒められたような気持ちになる気がする。

ヴァイオレットの同僚・先輩である、郵便配達人のベネディクト・ブルー。

この映画こそが、手紙である

「人の気持ちはとても複雑で繊細で……誰もがすべての思いを口にするわけではなく、裏腹だったり、嘘をつく場合もあり……正確に把握するのは、私には、とても困難なのです」(ヴァイオレット『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第4話)

ヴァイオレットは人の心が裏腹であることを学び、時には人が表面的に見せる感情と別の本心があることを知っていく。すべての言葉に本心が宿るわけではない。その話は、映画『リズと青い鳥』の監督、山田尚子さんに僕が去年インタビューした際に伺った話とも通ずる。「なぜしぐさの演出にこだわるのか?」と聞くと、山田さんは「登場人物のセリフだけが正解だと思われたくなかった。何気ないしぐさにも人の心が表れる。そういう本質的なことを記録していきたい」というようなことを答えてくださった。

テンポよく差し込まれる静物やモチーフが、キャラ以上に心情を語る場面も多い

「本質的なことを記録していきたい」というのは山田監督を始め、藤田監督や京アニスタッフの皆さんに共通する思いなのかもしれない。絵を描いて動かすだけでなく、その作品世界にいる登場人物たちを、ときに覗くように、ときに同じ映画スタッフとして、現場で寄り添うようにアニメを作っている。世界が本当にそこにあるように描いているというか。

『外伝』では、数多くの細かな風景描写がなされている。石畳にじわじわと雨粒が浸透していく様、窓の外から指す光に浮かぶホコリ、焼きムラがありそうなホットケーキの質感、手をつないだときの微妙な指の震え……どれも日常の中で見落としてしまいそうな、微細な自然の変化。それがきちんと描かれている。

作ることは、分かることである。よく作れる人は、よく分かることができる人である。ヴァイオレットも、書くことで人の気持ちが理解できるようになった。細やかなことに気づけるクリエイターたちが、細やかな表現を届けてくれている。

「手紙だと、伝えられるのです。素直に言えない心の裡(うち)を」(ヴァイオレット『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』第4話)

もしかしたらこのアニメこそが、手紙とも言えるんじゃないか。セリフに表しきれない人の思いを、作り手が美しい画や音や動きで、細かな演出で届けてくれる手紙。

身寄りのない少女、テイラー・バートレットはヴァイオレットを訪ねてくる。

「良き自動手記人形(ドール)とは、言葉の中から伝えたい、本当の心をすくい上げるもの」という作中のセリフがある。ドールに限らず、人の心を動かす、すべての仕事がそうじゃないだろうか。字面や言葉には表れない、その人でさえ気づかない本当の欲求を受け止めて、支える。多くの人が気づかずに、誰かの役に立っている。誰もが手紙を受け取るべき人である。

『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -』は、良い仕事が詰まった、すべての働く人への手紙のような映画だ。ぜひ観に行ってほしい。


「ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 - 永遠と自動手記人形 -」
2019年9月6日(金)から3週間限定で上映

【Cast】
ヴァイオレット・エヴァーガーデン:石川由依
イザベラ・ヨーク:寿 美菜子
テイラー・バートレット:悠木 碧
クラウディア・ホッジンズ:子安武人
ベネディクト・ブルー:内山昂輝
カトレア・ボードレール:遠藤 綾

【Staff】
原作:「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」暁 佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:藤田春香
監修:石立太一
シリーズ構成:吉田玲子
脚本:鈴木貴昭 / 浦畑達彦
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平
3D監督:山本 倫
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
主題歌:「エイミー」茅原実里 
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹
(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会